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一章 真紅の王冠(レグルス編)
20.リゲルの推理
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「ありがとうございます。では、お時間いただきますね」
リゲルは恭しく頭を下げる。その場の者たちを観客として意識しているような仰々しい動きだ。
「最近、経理の方からうちの予算が多いってお小言頂いたことがありまして。ちょっと興味があったので、調べていたんです。そうしたら、使途不明な予算が組まれていたり、僅かだけれど金額が合わなかった領収書があったり……その決裁書、全てにちゃんとアクアオーラ卿のサインがあったんですよね」
「それは責任者だからだろ!」
「まあ、そうですね。そう言うと思ってましたよ。普通に考えたら書類の中身を見ずにサインをしたのかなと。それもそれで問題なんですけど。一応、お金の流れとか、お家周りのことを調べさせてもらいました。そしたら、貴方の妹、最近羽振りが良いみたいで……」
リゲルは愉快そうに喉を鳴らして笑った。
「貴方の妹のカロリナ嬢は、着飾って、用もないのに国王陛下の前をちょろちょろしているようなのですが、一体何故でしょう?」
「妹が、何をしているかなんて私は知らないぞ!」
アクアオーラは動揺しているようだった。視線を忙しなく動かしている。
明らかに何かを知っている挙動だ。そんな顔をして知らないなんて言われても、そんな言葉、信じるアホはいるのだろうか。
「アクアオーラ卿は確か、兄と妹、二人だけの兄妹でとても仲が良いはずでは?」
「そう言えば最近、派手な女が……」
「あれはアクアオーラ卿の妹だったな」
「確かに陛下に猛アタックしているところを見たことが……」
「俺も見たぞ」
どうやら、アクアオーラの妹が国王に迫っていることは王宮の中では有名な話らしい。複数人から声が上がる。
「知らないと言ったら知らないんだよ!」
「じゃあ、陛下の周りで誘惑紛いなことをしていることはご存知ないということでいいです。では、妹君がご自身で、新しい側室に選ばれたと言っていたという話は?」
「知らないって言っているだろう!」
口ではそう言うものの、やはりアクアオーラは動揺している。
実は俺も、リゲルの言っていることに心当たりがあった。ご令嬢たちがしていた話の中で、「陛下が新しい側室を迎えた」という話があったはずだ。
あれを流していたのがアクアオーラの妹だと言うのか。その話をしていたご令嬢の顔を思い出そうとするが、なかなか出てこない。
なるほど。王宮や社交界では誰がどんな噂をしていたかも重要になるようだ。そう納得してからはっとする。
もしかして、リゲルがレグルスから離れて自分の妹に近付いていったのは、誰がどんな噂をしているか把握するためだったのか。
どうやらリゲルの有能さは剣術だけに留まらないようだ。
絶対にリゲルを怒らせないようにしよう。俺は密かに誓う。怒らせたら最後、色々な意味でボコボコにされるのは間違いない。
「俺にも妹がいるんですがね、異性の兄妹というのは可愛いですよね。守ってあげたいし、我儘もならべく聞いてあげたいと思います。でもね、妹が道を踏み外そうとしていたら止めるのが兄だと思いませんか?」
そうだ。リゲルの意見に俺も賛成だった。
妹は確かに可愛い。我儘だって可愛いもんだ。聞いてやれるもんなら全部聞いてやるさ。しかし、間違っていたら諌めてやるのも兄の役目だ。
それに、人を傷つけてまでして叶えたい我儘なんて悲しいじゃないか。
妹には俺以外のたくさんの人にも愛される人でいて欲しいと俺は思う。特に、こんなふうに離れ離れになってしまったから、その気持ちは強くなった。
確かに妹を守るのは俺だとずっと思ってきた。俺以外がその役目を負うのはちょっとどころじゃなく許せない。
でも、俺が死んだらどうなる。もしも、俺が守れなくなっても、誰かが愛していてくれれば妹を守ってくれる。
そうしたら、俺は安心だ。愛されることに越したことはないのだ。
嗚呼、俺の妹も大丈夫なんだろうか。ほんの一瞬だけでいい。妹に会いたい。
俺の胸はぎゅっと苦しくなった。
「道を踏み外す? 違う! カロリナは純粋に陛下を愛していて、それで妃になりたいと……」
アクアオーラはまた口を押さえた。
このおっさん。アホだろ。何度同じ手に引っかかるんだよ。
ほんの少し、同じ兄として同情しかけた部分もあったが、このおっさんにはほとほと呆れた。
「それで貴方が横領したお金で妹を美しく着飾らせて、その妹は陛下に誘惑を? 随分と妹思いなようで。嗚呼、なるほど! それでですね。貴方は妹君のために側室よりは正室をと思ったのでしょう。デネボラ様を王子誘拐の黒幕に仕立て上げるつもりでこんな計画を立てたのですね」
まるで遊んでもいい玩具を見つけたような顔で、楽しそうにリゲルは手を叩く。
「それは……」
アクアオーラは真っ青になりながらもごもごを口を動かす。
「貴方は王子の護衛責任者です。まず、王子を誘拐する隙を作り、ごろつきとデネボラ様を使い、王子を誘拐します。隙を作るなんて造作もないことですものね。そして、貴方は必死に探すふりをする。そして、暫くしてからこっそりと城を抜け出し、雇ったごろつきから王子を引渡してもらいに行くのです。勿論、ごろつきは色々知っていて邪魔なので殺します。そして、王子にはさも自分が救ったように見せかけると」
「それは……その……」
先程の暴れっぷりはどこへやら。
リゲルの推理はどうやら図星だったようでアクアオーラは覇気のない声を出す。
「デネボラ様を使った理由は、そのときにデネボラ様が王子を誘拐して殺そうとしていたなどと吹き込むつもりだったのかもしれませんね。あとは王宮に戻ってから、デネボラ様が怪しいと言えば、デネボラ様は王子の命を狙った者として何らかの罪に問えますし。デネボラ様が何を言っても、貴方は王子を助けた功労者。どちらの言うことを皆は信じるか……そして、正室の座は空くわけです」
誤算だったのは俺――アルキオーネも一緒に誘拐してしまったこと。そして、俺がごろつきを手懐けてしまったことだろう。
もしかしたら、俺も一緒に誘拐されていなければ、或いは俺がデネボラ黒幕説を疑わなければ、ゲームの設定通り、アクアオーラの計画通りにデネボラは処刑されていたのだろう。そうなっていれば、レグルスのクソ王子化は待ったなしだったわけか。
いや、今後次第ではいくらでもクソ王子になる可能性は充分ある。
でも、こいつにはこの俺がいる。おそらく、俺という存在はイレギュラーな存在だ。もしも、クソ王子になったら、その横っ面叩いて、性根を直してやるのもよいかもしれない。
「王子を救った功労者として評価されれば、上手く貴方の妹を空いた正室の座にと進言することもできる可能性もある。貴方は権力を、貴方の妹は欲しい地位を手に入れることが出来る。本当、つまらないことを考えますね」
リゲルは笑いながら、手を挙げた。
その合図を待っていたようだ。ランブロスたちは頷きながら、アクアオーラにじりじりと近づく。
アクアオーラをここで捕まえてやれば終わりだ。
「妹の願いをつまらないなんて言うな!」
アクアオーラはそう叫ぶとナイフを取り出した。
コイツ、何本ナイフを持っているんだよ。全身凶器男か。
俺とレグルス王子は数歩、後ずさりした。
「何を言ってるんですか? つまらないのは貴方の頭の中だといってるんです。自分の名誉欲を満たし、諌めるわけでもなく妹の我儘を願いと履き違え、叶えようなどと浅ましい!」
ナイフを持つアクアオーラにリゲルはカッとなったように叫んだ。
「な、なんだと、俺が浅ましいなどと……!」
「騎士の持つ力は全てお仕えする方のためにあるのです。そんなことのためにつかうものではありません。貴方は騎士ではありません! 貴方が蔑んだアントニス殿の方がよほど仕える者の心を持っています!」
リゲルの言葉にアントニスは照れたように頭を掻いた。パラパラとフケが飛んだのは見なかったことにしてやろう。
あと、こいつがこちら側に転んだのは、俺の説得があってのことなのだが、この際、騎士道精神ということにしておいてもいい。感謝しろ。
「わたし、わたしがあああああ、騎士、騎士ではないとおおおおおおおお!」
リゲルの言葉にアクアオーラは激昂し、叫び声をあげた。
周囲はざわめき、空気が一気に張り詰めた。兵士たちは剣を構え、アクアオーラを睨みつける。
リゲルは恭しく頭を下げる。その場の者たちを観客として意識しているような仰々しい動きだ。
「最近、経理の方からうちの予算が多いってお小言頂いたことがありまして。ちょっと興味があったので、調べていたんです。そうしたら、使途不明な予算が組まれていたり、僅かだけれど金額が合わなかった領収書があったり……その決裁書、全てにちゃんとアクアオーラ卿のサインがあったんですよね」
「それは責任者だからだろ!」
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「妹が、何をしているかなんて私は知らないぞ!」
アクアオーラは動揺しているようだった。視線を忙しなく動かしている。
明らかに何かを知っている挙動だ。そんな顔をして知らないなんて言われても、そんな言葉、信じるアホはいるのだろうか。
「アクアオーラ卿は確か、兄と妹、二人だけの兄妹でとても仲が良いはずでは?」
「そう言えば最近、派手な女が……」
「あれはアクアオーラ卿の妹だったな」
「確かに陛下に猛アタックしているところを見たことが……」
「俺も見たぞ」
どうやら、アクアオーラの妹が国王に迫っていることは王宮の中では有名な話らしい。複数人から声が上がる。
「知らないと言ったら知らないんだよ!」
「じゃあ、陛下の周りで誘惑紛いなことをしていることはご存知ないということでいいです。では、妹君がご自身で、新しい側室に選ばれたと言っていたという話は?」
「知らないって言っているだろう!」
口ではそう言うものの、やはりアクアオーラは動揺している。
実は俺も、リゲルの言っていることに心当たりがあった。ご令嬢たちがしていた話の中で、「陛下が新しい側室を迎えた」という話があったはずだ。
あれを流していたのがアクアオーラの妹だと言うのか。その話をしていたご令嬢の顔を思い出そうとするが、なかなか出てこない。
なるほど。王宮や社交界では誰がどんな噂をしていたかも重要になるようだ。そう納得してからはっとする。
もしかして、リゲルがレグルスから離れて自分の妹に近付いていったのは、誰がどんな噂をしているか把握するためだったのか。
どうやらリゲルの有能さは剣術だけに留まらないようだ。
絶対にリゲルを怒らせないようにしよう。俺は密かに誓う。怒らせたら最後、色々な意味でボコボコにされるのは間違いない。
「俺にも妹がいるんですがね、異性の兄妹というのは可愛いですよね。守ってあげたいし、我儘もならべく聞いてあげたいと思います。でもね、妹が道を踏み外そうとしていたら止めるのが兄だと思いませんか?」
そうだ。リゲルの意見に俺も賛成だった。
妹は確かに可愛い。我儘だって可愛いもんだ。聞いてやれるもんなら全部聞いてやるさ。しかし、間違っていたら諌めてやるのも兄の役目だ。
それに、人を傷つけてまでして叶えたい我儘なんて悲しいじゃないか。
妹には俺以外のたくさんの人にも愛される人でいて欲しいと俺は思う。特に、こんなふうに離れ離れになってしまったから、その気持ちは強くなった。
確かに妹を守るのは俺だとずっと思ってきた。俺以外がその役目を負うのはちょっとどころじゃなく許せない。
でも、俺が死んだらどうなる。もしも、俺が守れなくなっても、誰かが愛していてくれれば妹を守ってくれる。
そうしたら、俺は安心だ。愛されることに越したことはないのだ。
嗚呼、俺の妹も大丈夫なんだろうか。ほんの一瞬だけでいい。妹に会いたい。
俺の胸はぎゅっと苦しくなった。
「道を踏み外す? 違う! カロリナは純粋に陛下を愛していて、それで妃になりたいと……」
アクアオーラはまた口を押さえた。
このおっさん。アホだろ。何度同じ手に引っかかるんだよ。
ほんの少し、同じ兄として同情しかけた部分もあったが、このおっさんにはほとほと呆れた。
「それで貴方が横領したお金で妹を美しく着飾らせて、その妹は陛下に誘惑を? 随分と妹思いなようで。嗚呼、なるほど! それでですね。貴方は妹君のために側室よりは正室をと思ったのでしょう。デネボラ様を王子誘拐の黒幕に仕立て上げるつもりでこんな計画を立てたのですね」
まるで遊んでもいい玩具を見つけたような顔で、楽しそうにリゲルは手を叩く。
「それは……」
アクアオーラは真っ青になりながらもごもごを口を動かす。
「貴方は王子の護衛責任者です。まず、王子を誘拐する隙を作り、ごろつきとデネボラ様を使い、王子を誘拐します。隙を作るなんて造作もないことですものね。そして、貴方は必死に探すふりをする。そして、暫くしてからこっそりと城を抜け出し、雇ったごろつきから王子を引渡してもらいに行くのです。勿論、ごろつきは色々知っていて邪魔なので殺します。そして、王子にはさも自分が救ったように見せかけると」
「それは……その……」
先程の暴れっぷりはどこへやら。
リゲルの推理はどうやら図星だったようでアクアオーラは覇気のない声を出す。
「デネボラ様を使った理由は、そのときにデネボラ様が王子を誘拐して殺そうとしていたなどと吹き込むつもりだったのかもしれませんね。あとは王宮に戻ってから、デネボラ様が怪しいと言えば、デネボラ様は王子の命を狙った者として何らかの罪に問えますし。デネボラ様が何を言っても、貴方は王子を助けた功労者。どちらの言うことを皆は信じるか……そして、正室の座は空くわけです」
誤算だったのは俺――アルキオーネも一緒に誘拐してしまったこと。そして、俺がごろつきを手懐けてしまったことだろう。
もしかしたら、俺も一緒に誘拐されていなければ、或いは俺がデネボラ黒幕説を疑わなければ、ゲームの設定通り、アクアオーラの計画通りにデネボラは処刑されていたのだろう。そうなっていれば、レグルスのクソ王子化は待ったなしだったわけか。
いや、今後次第ではいくらでもクソ王子になる可能性は充分ある。
でも、こいつにはこの俺がいる。おそらく、俺という存在はイレギュラーな存在だ。もしも、クソ王子になったら、その横っ面叩いて、性根を直してやるのもよいかもしれない。
「王子を救った功労者として評価されれば、上手く貴方の妹を空いた正室の座にと進言することもできる可能性もある。貴方は権力を、貴方の妹は欲しい地位を手に入れることが出来る。本当、つまらないことを考えますね」
リゲルは笑いながら、手を挙げた。
その合図を待っていたようだ。ランブロスたちは頷きながら、アクアオーラにじりじりと近づく。
アクアオーラをここで捕まえてやれば終わりだ。
「妹の願いをつまらないなんて言うな!」
アクアオーラはそう叫ぶとナイフを取り出した。
コイツ、何本ナイフを持っているんだよ。全身凶器男か。
俺とレグルス王子は数歩、後ずさりした。
「何を言ってるんですか? つまらないのは貴方の頭の中だといってるんです。自分の名誉欲を満たし、諌めるわけでもなく妹の我儘を願いと履き違え、叶えようなどと浅ましい!」
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「な、なんだと、俺が浅ましいなどと……!」
「騎士の持つ力は全てお仕えする方のためにあるのです。そんなことのためにつかうものではありません。貴方は騎士ではありません! 貴方が蔑んだアントニス殿の方がよほど仕える者の心を持っています!」
リゲルの言葉にアントニスは照れたように頭を掻いた。パラパラとフケが飛んだのは見なかったことにしてやろう。
あと、こいつがこちら側に転んだのは、俺の説得があってのことなのだが、この際、騎士道精神ということにしておいてもいい。感謝しろ。
「わたし、わたしがあああああ、騎士、騎士ではないとおおおおおおおお!」
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