『桜魂の継承者』-BLOOM OF ETERNAL BONEDS-

第52話 「気づかぬ力と揺れる日常」

桜が舞う午後、団地の廊下は柔らかい光に包まれていた。
福田朋広は20歳姿の身体に少し慣れ、軽やかな足取りで歩いていた。
しかし、その身体にはまだ自覚のない力が潜んでいる。

階段を降りる途中、香椎天音が手にしていた書類が風で舞い上がった。
「わっ！」
彼女が慌てて追いかけると、朋広は反射的に手を差し伸べる。

すると――ほんの一瞬、空気が微かに震え、花びらがゆっくりと舞い降りる。
書類はまるで引き寄せられるかのように、彼女の手元に落ちた。

「えっ…なんで？」
香椎天音は目を丸くした。
「いや…ただ、手を出しただけだよ…」
朋広は無自覚に笑いながら答える。

その時、和喫茶「月待庵」の御影紫苑も異変に気づいた。
ペン先が勝手に動くことはなくなったが、微かに空気がざわつく感覚を感じる。
バンド少女の鴉谷りつも、ギターを手にした瞬間、風が舞い、桜の花びらが不自然に彼女の周りで回ったのを見た。

「…これは…」
紫苑は眉をひそめ、何か予感めいたものを感じていた。

団地の住人たちはまだ気づかない。
だが、微細な“異変の波紋”は確実に広がっている。
そして、この日、朋広は知らぬ間に周囲に小さな奇跡を起こしたことで、桜環の力がより顕在化する前触れを作ったのだった。

――桜舞う街角で、日常と非日常が少しずつ交差する。
――そして、誰も気づかぬまま、物語の次の波が静かに押し寄せていた。