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緑静けき鐘は鳴る【上】
29.スクリーン
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慈満寺には、セキュリティ担当の僧侶が居る。
名前は円山梅内さんというらしい。
麗慈くんの話だ。
その彼が慈満寺の、IDロック盤やセキュリティの管理に携わっているのだという。
慈満寺。
地下入口から地下にかけての話だ。
その出入り口は、IDロック盤によって開閉と出入りが制御されている。
麗慈くんは地下入口の監視カメラにはアクセスしていた。
だけれど地下のIDロック盤の、その制御部分を突破するというのは難しいらしいのだ。
制御をアクセスにて突破することが出来れば、「慈満寺で鐘が鳴ると人が死ぬ」っていう噂を回避するのにも一番の早道かなあって。
私は思ったのである。
友葉は考えている。
友葉はとある部屋に居て、青いスクリーンの数々を眺めている。
それぞれ四角く小さいものから大きいものまで、宙に浮かんでいる状態だ。
スクリーンの画面一つ一つ。
操作パネルのようになっていて、とても平面的である。
友葉は触ることが出来た。
タッチパネルの要素を含んでいるようだ。
映像、時刻、何かのプログラムの羅列が動いていく。
青いスクリーンは要するに、麗慈くんにとってのシステム統御を担っているものらしい。
僧侶の円山さんの構築したであろう、セキュリティ制御と同じ造りなのかどうかは、私にはまるで見当がつかない。
青いスクリーンに映る、様々な映像。
地下入口に設置されている監視カメラ。
IDロック盤のすぐ近く。
友葉は言った。
「で、地下入口のことに話を戻していいかい」
「オーケー!」
「あなたのママと円山さんの話がまず最初ね。それで、地下入口でどんなことを二人は話していたの。直接あたしは、その音声ファイルは開けないからさ。どんな話かっていうのは教えて欲しいのね」
「うんいいよ」
白い照明で煌々と照らされている。
慈満寺の本堂裏から、表の本堂へ繋がっている。
裏の部屋に当たる場所。
友葉と大月麗慈はそこに居た。
「さっきまでパパも、地下入口へ来ていたみたいだよ」
「大月紺慈の御住職ね」
「うんそう」
「となると、大月住職と深記子さんと円山さんの、三人だった」
「それと、陳ノ内惇公と友葉ちゃんの友達も居た」
「うん」
陳ノ内惇公。
彼は日刊「麒喜」の記者である。
朝比に協力をするために慈満寺へ来ているが、いま友葉と麗慈の居る裏の部屋にはいない。
根耒生祈と沢田彩舞音を伴って本堂裏に来ている、その最中だ。
「たぶんね、ママと円山さんの間では、『地下入口を一旦閉じておくかどうか』っていう話し合いはまとまらなかったみたいなの。陳ノ内さんたちがそこから移動した後、地下入口のIDロック盤に開閉記録がある。そこにママの記録があったから、たぶんママと円山さんは地下へ下りたんだろうなって思うの」
「なるほど。やっぱり『慈満寺で鐘が鳴ると人が死ぬ』っていう噂は二人とも気にしているのかもね」
「そうかもね。で、そのあとパパも地下入口に来た」
「じゃあ地下の中で話し合いが持たれたかも、しれない」
「うん。地下入口の監視カメラにはアクセスは出来るんだけれど。地下の中の監視カメラにはぼく、アクセス出来ていないんだ。だから友葉ちゃんの云うように、地下の中で円山さんとママとパパで話し合いが持たれたとするでしょう。でもそこでの会話っていうのは全く分からないの」
「なるほど。麗慈くんの音声ファイルシステムにも限界はあったのね」
「うんそう」
麗慈は赤くなる。
「ただ、これはぼくの予想ね。三人で話し合いがあったとしても、地下入口は閉じないことで纏まったみたい。地下入口IDロック盤への開発者側権限は何も使われていないから」
「なるほどねえ」
友葉にはちんぷんかんぷんだった。
麗慈は地下入口の監視カメラへアクセスし、地下への人の出入りを注視していた。
その時に、システムの合理的判断あるいは麗慈自身が、更に必要があると思った場合。
アクセスで入手した映像の他、音声ファイルをダウンロード出来るというシステムを、麗慈は組み込んでおいた。
その音声ファイルは、麗慈のシステム統御先へ送られてきていた。
友葉は一瞬その音声ファイルに触れた。
青いスクリーンはタッチだけで容易に操作が可能なため、友葉が何気なく触れたその先がたまたま音声ファイルを格納していた部分だったのだ。
音声ファイルに言及されて麗慈はムキになった。
麗慈のシステム。
それから円山の作ったセキュリティにアクセスすることや、映像入手や、奥の手である音声ファイル入手まで。
全ては、「慈満寺で人が過去二人亡くなった件について」。
朝比堂賀が現在調査中という、そこへ帰結してくる。
友葉と麗慈は朝比に協力中。
更に陳ノ内と生祈と彩舞音も、朝比に慈満寺関係者のファイルを届けようとして、こちらへ向かっている最中なのである。
慈満寺の地下で過去に二人の人が亡くなっている。
単純に考えれば、地下を閉じて参拝客を一旦地下へ入れないようにしてから、恋愛成就キャンペーンの鐘を鳴らせば安全牌なのだ。
そう友葉は思ったけれど、地下への大月住職と深記子さんと円山さんの話は纏まらなかった。
と麗慈くんは予想している。
友葉は首を傾げる。
思案を巡らせているようだ。
「友葉ちゃんがさっき云っていたことね。出来るならばぼく自身が地下入口のIDロック盤にアクセスしちゃえばって。だけれどそこは開発者側の領域なんだ。地下入口を今日も閉じないのだとしたら、ぼくのシステムは動員しておこうと思うんだ。何かあった時のためさ。そんで何かあったら堂賀さんに電話する」
友葉は肯いた。
「電話」と聞いて、友葉は自分のスマホを取り出してみた。
「慈満寺で鐘が鳴ると人が死ぬ」。
道羅友葉と、それから根耒生祈と沢田彩舞音の通う桃ノ染高校。
そこで持ち切りの噂である。
友葉は、小さな部活である「廃墟研究会」を率いている。
生祈は部員で、彩舞音は参加しまくる。
桃ノ染高校と言っても、慈満寺の噂の出処は元々その廃墟研究会にあった。
そして友葉は、アルバイトを「マリリンアンドウィル」でこなしている。
亡くなった人と、亡くなったという状況について深く関わっているのは地下である。
麗慈くんはそう判断をして、地下入口の注視を行っているらしい。
「恋愛成就キャンペーンの時間がそろそろね」
「そうだ! 表の本堂で祈祷も始まる」
「大月住職は本堂へ来るのかな」
「うんもちろんパパは来るよ。ちょっとママは分かんないな。慈満寺会館に戻るかもしれない。アルバイトの巫女さんは本堂に来ると思うよ。そんで円山さんは来るかどうか分からない。地下の方の対応で詰めるのかどうか」
一気に言ったので麗慈は一呼吸置いた。
友葉は肯く。
「でさ、陳ノ内さんたちも、そろそろ本堂裏に来ると思う」
「だと良いのだけれど」
麗慈は友葉のスマホを覗き込んだ。
「今ぼく、いっぱいタスクやっちゃっているからさ、何かあったら友葉ちゃんから陳ノ内惇公に連絡して」
「そうしましょ」
「堂賀さんにぼくは電話する。ただ、堂賀さんよりも先に陳ノ内さんたちが本堂裏へ来る可能性もある」
「そうだね」
陳ノ内さんが堂賀さんへと持って来たであろうファイルがある。
私はそれを、慈満寺の山門近くで確認している。
堂賀さんはこの場にいないけれど、堂賀さんは電話で陳ノ内さんと話をしていた。
その時に私と麗慈くんの話題に触れたのであれば、私たちが陳ノ内さんからファイルを受け取っていてもいいわけで。
根耒と沢田も来てくれるならなおよし。
ただ本当なら、私が堂賀さんを見つけて陳ノ内さんたちの所へ、連れて行くはずだったのだ。
何だか逆になっちゃった。
友葉は青いスクリーン群の中から、「地下入口の見張り」を行っているであろうシステム統御を探す。
麗慈くんが「タスクをやっている」なら少しでも、私も見ていた方がいいだろう。
そう友葉は思った。
上から下を見下ろしているような映像。
ああこれかもしれない。
その他にも、IDロック盤にカードを通すリーダー部分。
そのすぐ脇から最大にアップされているような映像。
麗慈は腕を投げ出すようにした。
手にはスマホ。
「よし一通りタスクやった~」
そう言って彼は床へ耳を押し当てる。
友葉は、麗慈の様子を見て眼をぱちくりやった。
「あれだよ。友葉ちゃんは調査中であることを忘れていないかい」
「忘れてはいないさ」
「今ここに居るのは、音の調査のためもあるのだよ」
友葉は肯いた。
スマホを取り出す。
電話を掛けてみる。
相手は生祈へ。
「根耒。道羅だけれど。いまどこ? あたしね」
『あ、せ、先輩! ちょっと大変なことになったんです』
と生祈の声が聞こえたところで音声が聞こえにくくなる。
「なんか慌てているようだけれど」
『そうなんです彩舞音が』
「彩舞音って沢田のことよね。あれ……」
「電波悪い?」
麗慈は友葉へ尋ねた。
「悪いっていうか」
通話が途切れている。
「電話切れちゃった。麗慈くんの言うように、電波が悪いのかもしれない」
青いスクリーン。
所々さざなみのように揺れている。
友葉は生祈へ短いメッセージを入れた。
「届いたかな。あたし、少し部屋の外へ行くかもしれないけれど大丈夫。電話を済ませてしまいたい」
「うん」
「今居る部屋の様子って、表の本堂からはどう映るのかな」
「映るというかここは三百六十度、表の本堂から見えないようになっている部屋だよ」
「ふむ」
「何しろ秘仏を置いとくような部屋だ」
「表の本堂の様子を確認することは出来ないのかい」
「見て確認じゃなくて、音が伝わって来るから表の様子くらいなら分かるさ」
様子が分かる、というのはそうだった。
表の本堂内の人の気配、その数が増している。
友葉も分かった。
「恋愛成就キャンペーン」
「そう」
一発梵鐘が鳴った。
友葉と麗慈の居る裏のこの部屋にも音が響いて来る。
午後三時四十分。
「鳴った!」
「鳴ったね。じゃあこっちもますます要確認だ」
「所謂『別の音』ね」
「そう!」
床に耳を当てていた麗慈はバッと身を起こした。
「友葉ちゃん、地下入口のそのモニターみたいなやつ、それを見ていてくれない?」
「上から見下ろしているような映像のでいい」
麗慈は肯いた。
「今、なんか誰か来ているみたいだ」
麗慈は床に耳をつけようとした所を再び体を起こした。
「と、思ったけれど、移動しちゃったみたいね」
「そう」
麗慈はホッと息をついた。
それから頭を掻く。
「困ったな。なんだか肌感覚で『別の音』が聴けそうな感じがして、ぼくは動けない感じがするし」
「あたし、やっぱり外に行っているよ。地下入口に直接行く」
更に本堂が騒がしくなっている。
青いスクリーンの時刻。
二発目の梵鐘。
次は威勢のいい巨大な音だ。
友葉たちのいる部屋の床がさざなみのようになった。
「今の音は!?」
友葉は驚いて言った。
「恋愛成就キャンペーンの祈祷、その祈祷前に鳴らす景気づけだよ」
景気づけか……。
さざなみから大波へ。
友葉がアルバイトしているレストラン。
六月、根耒生祈と沢田彩舞音がテスト終わりにやって来た。
彩舞音はその時、慈満寺のパンフレット持参だった。
写真付きのパンフレットである。
友葉も眺めていた。
表の本堂の様子は、今この部屋に居て眼で確認は出来ないけれど、沢田のパンフレットを丸ごと想像すればたぶん分かるかも。
「そっちはどう」
「あんまり今まで『別の音』が気づかれなかったのは、今いる部屋がいろんな音を吸収しやすいからなのかなあってぼく思う」
友葉は麗慈と同じく床に耳を押し当てた。
「今の本堂とか梵鐘の音は大きいけれど、こうしていれば聴こえるかもしれない」
友葉は肯いた。
三発目の梵鐘。
友葉は身を起こした。
「うん」
麗慈はそう言った。
陳ノ内さんと根耒と沢田は、表の本堂にいるかしら。
ただその前に、既に本堂裏に来てくれているかも。
電波が繋がらないのでは、あまり確かめられない。
「あたし地下入口へ行ってくるね」
「分かった!」
友葉は立ち上がった。
朝のバイト。
今頃になって眠気になってくるのはあまり不思議なことではない。
友葉はなんだか、視界がぼんやりするのに気が付いた。
そしてかぶりを振り振り、自分の眼をこすってみる。
青いスクリーンに映る、地下入口のIDロック盤の映像。
そこに何かが映った。
友葉にはそう見えた。
思わずか、その地下入口のIDロック盤の映像へ近づこうとした。
なんだか歩きづらいぞ。
友葉はこけてしまった。
「大丈夫!?」
「う、うん大丈夫!」
そうは言ったものの、視界のぼんやりが止まらない。
友葉は徐々に体が前へ。
床が近いのは分かったのだが自分で止められなかった。
友葉はゆっくり倒れ込んだ。
麗慈は体を起こして駆け寄った。
*
友葉先輩から電話が来たのだけれど、途中で切れてしまった。
「陳ノ内さんはどうですか?」
「確かに繋がりにくくなっている」
「そうですか……」
根耒生祈と陳ノ内惇公の二人だ。
今は二人で境内を移動中だ。
恋愛成就キャンペーンの人の流れなのだろう。
先程まで閑散としていたのがいつの間にか、鐘楼の周りにも、そして本堂の周りにも。
沢山の人が居る。
そして一緒に居た沢田彩舞音が今いない。
生祈と陳ノ内は彩舞音を探していた。
今二人は本堂に近い位置に居た。
鐘楼に向かう人、そして本堂へ向かう人。
参拝客。
その前か後ろか。
彩舞音はどこだろう。
一発目。
鐘楼の梵鐘が鳴った。
時間は午後三時四十分。
名前は円山梅内さんというらしい。
麗慈くんの話だ。
その彼が慈満寺の、IDロック盤やセキュリティの管理に携わっているのだという。
慈満寺。
地下入口から地下にかけての話だ。
その出入り口は、IDロック盤によって開閉と出入りが制御されている。
麗慈くんは地下入口の監視カメラにはアクセスしていた。
だけれど地下のIDロック盤の、その制御部分を突破するというのは難しいらしいのだ。
制御をアクセスにて突破することが出来れば、「慈満寺で鐘が鳴ると人が死ぬ」っていう噂を回避するのにも一番の早道かなあって。
私は思ったのである。
友葉は考えている。
友葉はとある部屋に居て、青いスクリーンの数々を眺めている。
それぞれ四角く小さいものから大きいものまで、宙に浮かんでいる状態だ。
スクリーンの画面一つ一つ。
操作パネルのようになっていて、とても平面的である。
友葉は触ることが出来た。
タッチパネルの要素を含んでいるようだ。
映像、時刻、何かのプログラムの羅列が動いていく。
青いスクリーンは要するに、麗慈くんにとってのシステム統御を担っているものらしい。
僧侶の円山さんの構築したであろう、セキュリティ制御と同じ造りなのかどうかは、私にはまるで見当がつかない。
青いスクリーンに映る、様々な映像。
地下入口に設置されている監視カメラ。
IDロック盤のすぐ近く。
友葉は言った。
「で、地下入口のことに話を戻していいかい」
「オーケー!」
「あなたのママと円山さんの話がまず最初ね。それで、地下入口でどんなことを二人は話していたの。直接あたしは、その音声ファイルは開けないからさ。どんな話かっていうのは教えて欲しいのね」
「うんいいよ」
白い照明で煌々と照らされている。
慈満寺の本堂裏から、表の本堂へ繋がっている。
裏の部屋に当たる場所。
友葉と大月麗慈はそこに居た。
「さっきまでパパも、地下入口へ来ていたみたいだよ」
「大月紺慈の御住職ね」
「うんそう」
「となると、大月住職と深記子さんと円山さんの、三人だった」
「それと、陳ノ内惇公と友葉ちゃんの友達も居た」
「うん」
陳ノ内惇公。
彼は日刊「麒喜」の記者である。
朝比に協力をするために慈満寺へ来ているが、いま友葉と麗慈の居る裏の部屋にはいない。
根耒生祈と沢田彩舞音を伴って本堂裏に来ている、その最中だ。
「たぶんね、ママと円山さんの間では、『地下入口を一旦閉じておくかどうか』っていう話し合いはまとまらなかったみたいなの。陳ノ内さんたちがそこから移動した後、地下入口のIDロック盤に開閉記録がある。そこにママの記録があったから、たぶんママと円山さんは地下へ下りたんだろうなって思うの」
「なるほど。やっぱり『慈満寺で鐘が鳴ると人が死ぬ』っていう噂は二人とも気にしているのかもね」
「そうかもね。で、そのあとパパも地下入口に来た」
「じゃあ地下の中で話し合いが持たれたかも、しれない」
「うん。地下入口の監視カメラにはアクセスは出来るんだけれど。地下の中の監視カメラにはぼく、アクセス出来ていないんだ。だから友葉ちゃんの云うように、地下の中で円山さんとママとパパで話し合いが持たれたとするでしょう。でもそこでの会話っていうのは全く分からないの」
「なるほど。麗慈くんの音声ファイルシステムにも限界はあったのね」
「うんそう」
麗慈は赤くなる。
「ただ、これはぼくの予想ね。三人で話し合いがあったとしても、地下入口は閉じないことで纏まったみたい。地下入口IDロック盤への開発者側権限は何も使われていないから」
「なるほどねえ」
友葉にはちんぷんかんぷんだった。
麗慈は地下入口の監視カメラへアクセスし、地下への人の出入りを注視していた。
その時に、システムの合理的判断あるいは麗慈自身が、更に必要があると思った場合。
アクセスで入手した映像の他、音声ファイルをダウンロード出来るというシステムを、麗慈は組み込んでおいた。
その音声ファイルは、麗慈のシステム統御先へ送られてきていた。
友葉は一瞬その音声ファイルに触れた。
青いスクリーンはタッチだけで容易に操作が可能なため、友葉が何気なく触れたその先がたまたま音声ファイルを格納していた部分だったのだ。
音声ファイルに言及されて麗慈はムキになった。
麗慈のシステム。
それから円山の作ったセキュリティにアクセスすることや、映像入手や、奥の手である音声ファイル入手まで。
全ては、「慈満寺で人が過去二人亡くなった件について」。
朝比堂賀が現在調査中という、そこへ帰結してくる。
友葉と麗慈は朝比に協力中。
更に陳ノ内と生祈と彩舞音も、朝比に慈満寺関係者のファイルを届けようとして、こちらへ向かっている最中なのである。
慈満寺の地下で過去に二人の人が亡くなっている。
単純に考えれば、地下を閉じて参拝客を一旦地下へ入れないようにしてから、恋愛成就キャンペーンの鐘を鳴らせば安全牌なのだ。
そう友葉は思ったけれど、地下への大月住職と深記子さんと円山さんの話は纏まらなかった。
と麗慈くんは予想している。
友葉は首を傾げる。
思案を巡らせているようだ。
「友葉ちゃんがさっき云っていたことね。出来るならばぼく自身が地下入口のIDロック盤にアクセスしちゃえばって。だけれどそこは開発者側の領域なんだ。地下入口を今日も閉じないのだとしたら、ぼくのシステムは動員しておこうと思うんだ。何かあった時のためさ。そんで何かあったら堂賀さんに電話する」
友葉は肯いた。
「電話」と聞いて、友葉は自分のスマホを取り出してみた。
「慈満寺で鐘が鳴ると人が死ぬ」。
道羅友葉と、それから根耒生祈と沢田彩舞音の通う桃ノ染高校。
そこで持ち切りの噂である。
友葉は、小さな部活である「廃墟研究会」を率いている。
生祈は部員で、彩舞音は参加しまくる。
桃ノ染高校と言っても、慈満寺の噂の出処は元々その廃墟研究会にあった。
そして友葉は、アルバイトを「マリリンアンドウィル」でこなしている。
亡くなった人と、亡くなったという状況について深く関わっているのは地下である。
麗慈くんはそう判断をして、地下入口の注視を行っているらしい。
「恋愛成就キャンペーンの時間がそろそろね」
「そうだ! 表の本堂で祈祷も始まる」
「大月住職は本堂へ来るのかな」
「うんもちろんパパは来るよ。ちょっとママは分かんないな。慈満寺会館に戻るかもしれない。アルバイトの巫女さんは本堂に来ると思うよ。そんで円山さんは来るかどうか分からない。地下の方の対応で詰めるのかどうか」
一気に言ったので麗慈は一呼吸置いた。
友葉は肯く。
「でさ、陳ノ内さんたちも、そろそろ本堂裏に来ると思う」
「だと良いのだけれど」
麗慈は友葉のスマホを覗き込んだ。
「今ぼく、いっぱいタスクやっちゃっているからさ、何かあったら友葉ちゃんから陳ノ内惇公に連絡して」
「そうしましょ」
「堂賀さんにぼくは電話する。ただ、堂賀さんよりも先に陳ノ内さんたちが本堂裏へ来る可能性もある」
「そうだね」
陳ノ内さんが堂賀さんへと持って来たであろうファイルがある。
私はそれを、慈満寺の山門近くで確認している。
堂賀さんはこの場にいないけれど、堂賀さんは電話で陳ノ内さんと話をしていた。
その時に私と麗慈くんの話題に触れたのであれば、私たちが陳ノ内さんからファイルを受け取っていてもいいわけで。
根耒と沢田も来てくれるならなおよし。
ただ本当なら、私が堂賀さんを見つけて陳ノ内さんたちの所へ、連れて行くはずだったのだ。
何だか逆になっちゃった。
友葉は青いスクリーン群の中から、「地下入口の見張り」を行っているであろうシステム統御を探す。
麗慈くんが「タスクをやっている」なら少しでも、私も見ていた方がいいだろう。
そう友葉は思った。
上から下を見下ろしているような映像。
ああこれかもしれない。
その他にも、IDロック盤にカードを通すリーダー部分。
そのすぐ脇から最大にアップされているような映像。
麗慈は腕を投げ出すようにした。
手にはスマホ。
「よし一通りタスクやった~」
そう言って彼は床へ耳を押し当てる。
友葉は、麗慈の様子を見て眼をぱちくりやった。
「あれだよ。友葉ちゃんは調査中であることを忘れていないかい」
「忘れてはいないさ」
「今ここに居るのは、音の調査のためもあるのだよ」
友葉は肯いた。
スマホを取り出す。
電話を掛けてみる。
相手は生祈へ。
「根耒。道羅だけれど。いまどこ? あたしね」
『あ、せ、先輩! ちょっと大変なことになったんです』
と生祈の声が聞こえたところで音声が聞こえにくくなる。
「なんか慌てているようだけれど」
『そうなんです彩舞音が』
「彩舞音って沢田のことよね。あれ……」
「電波悪い?」
麗慈は友葉へ尋ねた。
「悪いっていうか」
通話が途切れている。
「電話切れちゃった。麗慈くんの言うように、電波が悪いのかもしれない」
青いスクリーン。
所々さざなみのように揺れている。
友葉は生祈へ短いメッセージを入れた。
「届いたかな。あたし、少し部屋の外へ行くかもしれないけれど大丈夫。電話を済ませてしまいたい」
「うん」
「今居る部屋の様子って、表の本堂からはどう映るのかな」
「映るというかここは三百六十度、表の本堂から見えないようになっている部屋だよ」
「ふむ」
「何しろ秘仏を置いとくような部屋だ」
「表の本堂の様子を確認することは出来ないのかい」
「見て確認じゃなくて、音が伝わって来るから表の様子くらいなら分かるさ」
様子が分かる、というのはそうだった。
表の本堂内の人の気配、その数が増している。
友葉も分かった。
「恋愛成就キャンペーン」
「そう」
一発梵鐘が鳴った。
友葉と麗慈の居る裏のこの部屋にも音が響いて来る。
午後三時四十分。
「鳴った!」
「鳴ったね。じゃあこっちもますます要確認だ」
「所謂『別の音』ね」
「そう!」
床に耳を当てていた麗慈はバッと身を起こした。
「友葉ちゃん、地下入口のそのモニターみたいなやつ、それを見ていてくれない?」
「上から見下ろしているような映像のでいい」
麗慈は肯いた。
「今、なんか誰か来ているみたいだ」
麗慈は床に耳をつけようとした所を再び体を起こした。
「と、思ったけれど、移動しちゃったみたいね」
「そう」
麗慈はホッと息をついた。
それから頭を掻く。
「困ったな。なんだか肌感覚で『別の音』が聴けそうな感じがして、ぼくは動けない感じがするし」
「あたし、やっぱり外に行っているよ。地下入口に直接行く」
更に本堂が騒がしくなっている。
青いスクリーンの時刻。
二発目の梵鐘。
次は威勢のいい巨大な音だ。
友葉たちのいる部屋の床がさざなみのようになった。
「今の音は!?」
友葉は驚いて言った。
「恋愛成就キャンペーンの祈祷、その祈祷前に鳴らす景気づけだよ」
景気づけか……。
さざなみから大波へ。
友葉がアルバイトしているレストラン。
六月、根耒生祈と沢田彩舞音がテスト終わりにやって来た。
彩舞音はその時、慈満寺のパンフレット持参だった。
写真付きのパンフレットである。
友葉も眺めていた。
表の本堂の様子は、今この部屋に居て眼で確認は出来ないけれど、沢田のパンフレットを丸ごと想像すればたぶん分かるかも。
「そっちはどう」
「あんまり今まで『別の音』が気づかれなかったのは、今いる部屋がいろんな音を吸収しやすいからなのかなあってぼく思う」
友葉は麗慈と同じく床に耳を押し当てた。
「今の本堂とか梵鐘の音は大きいけれど、こうしていれば聴こえるかもしれない」
友葉は肯いた。
三発目の梵鐘。
友葉は身を起こした。
「うん」
麗慈はそう言った。
陳ノ内さんと根耒と沢田は、表の本堂にいるかしら。
ただその前に、既に本堂裏に来てくれているかも。
電波が繋がらないのでは、あまり確かめられない。
「あたし地下入口へ行ってくるね」
「分かった!」
友葉は立ち上がった。
朝のバイト。
今頃になって眠気になってくるのはあまり不思議なことではない。
友葉はなんだか、視界がぼんやりするのに気が付いた。
そしてかぶりを振り振り、自分の眼をこすってみる。
青いスクリーンに映る、地下入口のIDロック盤の映像。
そこに何かが映った。
友葉にはそう見えた。
思わずか、その地下入口のIDロック盤の映像へ近づこうとした。
なんだか歩きづらいぞ。
友葉はこけてしまった。
「大丈夫!?」
「う、うん大丈夫!」
そうは言ったものの、視界のぼんやりが止まらない。
友葉は徐々に体が前へ。
床が近いのは分かったのだが自分で止められなかった。
友葉はゆっくり倒れ込んだ。
麗慈は体を起こして駆け寄った。
*
友葉先輩から電話が来たのだけれど、途中で切れてしまった。
「陳ノ内さんはどうですか?」
「確かに繋がりにくくなっている」
「そうですか……」
根耒生祈と陳ノ内惇公の二人だ。
今は二人で境内を移動中だ。
恋愛成就キャンペーンの人の流れなのだろう。
先程まで閑散としていたのがいつの間にか、鐘楼の周りにも、そして本堂の周りにも。
沢山の人が居る。
そして一緒に居た沢田彩舞音が今いない。
生祈と陳ノ内は彩舞音を探していた。
今二人は本堂に近い位置に居た。
鐘楼に向かう人、そして本堂へ向かう人。
参拝客。
その前か後ろか。
彩舞音はどこだろう。
一発目。
鐘楼の梵鐘が鳴った。
時間は午後三時四十分。
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