27 / 90
第27話 「小さな違和感と、誰も知らない変化」
しおりを挟む
春の雨が止んだ翌朝。
伏見区向島の団地は、濡れた地面が朝日できらりと光っていた。
福田朋広は、いつものように杖をつきながらエレベーター前に向かった。
「今日は天気ええなぁ……階段よりは楽で助かるわ」
そう言いながら、階段の前を通り過ぎた瞬間だった。
――ふわっ。
胸の奥で温度が揺れる。
軽く風が頬を撫でたような、気のせいに思えるほど小さい変化。
「ん……? (何やこれ……寝起きの立ちくらみやろ)」
朋広は軽く頭を振るだけで、何も気にしなかった。
だが、その一瞬――
ぼんやりとした光が彼の身体を通り抜け、
その輪郭が“誰かの目には” はっきり変わって見えた。
---
エレベーターの扉が開く。
そこには、買い物袋を抱えた 久世桔梗(24) の姿があった。
「おはようございます、福田さん。……あれ?」
彼女は一瞬だけ目を丸くした。
だがすぐに柔らかく微笑む。
(今、少し……若く見えへんかった? 気のせい……?)
桔梗は心の中に疑問を抱きながらも、そのままエレベーターへ乗り込んだ。
朋広は何も気づかない。
むしろ彼女が自分をじっと見ていた理由すら分かっていない。
「桔梗さん、朝から精が出るなぁ。重かったら持つで?」
「いえ、大丈夫です。……でも、なんか今日の福田さん、元気そうですね」
「え、そうか? いつも通りやと思うけどなぁ」
彼は本気で言っている。
だが、桔梗だけは気づいていた。
“変化”が。
“違和感”が。
しかし、それが何かまでは分からない。
---
団地の玄関に着くと、
伏見美琴(22)が和服の裾を軽く揺らしながら歩いてきた。
「あっ、福田はん、おはようさん。……ん?」
彼女もまた、目を細める。
(……今、一瞬若返ってはった? いやいや、そんなわけ……)
美琴は笑顔を崩さず、軽く会釈した。
「今日もええ天気やし、気持ちええなぁ」
「ほんまやな。寒さもマシやし助かるわ」
二人と会話する間、朋広の身体は――
見た目だけ20歳の姿に完全変化していた。
だが、彼にはまったく見えない。
自覚もない。
痛みもない。
視界も触覚も “59歳のまま” だ。
そして変化が解ける瞬間も、もちろん分からない。
――すっと。
光が抜けるように輪郭が戻り、ただの中年の姿へと戻った。
美琴も桔梗も、その変化を言葉にすることができなかった。
(うち……見間違いなんやろか……)
(気のせいやんな……? そんなことあるはず……)
二人は互いに気づくこともなく、
それぞれ胸の奥に “正体不明の違和感” をそっとしまった。
---
一方その頃、
団地の屋上の手すりに腰掛ける影がひとつ。
監視者――例外を記録する存在。
「……初期変身、確認。前兆時間、最短。
本人、自覚なし。
観測記録――正常推移」
無機質な声が、朝の風に消えていった。
「次の発動までの猶予……平均三日以内。
対象・福田朋広、成長段階――第一段階へ移行」
桜核は確実に目覚めつつあった。
だが、当の本人だけが――
世界で一番、その変化に気づいていなかった。
伏見区向島の団地は、濡れた地面が朝日できらりと光っていた。
福田朋広は、いつものように杖をつきながらエレベーター前に向かった。
「今日は天気ええなぁ……階段よりは楽で助かるわ」
そう言いながら、階段の前を通り過ぎた瞬間だった。
――ふわっ。
胸の奥で温度が揺れる。
軽く風が頬を撫でたような、気のせいに思えるほど小さい変化。
「ん……? (何やこれ……寝起きの立ちくらみやろ)」
朋広は軽く頭を振るだけで、何も気にしなかった。
だが、その一瞬――
ぼんやりとした光が彼の身体を通り抜け、
その輪郭が“誰かの目には” はっきり変わって見えた。
---
エレベーターの扉が開く。
そこには、買い物袋を抱えた 久世桔梗(24) の姿があった。
「おはようございます、福田さん。……あれ?」
彼女は一瞬だけ目を丸くした。
だがすぐに柔らかく微笑む。
(今、少し……若く見えへんかった? 気のせい……?)
桔梗は心の中に疑問を抱きながらも、そのままエレベーターへ乗り込んだ。
朋広は何も気づかない。
むしろ彼女が自分をじっと見ていた理由すら分かっていない。
「桔梗さん、朝から精が出るなぁ。重かったら持つで?」
「いえ、大丈夫です。……でも、なんか今日の福田さん、元気そうですね」
「え、そうか? いつも通りやと思うけどなぁ」
彼は本気で言っている。
だが、桔梗だけは気づいていた。
“変化”が。
“違和感”が。
しかし、それが何かまでは分からない。
---
団地の玄関に着くと、
伏見美琴(22)が和服の裾を軽く揺らしながら歩いてきた。
「あっ、福田はん、おはようさん。……ん?」
彼女もまた、目を細める。
(……今、一瞬若返ってはった? いやいや、そんなわけ……)
美琴は笑顔を崩さず、軽く会釈した。
「今日もええ天気やし、気持ちええなぁ」
「ほんまやな。寒さもマシやし助かるわ」
二人と会話する間、朋広の身体は――
見た目だけ20歳の姿に完全変化していた。
だが、彼にはまったく見えない。
自覚もない。
痛みもない。
視界も触覚も “59歳のまま” だ。
そして変化が解ける瞬間も、もちろん分からない。
――すっと。
光が抜けるように輪郭が戻り、ただの中年の姿へと戻った。
美琴も桔梗も、その変化を言葉にすることができなかった。
(うち……見間違いなんやろか……)
(気のせいやんな……? そんなことあるはず……)
二人は互いに気づくこともなく、
それぞれ胸の奥に “正体不明の違和感” をそっとしまった。
---
一方その頃、
団地の屋上の手すりに腰掛ける影がひとつ。
監視者――例外を記録する存在。
「……初期変身、確認。前兆時間、最短。
本人、自覚なし。
観測記録――正常推移」
無機質な声が、朝の風に消えていった。
「次の発動までの猶予……平均三日以内。
対象・福田朋広、成長段階――第一段階へ移行」
桜核は確実に目覚めつつあった。
だが、当の本人だけが――
世界で一番、その変化に気づいていなかった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる