転生するならチートにしてくれ!─残念なシスコン兄貴は乙女ゲームの世界に転生しました─

シシカイ

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一章 真紅の王冠(レグルス編)

21.御令嬢は中二病

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 レグルスは驚いたような顔をして突っ立っている。

 すぐさま、俺はレグルスに駆け寄り、レグルスを庇うように前に立った。この状況で真っ先に狙われるのはレグルスのはずだ。

「アーエール、衣のように幾重にも重なれ!」

 俺は空気の層が幾重にも重なり、厚く硬い層を作るところを想像しながら叫んだ。傘代わりに雨を凌ぐ魔法を発動させる。
 試したことはないが、空気の密度を高めているので、ナイフの軌道を反らすくらい出来るかもしれない。

 ゆっくりとアクアオーラが近づいてくるのが見えた。
 アドレナリンが分泌されると、周りの動きがスローモーションのように見えるようになると聞いたことがあるが、どうやらそれは本当のことらしい。
 とはいえ、見えていてもアルキオーネの運動神経じゃ、アクアオーラのナイフを捌くことは無理そうだ。

 お腹は危なそうだから刺さるなら手か足だな。でも、一生動かなくなったらどうしよう。傷になっても、ちょっと嫌だな。
 俺は恐怖に震えながら、アクアオーラを迎え撃つつもりでいた。

 スローモーションは突如終わった。

 横から誰かが俺とレグルスを庇うように突き飛ばしたのだ。俺の体は容易く、地面に倒れ込んだ。

「テンペタース、吹き飛ばしなさい!」
 その誰かは叫ぶ。女性の声だ。

 嵐のような風が吹き、髪が頬を打つ。視界は自分の髪で覆われ、何も見えなくなる。一体、何が起きたのだろう。
 慌てて俺が髪をかき上げる。

 目の前にいたはずのアクアオーラは遙か後方に飛ばされ、木にぶつかって延びていた。

「母上!」

 はっとしてレグルスと俺がいたはずの場所に目をやると、赤いドレスを着た女性が地面に崩れ落ちていくのが見えた。デネボラだ。

「母上!」
 もう一度、レグルスは叫ぶと、崩れ落ちたデネボラに駆け寄る。

「なんでここに……」

 アクアオーラを罠に嵌めることはデネボラには伝えていなかったはずだ。それなのになんで。

 テオに抱き起こされたデネボラは青白い顔をしていた。

「デネボラ……だから黙っていたのに。どうして、跡を付けてきたんだ」
「なんのことかしら?」
 荒く息を吐きながらデネボラは微笑む。

 そうか。俺たちはデネボラに直接聞いたり、テオを呼び出したりした。だから、デネボラも色々と察して俺たちの跡を付けてきたのだろう。迂闊だった。

「レグルスは?」
「わたしは平気です。でも、母上が……」
「そう。貴方に何もなくて本当に良かった」
 デネボラは呑気そうにレグルスに向かってそう言った。

「話さないで、血が……」

 デネボラの呪文は少し遅かったようだ。デネボラのお腹にはナイフが刺さっている。
 辺りは暗い上に赤いドレスを着ているせいで、正確な出血量は出血が分からないが、どうやら出血もしているようだ。テオの手とデネボラの手は真っ赤に染まっていた。
 いやいや、呑気そうに話してるけど、重症じゃねえか。

 俺の顔から血の気が引いていくのが分かった。

「誰か、布を! なんでもいいから! 早く!」
 俺は叫んだ。

 リゲルやランブロス、騎士たちは自分の来ている服を脱いで渡す。
 この際贅沢は言っていられない。俺は綺麗そうなものを選んで、ナイフを固定する。

「ナイフ……抜かないと!」
 レグルスは俺の応急処置を見て、パニック状態で叫ぶ。

「馬鹿! 触るな!」
 俺は叫んだ。

 ご令嬢が叫んだことが珍しいのか、周囲の者は目を丸くする。

 やばい。素になって叫んでいた。

「すみません。でも、レグルス様、これは抜いてはいけません。
 ナイフが栓になっているので、抜くと大量に出血する可能があるんです」
 俺は慌てて取り繕うように言う。

 レグルスは真っ青な顔をしてこくこくと頷く。完全にビビらせてしまったようだ。まあ、いい。ここでナイフを抜かれるより、俺にビビってくれて静かにしてもらった方が楽だ。

「あとはお医者様に……」

 俺の言葉にはっとしたかのようにランブロスが真っ先に動く。

「そうですね。オブシディアン伯爵令嬢、ありがとうございます。あとは私たちが運びますので下がっていただけますか?」
 そう言ってからランブロスは指示を出す。
 騎士たちは慣れた手付きでテキパキと自分たちの衣類で担架を作り、デネボラを乗せると、ゆっくりと運び出す。

 テオとレグルスが不安そうにデネボラの横についてそれを見守る。
  
 俺もそれについていこうとしたのだが、上手く立ち上がれない。緊張の糸が切れたのか、急に足に力が入らなくなって動けなくなっているようだ。仕方がないので、地面にお尻を付いたまま、レグルスたちの様子を見ていた。

「アルキオーネ様、大丈夫ですか?」
 リゲルが近づいてきてそっと手を差し伸べる。

「ありがとうございます」
 俺はリゲルの手を取って立ち上がる。
 あれ? 立ち上がったつもりが、すぐに座り込んでしまう。やっぱりダメか。

「そうしていると、普通のご令嬢みたいですね」
「え?」
「いえ。もう少し手を貸してあげましょう」
 リゲルはそう言うと、俺をひょいとお姫様抱っこした。

 嗚呼、俺が正真正銘中身まで女の子だったら恋に落ちるシチュエーションなんだろうが、残念だったな。俺は男だからトキメキなど感じない。寧ろ、中身が男の俺をお姫様抱っこしているリゲルに同情すら感じる。

「えっと、恐れ入ります」

 傍目から見たらためらいがちに言う美少女なんだけど、中身は十九プラス十二歳。つまり、三十一歳。おっさんに片足突っ込んでるわけ。これを同情しなくて、何を同情すればよいのかわからないレベルで同情する。

「しかし、ナイフを刺されたときの処置なんてよくご存知でしたね。俺なんて咄嗟に動けませんでしたよ」
 リゲルは感心するように言う。

 そうだよな。可愛くて穏やかそうなご令嬢が王子を怒鳴ったり、処置しようとしたり、普通はそんなことしないもんな。

「え、ええ、前に本で読んだことがあったので……」

 前世で中二病のとき、街中で刺されたらどうしようとか考えていて調べたんだよ。こんなときに役立つなんて中二病も悪くない。

「そんな本があるのですね。後学のために教えていただけませんか?」
 リゲルはキラキラとした目を俺に向ける。

「えっと……随分と前に読んだので題名までは覚えておりません。申し訳ございません」

 当たり前だ。異世界の本ですなんて言えるかよ。俺は冷や汗をかきながら愛想笑いを浮かべた。

「そうですか……残念ですが、仕方ないですね」

 そのまま、俺たちは沈黙した。コイツと何を話せばいいんだ。沈黙がツラい。

「あの……わたくしが提案したことでとんでもないことに。本当に申し訳ございません」
 俺は沈黙に耐えられず、そう呟いた。

 こんなことになるなら真犯人を罠に嵌めようなんて言わなきゃよかった。

「いえ、俺たちも決定的な証拠が欲しかったばかりに賛成してしまいましたから。どうか、気に病まずにいてください」
「でも……」
「寧ろ、アルキオーネ様のおかげで黒幕を捕まえることができました。この事態は咄嗟に動けなかった俺たちの責任です」
 リゲルは首を振る。

 俺がしたことは、アントニスの代わりに手紙を送ってアクアオーラを呼び出したことくらいだ。逆に助けたかったデネボラに大きな傷を負わせてしまったことに俺はショックを受けていた。

「そうですか……恐れ入ります。でも、これでアントニス殿たちと王妃殿下の罪は軽くなるんですよね?」

 もしも、こんなことをしでかしたのに「皆処刑です」なんてなったら、俺は耐えられない。
 少しでも罪が軽くなることを俺は祈った。

「ええ、アントニス殿たちについては元から協力者と言っておけばお咎めもないでしょう。王妃とその弟君に関しては前王妃殿下のこともあるので、国王陛下と王子次第ですかね。まあ、脅されていたことや当時の精神状態を考えれば情状酌量の余地があるかと……」

 リゲルの言葉に俺はほっと胸を撫で下ろす。

「しかし、黒幕であるアクアオーラは勿論、裁かれる者は他にも出るでしょうね」
 リゲルは首を振った。

 俺は兵士に連れられているアクアオーラをちらりと見た。
 非望に駆られ、誰かを陥れようとした者の末路に俺は身を震わせた。

「どうしました?」
「いえ……少々寒気が……」
「嗚呼、アルキオーネ様はお体が弱いんでしたね。お屋敷まで送るよう手配しますよ」
 リゲルは爽やかな笑顔で答える。

 武芸の達人で、そこそこ頭も良くて、気遣いも出来るなんてどんだけいい男なんだよ、リゲル。
 そして、本当にごめん。中身が男で。

 俺は心の底からリゲルに謝りながら、運ばれていくのだった。
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