『桜魂の継承者』-BLOOM OF ETERNAL BONEDS-

著:蒼月トウカ/文八代目/記:謎の桜風

文字の大きさ
28 / 90

第28話「変化に気づけない男と、気づき始める周囲」

しおりを挟む
春の風が、濡れた団地の通路を軽く吹き抜けた午後。

福田朋広は、団地の下にある小さなスーパーへ買い出しに向かっていた。

肩や腰に残る古傷が痛む。
それでも歩けるし、今日も悪くはない――そんな日だった。

「さて、卵だけ買うて帰ろか……」

そう言って、階段をゆっくり降りようとした瞬間。

――ふっ。

胸の奥で小さな光が弾ける。
昨日よりも、はるかに短い前兆。

いや、前兆と言えるほどのものではない。
ただの“呼吸の乱れ”程度。

「……ん? 何や?」

ほんの一秒、違和感。
次の瞬間には消えている。

朋広は気にも留めず、そのまま階段を降りる。

だが降りていく彼の背中は――
一瞬、若さを帯びた20歳の輪郭へと変わっていた。

気づく間もない。


---

三階の踊り場に差しかかる頃には、
その“若い姿”は完全に解けていた。

だが、そのタイミングで上の階から 久世桔梗(24) が買い物袋を持って降りてきた。

「あっ、福田さん。こんにちは……あれ?」

彼女は立ち止まる。

(今、すれ違ったの……福田さんやんな?
 でも、一瞬若かったような……いや、光の加減?)

自分で自分を否定してしまうレベルの “誤差” 。

桔梗は結局、笑顔で声をかけるだけにした。

「天気、良くなってよかったですね」

「あぁ、ほんまやな。買い物が楽や」

(やっぱり……違和感ある。何か変わってる……?)

言葉にはできないまま、違和感だけが胸に残った。


---

スーパーに向かう途中、
スマホを見ていたOLが朋広とぶつかりかけた。

「あっ、ごめんなさい……!」

「おぉ、危なっ……」

その一瞬――
朋広の姿は “前兆なしで” 20歳に変わった。

だが、本人には当然見えない。
触れても分からない。

逆にOLが目を瞬いた。

(……え……今のおじさん……?
 気のせい、やんな……?)

目をこすった瞬間には、もう中年の姿に戻っている。

「大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫、ありがとうな」

異常に気づいているのは周りだけ。


---

買い物を終えて団地に戻ると、
今度は和服姿の 伏見美琴(22) がほうきを持って掃除していた。

「あ、福田はん、おかえり……」

言いかけて、ピタリと言葉が止まる。

(ん? 今若返って……あれ?
 いや、さっきより……時間、長なかった?)

今日の20歳姿は約15秒。
昨日の5秒より、気づける時間が少しだけ伸びている。

美琴の目が困惑の色を帯びた。

「美琴さん、どうしたん? 何かあったか?」

「い、いや……なんやろ……えええっと……」

美琴は慌てて笑顔を作った。

「福田はん、今日はなんか……元気そうやなぁ、って!」

「そら卵買うてきただけやしな」

「(いや、ちゃう……うち見たんや……でも言えへん……)」

彼女は胸の奥に飲み込んだ違和感を抱えたまま、
ほうきを握りしめた。


---

団地の屋上では――
例の監視者が淡々と記録をつけていた。

「……変化、段階二へ。
 昨日より前兆時間、75%短縮。
 20才姿の持続時間、初の上昇。
 発動頻度――増加傾向」

無機質な声が風に溶ける。

「完全前兆無し変身まで、平均予測話数――13話」

全ては、静かに進行していた。

本人だけを取り残したまま――。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

性別交換ノート

廣瀬純七
ファンタジー
性別を交換できるノートを手に入れた高校生の山本渚の物語

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...