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第43話「雨夜の出会い」
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朋広は階段を下りながら、ふと昨日のことを思い出す。春の雨の夜、伏見区向島の団地――十階から見下ろす濡れた街灯の光が、濡れたアスファルトを細長く照らしていた。小説のネタ探しも半分、気分転換も半分で原付を走らせていたあの日の夜。
「……しかし、よぉ降るなぁ……」
雨粒の跳ねる音にまぎれてぼそりと呟くと、前方に黒い影が倒れ込むのが見えた。人――であることはわかる。しかし、年齢や性別、顔の判別は雨のせいでできない。
(危なっ――!)
反射的に原付を倒し、倒れた影を抱きかかえる。ふっと軽い体温が腕に乗る。濡れた髪の感触、制服の布の柔らかさ。しかし顔は雨と影に隠れ、誰かはわからない。
「大丈夫か……? 救急車、呼ばな……」
声をかけると、抱えた影はすっと消えるように視界から消えた。走り去った気配もなく、残るのは腕に残る微かな温度だけ。
胸ポケットのスマホが砕ける鈍い感触。――あ……かんな……
その瞬間、普段ならアクセサリーに宿るはずの“核の一部”が、朋広の身体へ、倒れた原付へ、胸ポケットで割れたスマホへ、細い光の糸となって流れ込む。
遠くでそれを見ていた存在――人の形を模す影のような観測者――は、冷たく無機質な声で告げた。
「……これは例外事象。本来、“核”は人体と融合せん。規定外――初発や」
街灯の光にも雨粒の反射にも属さぬその存在は、淡々と観測を続ける。
「対象名:福田朋広。分類:人間。監視レベル――最上位に変更。運命、動き始めた」
雨夜の出来事は静かに終わり、朋広の意識は途切れる。
---
その後の団地の朝
目覚めると、曇り空の光がカーテン越しに室内を柔らかく照らしていた。腕や肩の痛みは微かに残るものの、昨日の出来事を鮮明に思い出すことはできない。ただ、胸ポケットのスマホが奇跡的に無事だったことに、少し驚く。
廊下には久世桔梗が郵便受けを確認し、軽く会釈をする。隣室から伏見美琴が和服姿で荷物を持ち出す。香椎天音は階段で軽く微笑む。
昨日の雨夜の混乱は、今の団地の日常の中で、まるで夢だったかのように淡く溶けている。
朋広は胸の奥で、なぜかほんの少し温かいものを感じながら、一歩一歩階段を下りる。水たまりを避けつつ、団地の住人たちの生活音と笑い声に包まれて、春の午後は静かに過ぎていった。
「……しかし、よぉ降るなぁ……」
雨粒の跳ねる音にまぎれてぼそりと呟くと、前方に黒い影が倒れ込むのが見えた。人――であることはわかる。しかし、年齢や性別、顔の判別は雨のせいでできない。
(危なっ――!)
反射的に原付を倒し、倒れた影を抱きかかえる。ふっと軽い体温が腕に乗る。濡れた髪の感触、制服の布の柔らかさ。しかし顔は雨と影に隠れ、誰かはわからない。
「大丈夫か……? 救急車、呼ばな……」
声をかけると、抱えた影はすっと消えるように視界から消えた。走り去った気配もなく、残るのは腕に残る微かな温度だけ。
胸ポケットのスマホが砕ける鈍い感触。――あ……かんな……
その瞬間、普段ならアクセサリーに宿るはずの“核の一部”が、朋広の身体へ、倒れた原付へ、胸ポケットで割れたスマホへ、細い光の糸となって流れ込む。
遠くでそれを見ていた存在――人の形を模す影のような観測者――は、冷たく無機質な声で告げた。
「……これは例外事象。本来、“核”は人体と融合せん。規定外――初発や」
街灯の光にも雨粒の反射にも属さぬその存在は、淡々と観測を続ける。
「対象名:福田朋広。分類:人間。監視レベル――最上位に変更。運命、動き始めた」
雨夜の出来事は静かに終わり、朋広の意識は途切れる。
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その後の団地の朝
目覚めると、曇り空の光がカーテン越しに室内を柔らかく照らしていた。腕や肩の痛みは微かに残るものの、昨日の出来事を鮮明に思い出すことはできない。ただ、胸ポケットのスマホが奇跡的に無事だったことに、少し驚く。
廊下には久世桔梗が郵便受けを確認し、軽く会釈をする。隣室から伏見美琴が和服姿で荷物を持ち出す。香椎天音は階段で軽く微笑む。
昨日の雨夜の混乱は、今の団地の日常の中で、まるで夢だったかのように淡く溶けている。
朋広は胸の奥で、なぜかほんの少し温かいものを感じながら、一歩一歩階段を下りる。水たまりを避けつつ、団地の住人たちの生活音と笑い声に包まれて、春の午後は静かに過ぎていった。
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