『桜魂の継承者』-BLOOM OF ETERNAL BONEDS-

著:蒼月トウカ/文八代目/記:謎の桜風

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第27話 「小さな違和感と、誰も知らない変化」

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春の雨が止んだ翌朝。
伏見区向島の団地は、濡れた地面が朝日できらりと光っていた。

福田朋広は、いつものように杖をつきながらエレベーター前に向かった。

「今日は天気ええなぁ……階段よりは楽で助かるわ」

そう言いながら、階段の前を通り過ぎた瞬間だった。

――ふわっ。

胸の奥で温度が揺れる。
軽く風が頬を撫でたような、気のせいに思えるほど小さい変化。

「ん……? (何やこれ……寝起きの立ちくらみやろ)」

朋広は軽く頭を振るだけで、何も気にしなかった。

だが、その一瞬――
ぼんやりとした光が彼の身体を通り抜け、
その輪郭が“誰かの目には” はっきり変わって見えた。


---

エレベーターの扉が開く。

そこには、買い物袋を抱えた 久世桔梗(24) の姿があった。

「おはようございます、福田さん。……あれ?」

彼女は一瞬だけ目を丸くした。
だがすぐに柔らかく微笑む。

(今、少し……若く見えへんかった? 気のせい……?)

桔梗は心の中に疑問を抱きながらも、そのままエレベーターへ乗り込んだ。

朋広は何も気づかない。
むしろ彼女が自分をじっと見ていた理由すら分かっていない。

「桔梗さん、朝から精が出るなぁ。重かったら持つで?」

「いえ、大丈夫です。……でも、なんか今日の福田さん、元気そうですね」

「え、そうか? いつも通りやと思うけどなぁ」

彼は本気で言っている。

だが、桔梗だけは気づいていた。
“変化”が。
“違和感”が。

しかし、それが何かまでは分からない。


---

団地の玄関に着くと、
伏見美琴(22)が和服の裾を軽く揺らしながら歩いてきた。

「あっ、福田はん、おはようさん。……ん?」

彼女もまた、目を細める。

(……今、一瞬若返ってはった? いやいや、そんなわけ……)

美琴は笑顔を崩さず、軽く会釈した。

「今日もええ天気やし、気持ちええなぁ」

「ほんまやな。寒さもマシやし助かるわ」

二人と会話する間、朋広の身体は――
見た目だけ20歳の姿に完全変化していた。

だが、彼にはまったく見えない。
自覚もない。
痛みもない。

視界も触覚も “59歳のまま” だ。

そして変化が解ける瞬間も、もちろん分からない。

――すっと。

光が抜けるように輪郭が戻り、ただの中年の姿へと戻った。

美琴も桔梗も、その変化を言葉にすることができなかった。

(うち……見間違いなんやろか……)

(気のせいやんな……? そんなことあるはず……)

二人は互いに気づくこともなく、
それぞれ胸の奥に “正体不明の違和感” をそっとしまった。


---

一方その頃、
団地の屋上の手すりに腰掛ける影がひとつ。

監視者――例外を記録する存在。

「……初期変身、確認。前兆時間、最短。
 本人、自覚なし。
 観測記録――正常推移」

無機質な声が、朝の風に消えていった。

「次の発動までの猶予……平均三日以内。
 対象・福田朋広、成長段階――第一段階へ移行」

桜核は確実に目覚めつつあった。

だが、当の本人だけが――
世界で一番、その変化に気づいていなかった。
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