『桜魂の継承者』-BLOOM OF ETERNAL BONEDS-

著:蒼月トウカ/文八代目/記:謎の桜風

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第42話「団地の午後」

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雨が上がった翌日の午後、伏見区向島の団地は静かに陽を受けていた。濡れたコンクリートが光を反射し、歩道には小さな水たまりが点在する。朋広は十階の自室から廊下を歩き出し、軽く肩を伸ばした。原付でのちょっとした転倒の痛みがまだ腕に残っているが、特別気にするほどではない。

廊下の奥、郵便受けの前には久世桔梗が立っていた。淡いグレーのオフィススーツに包まれた姿は、きちんとしているのにどこか柔らかさがあった。すれ違いざま、彼女は軽く会釈し、朋広も自然に頭を下げる。

「昨日は雨、よう降ったなあ……」
「ほんまやな、雨粒にやられたわ」

ほんの少しの会話でも、こうして日常がつながることに、朋広はほっとした気持ちを覚える。

隣室のドアからは、伏見美琴が和服姿で荷物を持ち出してきた。和紙のような白地に薄紫の柄が入った着物は、まるで昨日の雨を吸い取ったかのように清々しい。美琴は「こんばんは」と微笑み、朋広も自然に挨拶を返す。挨拶のやり取りだけで、空気が少し和らぐのがわかった。

階段の踊り場では、香椎天音が降りてくる。看護学校の制服らしい淡いブルーのセーラー服に小さな濡れた雨粒が光る。ふと目が合うと、天音は小さく会釈して微笑む。その笑顔は、昨日の混乱があったことなどなかったかのように穏やかだった。

団地の通路を抜けると、街の景色が目に入る。雨で洗われた空気に、夕方の光が柔らかく反射する。遠くの喫茶店の窓には、先に帰った人々の影が揺れ、街灯の光と混ざって淡い色彩を作っていた。朋広は一歩一歩、団地の階段を下りながら、昨日の雨でできた小さな水たまりを避けて歩く。

「天気がええと、なんや少しだけ元気出るな」

ひとりごとのように呟きながらも、自然に人々の存在を感じ、軽やかな気持ちで歩く。団地の中の誰もが、それぞれの生活を淡々と営んでいる。郵便受けの音、ドアの開閉音、遠くで誰かが話す声――すべてが昨日までの雨を忘れさせるように、穏やかに混ざり合っていた。

雨が上がった団地の午後、朋広は階段を下りながら、水たまりを避けつつ、団地の住人たちの穏やかな暮らしを目にする。久世桔梗や伏見美琴が自然に挨拶を交わし、香椎天音が笑顔を見せる。
事故後の違和感や腕の痛みはあるものの、朋広は今日も平穏に歩いていた。

「天気がええと、なんや少しだけ元気出るな」

そんな呟きの直後、ふと思い出す。
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