『桜魂の継承者』-BLOOM OF ETERNAL BONEDS-

第54話 「日常に忍び寄る小さな奇跡」

午後の光が団地の廊下を柔らかく照らす。
福田朋広は20歳の身体の感覚に少しずつ慣れ、軽やかに歩いていた。
しかし、身体の奥に潜む桜環の力は、昨日よりも確実に増幅していることを、まだ彼自身は理解していない。

階段の踊り場で、香椎天音が手にした書類が再び舞い上がる。
「わっ！」
彼女が慌てて追いかけると、朋広は自然に手を差し伸べる。
書類は、彼の無意識の力に導かれるように、天音の手元にそっと戻った。

天音は驚きと少しの不安を胸に、ふと朋広を見つめる。
「…どうして、こうなるの…？」
普段は明るく元気な天音だが、今日は少しだけ戸惑いを見せた。

その時、和喫茶「月待庵」では御影紫苑が帳簿をめくっていた。
ペン先が勝手に動くわけではない。しかし、空気の揺れに気づき、眉をひそめる。
「……何か、ただ事ではない気がする」
巫女らしい直感が、確かな違和感を告げていた。

一方、鴉谷りつはギターの弦を調整していたが、ふと弦が軽く震え、風と共に桜の花びらが舞い込む。
「…なんで？」
自由奔放な彼女も、その不可解な現象にわずかに戸惑う。

玄関前では如月ほのかがノートに目を落としている。
桜舞う光景に目を向けると、まるで空気がほんのわずかに変わったかのように感じた。
「これは…なんだか、普通じゃない…」
熱心な読者であるほのかも、この異変に気づき始める。

――桜環の力は、少しずつ日常に影響を与え始めていた。
――そして、主人公はまた無自覚のまま、周囲の人々に小さな奇跡を届け続けている。

桜舞う街角で、日常と非日常の境界がわずかに揺れる。
今日の小さな出来事は、やがて物語の大きな波を呼ぶ予兆だった。