推測と繋ぎし黒は

貳方オロア

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  青の見ゆるを土より

37.動機

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堂賀どうがさんの説、か」

と言った。
道羅友葉どうらともは

「ええ」

朝比堂賀あさひどうが

出生記録。
それが眼の前にある。

根耒生祈ねごろうぶき
彼女は覗き込む。
友葉ともはは記録を覗きつつ言ったかたち。

「ええと」

生祈うぶき

「どこからどこまで集めたんでしょう」

どこからどこまで。
何から何まで。
集めすぎている気もした生祈。

手あたり次第集めたのであろうか。

あの時。
西耒路さいらいじ署の部屋で集まった時だ。
その時も。
出生記録片手に話をした。
話題の中心は告船灯つがふねあかしという人物。主に。

ただ。
その告船が言ったように。
九十九つくも社はただの葬儀屋なのである。

あの時。
集めて照らし合わせたのは、安紫あんじ会関連の記録だった。
今ここにあるのは、安紫会関連のものであるとは言えない。

「たまたま集まった。そういうところもありますよね」

と友葉。

出生記録と言っても。
集めた先の病院は一つでしかない。
劒物けんもつ大学病院で、その病院は一つしかないからだ。
その一つしかない病院にたまたま、安紫会関連なり。
そして安紫会関連でない記録なり。
集中して存在していた。
そういうことになる。

「例えば。七日生ななせさんに近い病院がそこだった。だから七日生さんの出生記録も辿れた」

と生祈。

流れで言って最初に出たのは、上ノ段七日生うえのだんななせだ。
彼女の生まれは劒物大学病院に近い場所だった。
ということで。

「ただ。今みたいに安紫会も入海暁一いりうみあきかずも。そして」

「ええ」

「ってなると流れ的に良すぎる気がしますけれど」

告船灯。
その記録が眼の前に。
どこまで堂賀さんは辿たどったのだろうか。
いや、あまりにも流れが良すぎるだろう。
それってありなのだろうか。

「ええ。ただ元々の姓は違っていたようですがね」

いろんな説をぐるぐる回り辿り。
そして日付は変わった。
いろんな要素を辿って、そこに膜があったり。
あとあと浮上してきた告船。
今、再度流れはそこへ戻る形になる。

今の状況で言うならば。
告船の記録もまた劒物大学病院にあったということになるのだ。

朝比。

「三点目」

「三点目?」

生祈と友葉は言って眼をぱちくりやった。

「そう。ただここからも僕の予想になりますがね」

生祈。

「予想……。あの西耒路署の部屋でした時のと。同じような感じですか」

朝比はかぶりを振る。

「今現在。怒留湯ぬるゆさんがたがお話を。あるいは」

と朝比。

「告船さん自らがお話をなさっているか。いずれにしろ、事実は西耒路署の刑事さん方が明らかになさるでしょう。僕の話すのはあくまで予想」

と言って。
更に。

「三点目。告船さんは西耒路署の鑑識であるという点です」

「鑑識であるという点」

と友葉。

「ええと。入海暁一は劒物大学病院のお医者さん。いえお医者さんでした。いや最も、入海暁一は伊豆蔵蒼士いずくらそうじの替え玉だったというし。その点病院側としてはどうだったのでしょう」

「アツはかなり奥深くまで見たのでしょう。その上で辿ってくれた」

と朝比。

友葉。

「なるほど。奥深くに埋めちゃってたということですね。資料とか」

「さあ。そして、軸丸じくまるさん」

「軸丸さん?」

生祈は言って眼をぱちくりした。

「軸丸さんが何か……あ」

思い出した。

「軸丸さんも劒物大学病院。薬物系」

「ええ。正確には研究のみですがね。いろいろな貴重なお話を」

と朝比。

「その上で。今の話にはあまりつながる点がない。薬物に関して」

友葉。

「それはまた物騒方面に話が行くわけですね。でも。軸丸さんつながりってことですか?」

少々沈黙。
どこへ行きつくのだろうか。
と言いたげな視線が生祈へぶつかる。
友葉からである。
私にもよく分からない。

と生祈。

「あのう」

言ってみる。

「三点目の話って。西耒路署では話していないことなんですか」

「ええ。確かね」

と朝比。

「なら」

と生祈。

「ちょっと落ち着いてから。流れ的に。落ち着いてから話しませんか」

と席を立った。






シンクの用事を済ませる。
というか皿洗いである。
シンクのごちゃごちゃを片付けて。
それからでないと、再度の物騒方面へ向かうための心の準備にならない。
とかいう変なこじつけ。
生祈は席を立って、とにかくそうした。
だが朝比も友葉も何も言わずにいて。
だから生祈は洗った。

皿洗いが完了。
とりあえずお茶を淹れる。
整理やらなんやらかんや。
で、薬物あるいは物騒方面の話である。

軸丸じくまるさん。軸丸さんがまさかとかいう感じでしょうか」

と生祈は言った。

朝比はかぶりを振る。

「ルートは特殊なものだったということですね。そう。クロコダイル」

「クロコダイル。あ」

と生祈は言った。

「西耒路署のデータベースにもなかったっていう」

「日本じゃあんまり手に入りにくい?」

と友葉。

「何かしらルートはあるのでしょうけれど。それを軸丸さんとか?」

「軸丸さんがおっしゃったのは《クロコダイル》の話です」

と朝比。

「それはまあ」

「そう。薬物という点のみ」

「それは、特殊なんでしょう? 通常ではないルートだって」

「通常ではない。とすると?」

と朝比は尋ねるように言う。

生祈と友葉は顔を見合わせた。

「特殊?」

「ええ」

「通常ではないんでしょう」

「ええ」

「西耒路署のデータベースには元々クロコダイルがなかったはずだし」

「そう」

確かに。
データベースにはなかったのだ。
特殊なルートはあったとすれば。
そうしたらどうやって存在を隠していたのだろう。
薬物の。クロコダイルの。

「西耒路署のデータベースに。クロコダイルはなかった」

「例えば」

と生祈。

「軸丸さん。彼は薬物の方で確か」

「そう。研究の為に薬物を扱うというお話を」

このあいだの話でいけば。
西耒路署内データベース不詳の薬物に対して、クロコダイルと断定を入れたのは軸丸さんである。

「軸丸さんところのデータベース。つまり劒物大学病院のデータベース? ってことになりますかね。薬物関連の。それだけ情報も規模もあるってことですよね。確かに専門にしているって所なんだろうし。それは大きいかもしれないし」

と友葉。

あの時確か。
西耒路署の武器部屋でだ。
軸丸さんは「俺は一抜いちぬけ」的なことを言っていた気がする。
でも。
今こうして話に出ている。
データベースと劒物大学病院の話だ。
クロコダイルのことを言うならば、そこをはずすことが出来ない。
何故なら西耒路署のデータベースには元々なかったのだから。

「あの。だから」

と生祈。

「軸丸さんは『一抜け』ではなかった。ということでしょうか」

「特殊であるとして」

と朝比。

「例えば西耒路署と劒物大学病院であれば。どうでしょうか」

「え」

と友葉。

「どうでしょうって。どういうことでしょう」

「三点目のつながりです」

「三点目のつながり」

「ええ。クロコダイルと劒物大学病院がつながりました。つまり」

と朝比。

「薬物の成分を取り扱うという点。その点が特殊ルートにもつながっていた」

「それ、予想ですよね」

「ええ。例えば、入海がかなめであったと予想する」

生祈と友葉は顔を見合わせた。

予想にしても、さすがに。

「それはどうなんでしょうか」

と生祈。

朝比。

「何も証拠はありません。ただ入海暁一が安紫会の若頭わかがしらの。替え玉となれたこと。そして彼自身が劒物大学病院内部の人間であったという点を考えた」

「なら。入海を中心に据えたら。特殊なルートが、出来やすくなる? 薬物の?」

と友葉。

朝比は肯いた。

「でも……」

と言ってかぶりを振る。

「あくまで特殊ルート内の話ですよね。劒物大学病院全体として、加担していたわけではないと」

「ええ。でしたら大事おおごとになってしまいます」

「今の予想も十分じゅうぶんに大事ですよ」

「そ、それに」

と生祈。
朝比の説に納得したわけではないのだが。

「それでは、ルートの片一方だけな気がします。特殊なルートだったとしても」

「更に」

と朝比。

「軸丸さんの話を参考に。今回。西耒路署のデータベースで見つからなかったクロコダイルは一方で。軸丸さんの元へ運ばれて解析がなされたという点です」

「そうですね。それで成分が判明したんですから」

と生祈。
言っていて。
そうだ。
劒物大学病院ではデータベースにヒットしたのだ。
少なくともデータとして所有はしていたのだ。
ということになる。

「ええと、西耒路署。西耒路署と劒物大学病院ですよね」

「ええ。ルートとしてはそうなる」

「ルートって……」

と友葉。

「ルート!?」

「ええ。入海がかなめであるとして。西耒路署と劒物大学病院でルートを作ることが出来るとするならば。どうでしょう」

とんでもない方向。
予想だった。

「それは」

と生祈は言った。

「西耒路署の鑑識と。軸丸さんの研究室です」

と朝比は続けた。

「成分分析の協力者として。西耒路署と研究室間にルートが出来る。劒物大学病院の一部として見れば、自然な流れになります。入海がそこを利用することも、彼にとって難しくなければ。出来たのかもしれない。あくまで予想です」

「そんな」

と生祈。

朝比は肯いた。

「入海暁一を刺す動機について。告船さんは鑑識でした。そして入海暁一は劒物大学病院。情況の予想を含めましょう。入海が要のルートへ、告船さんが組み込まれていたとすれば」

朝比は資料を出した。

生祈と友葉は見入った。
思わず、というところ。

出生記録に戻るのだろう。
そして、それは入海に関する記録と。
告船に関する記録。

「堂賀さんのいたいのは」

と生祈。

「告船さんだったからこそ。特殊なルートがあったとしたら。そこへ組み込みやすかったと。告船さんを、入海暁一さんが」

「それが。告船さんが入海を刺す動機になり得てしまうということ? でも」

と友葉は眉をしかめた。

「それじゃ」

「ええ」

「薬物とかクロコダイルの流れの主導権は完全に入海では」

「ええ」

「いえ。伊豆蔵蒼士もその中に入って、薬物を」

既に殺害されていた若頭わかがしら
安紫会。伊豆蔵蒼士。
その替え玉として出ていたのが入海暁一。
ルートの主要で、特殊な部分を作ることが出来たのが。
予想ではあるが。
朝比の云うように、本当に入海だったとすれば?

「薬物ご法度はっとの安紫会が。薬物主導の資金源ルートを持っちゃっていた。それだけでもまずいのに。今の予想だと。なんか……」

と友葉。

「安紫会には仲間割れが多かったとか」

「ええ」

「仲間割れの域を当に」

「ええ」

「情報まで分断されてしまっている」

「でも現に」

と生祈。

「安紫会の洋見なだみさんは。阿麻橘あおきつ組の力江りきえって人を殺したって。ったって」

「ええ。あくまでも自供ということですが」

と朝比。

「表向きは敵対組織としましょう」

「表向き?」

と友葉。

生祈も。

朝比。

「そう。表向きです。安紫会と阿麻橘組。表向きには敵対組織同士として知られています。実際に抗争も起こりましたね。阿麻橘組の薬物に関してという面はさておきましょう。安紫会の場合です。表向きの敵対という関係を利用したとすれば」

「利用って……」

「ええ」

「どんな利用ですか」

「例えば」

友葉は生祈を見た。

生祈。

「隠れ蓑とか」

「隠れ蓑……」

生祈は肯いた。

「つまり。阿麻橘組を利用して、安紫会側は資金源ルートの一部を得やすい状況にした。とか。安紫会は薬物ご法度でも、阿麻橘組はそこのところ曖昧です。私たちの調べの中で、ですが。だから、表向きは阿麻橘組の薬物ルートとして立てる。とか。利用だから、殺人が起きるほどのトラブルがその中でも起こったのかもしれない」

「殺人が起きるほどのトラブル」

と友葉。

「例えば、力江航靖りきえこうせいの例とかでしょうか。それとも、特殊ルート内でのトラブル?」

「刺す動機、とか」

と生祈。

「ええ」

と朝比。

生祈と友葉の視線。
再度資料へ。

「告船灯。ですよね」

と友葉。

確か友葉先輩はあの時に席を外していたはず。
だから、この資料に関するものは何も見ていないはず。
と生祈は思う。

「先日のと同じ資料ですよね?」

と生祈は訊いた。

朝比はかぶりを振る。






更に出す。
出した方。
そっちは先日も見たものだった。
生祈は見比べた。

友葉。

「告船灯さんのは。先日のと違う。けれどこっちは?」

「意図的に伏せていたと言った方が良いでしょう」

「意図的に伏せていたってなんですか」

「ええ。アツに頼みました」

陳ノ内じんのうちさんですよね」

「そう。追加の資料です」

と朝比。

「そして、入海暁一」

生祈は再度見つめた。

「入海暁一と、告船」

「ええ。そして、特殊ルートです」

と朝比。

出生記録と言えるのだろうか?
おもてに出ていなかったということだろう。
それは何故か。

例えば。
誰か身内の人が。
どこかの親分なり若頭をやっているという場合か。
今の場合は入海が替え玉だったということだが。
少なくとも、朝比のった予想では。
入海暁一いりうみあきかず伊豆蔵蒼士いずくらそうじに血縁関係が認められるのでは、ということだった。
予想と言っても資料は存在したのである。

ただ。
身内の人が例えば。
どこかの親分なり若頭わかがしらであったとしても。
あるいはその血縁であったとしても。
それはその人個人の問題である。
だから所属する何かがどうで。それが組関係だったとかで。
その時にどう思うかというのは、それぞれによる。
入海暁一であるなら、劒物大学病院がある程度の対応を取っていたということ?
表に出していない情報もあったということ?

「特殊ルートに」

と生祈。

「組み込みやすかったということですか。入海がもし。特殊ルートを持っていたらという話になりますけれど」

「ええ。そう考えやすいと思いましてね。それで三点目。告船さんは西耒路署の鑑識でもある」

姓は違う。
でも二枚目の方の記録では同じなのだ。
表にこちらは出さず、あとから変えたのか。
それは肉親の希望?
それとも病院側の希望?
あくまでも文字での記録だけなのだ。
そして、生年月日はどう見ても同じだ。
入海も、告船も。

「組み込まれやすいからこそ。それが刺す動機ともなり得ます」

と朝比。

「告船さんご自身はあくまでも。入海との血縁があったから。ルートに組み込まれやすい存在だった。のかもしれない。しかしそこに本人の意思があったかいなかは別です」

「じゃあ」

と友葉。

「告船さんは入海を刺した。ルートを止めさせたかったから? 薬物の?」

予想でしかない。
今のところは。

「刺す動機。それなら。それにしたって」

と友葉。

「告船さんの罪はどうなるんですか」

予想だけだ。
全て朝比の予想。
ただ資料はこうしてあるのである。

予想にはならない部分。
告船の罪が本当だったしたら。
軽いものではないとだろうという判断。
資料から見て、入海と告船は双生児と受け取れた。
今の記録だけを見ればそう取れる。

姓だけを見て想像出来ること。
告船は入海と離れていた時期があったのではないか。
入海は病院にて、薬物に近いところに居た。
そして告船は鑑識で研究に近いところに居た。

クロコダイル。
特殊ルート。
今の段階では。
全ては予想だが。
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