稀代の悪女が誘拐された

伊賀海栗

文字の大きさ
13 / 15

第13話 帰還しましたがやっぱり我が家が一番ね?

しおりを挟む

「なにを言ってるの。痛みは?」

「もう大丈夫だよ。我が帝国きっての治癒士が治してくれたんだからね」

 そう言ってジルドは身体を起こしました。ああ、本当に大丈夫そうです。良かった……! って安堵したらわたくしの腰が抜けてしまいました。その場にへたり込んでジルドを見上げます。

「立てなくなっちゃったわ……」

「あはは! 本当にどこまでも可愛いひとだな。ほら、俺の首に手をまわして、そう」

 屈んだジルドの首に手をまわすと、彼はわたくしの背と足とを支えて横抱きにしながら立ち上がりました。思ったより力持ちだったんですね。
 わたくしを抱えあげたジルドはホールの中を見回して小さく頷きました。

「簡単にぼろを出してくれたから一掃できてよかった。ピエリナのおかげだね」

「そうなの?」

「そうさ。王国領であるオルランドの硝石が出荷されていることや、会計を誤魔化していることはわかっても実際に儲けてる奴が誰かまでは……少なくとも証拠はなかったからね」

 そう話す間にも、視察団の皆さんがそれぞれに転移魔法を用いて帝国の兵士を呼び出しています。兵士は規律のとれた動きで拘束された者を移動させたり、新たにやって来た衛兵を無力化したり。
 城全体が制圧されるのも時間の問題でしょうね。……あら? 城が制圧されるということはもしかして。

「ねぇジルド。もしかして、結界は解除しなくても大丈夫になった……?」

 そもそも結界を外すのは魔物の対応に追われることで抵抗力を削ぎ、制圧を簡単にするためのものでした。もちろん、制裁を加えているぞという他国へのアピールの意味もありますけれど。

 ただそれは罪を隠蔽しようとするであろうという前提があってこその計画。王家の解体という最終目標を実現するための武器のひとつに過ぎません。ですから目標が達成されたのなら、もう必要のない手段なのです。

 ジルドは苦笑しつつ首肯しました。

「ほんっとに王族より民の心配してるんだもんなぁ。そこらの聖女より聖女っぽ――あっ!」

「どうしたの?」

「ピエリナ、いま治癒魔法使ったよね?」

「え、ええ。そうね」

 確かに使いました。だってジルドが死んでしまうところだったのよ?
 するとジルドは跳ねるようにわたくしを抱いたまま「ひゃっほう!」とその場でくるっと一回転しました。えっ、なに?

「結婚しよう、ピエリナ!」

「はっ?」

「だって外で治癒魔法を使っちゃっただろ。教会の奴らは目ざといからね、すぐに嗅ぎつけてくるよ」

 言いながら、ジルドは器用に転移魔法を発動させました。真っ白できらきらと輝く球が目の前に浮かび上がります。

 いまいち納得がいきませんが、でも確かにそういう話だったように思います。確か治癒魔法を使うなら俗世を捨てるか結婚するかの二択、でしたっけ。ええとだから、教会に縛り付けられたくなければ結婚しなければならない……ってことよね? え、そうなの?

「お嬢様!」

「あ、ダーチャ」

 ダーチャはホールの隅のほうからこちらへと駆けて来ました。彼女のことだから邪魔にならない場所で小さくなっていたのだと思います。わたくしを置いて逃げることはしないでしょうし。

「帝国へ……お帰りですか?」

「ええ、そうみたい。諸事情により早く帰らないといけない? みたいで」

 そんなに急ぐ必要があるのかは甚だ疑問ですけれどね!

「わたしも連れて行ってください! 帝国の市民権なんていりません、ただ、ただお嬢様のお側でこれからもお世話をさせていただきたいのです!」

 深く腰を折って頭を下げるダーチャに、わたくしはなんて言ってあげたらいいのかわかりません。だってわたくしも昨日になってやっと市民権を得たばかりで、自分の家さえ持っていないのです。ダーチャを連れて行ったところで、わたくしには彼女を幸せにしてあげることなんて。

「ダーチャ……」

「ピエリナ、俺を忘れてもらっちゃ困るよ」

「えっ?」

 深い思考に沈みかけたわたくしを現実に引き上げたのはジルドでした。ラベンダー色の瞳が優しく、けれども物言いたげにわたくしを見つめています。

 ――俺は君の願いならなんだって叶えてみせる。どんなに馬鹿げたことも、どんなに困難なこともだ。

 そうね、確かにそうおっしゃってた。

「ジルド」

「ん」

「わたくし、ダーチャを連れて行きたいわ。もし本人が望むなら家族も」

「ああ。もちろんだよ、よく言えたね」

 ジルドがダーチャについてくるよう言って、あらためて転移の光球へと足を踏み入れました。その際、わたくしたちの耳に男女の口喧嘩が聞こえて来たのです。

「あんたなんかと婚約したからこんなことになったのよ!」

「それは俺のセリフだ! 男に媚びることしか能のないつまらない女が」

 とんでもない罵り合いですね。あれで婚約しているというのだから不思議なものです。目が合ったジルドは小さく息をついて「お似合いだ」と言いました。ええ、わたくしもそう思います。

 二人の口論はまだ続いていたようですが、帝国へ戻ったわたくしたちは王国との境になっている光球を消してしまったので喧嘩の行く末はわかりません。

「ここは一体……」

 きょろきょろするダーチャの姿はきっと半年前のわたくしそっくりでしょうね。窓へふらふらっと近づいた彼女はふわふわの雲を見ながら首を傾げています。わたくしとジルドも彼女のそばへ。

「雲よ」

「くもって、空にぷっかり浮かんでいる雲だとおっしゃってます?」

「ええ」

「この部屋は空を飛んでいるのですか!」

 そう叫んだ彼女の足元をカワウソがくるくると身体をこすり付けるようにして回っています。ダーチャがしゃがんで撫でてやるとカワウソはおへそを天に向けるように転げました。

「わっ、えっ、この、えっ……可愛い」

「きゅるるる!」

「湯浴みの準備が整ったと言ってるわ。さっさと汚れを落として、ゆっくりしましょう?」

「えっと、まさかとは思いますがこの動物が湯浴みの準備を?」

「そのまさかね」

 目をつぶり指先でこめかみを揉んだダーチャは、洗練された魔法にどうにかついて行こうとしているみたい。

「つまり、わたしの仕事をこの動物がとったと!」

「あ、そっち?」

 お身体をお流しするのはわたしの仕事ですからね! と息巻いて、ダーチャはわたくしの手をとりました。が、数歩進んだところで立ち止まってカワウソを振り返ります。

「先輩、お風呂までご案内いただいても?」

「きゅー!」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

婚約破棄されたので辺境伯令嬢は自由に生きます~冷酷公爵の過保護が過ぎて困ります!~

sika
恋愛
「君のような女と婚約していたなど、恥だ!」 公爵嫡男に突然婚約を破棄された辺境伯令嬢リーゼは、すべてを捨てて故郷の領地へ戻る決意をした。 誰にも期待せず、ひっそりと生きようとするリーゼの前に現れたのは、冷酷と噂される隣国の公爵・アルヴィン。 彼はなぜかリーゼにだけ穏やかで優しく、彼女を守ることに執着していて――。 「君はもう誰にも踏みにじられない。俺が保証しよう」 呪いのような過去を断ち切り、真実の愛を掴むざまぁ×溺愛ラブストーリー!

白い結婚のはずでしたが、冷血辺境伯の溺愛は想定外です

鍛高譚
恋愛
――私の結婚は、愛も干渉もない『白い結婚』のはずでした。 侯爵令嬢クレスタは王太子アレクシオンから一方的に婚約破棄を告げられ、冷徹と名高い辺境伯ジークフリートと政略結婚をすることに。 しかしその結婚には、『互いに干渉しない』『身体の関係を持たない』という特別な契約があった。 形だけの夫婦を続けながらも、ジークフリートの優しさや温もりに触れるうち、クレスタの傷ついた心は少しずつ癒されていく。 一方で、クレスタを捨てた王太子と平民の少女ミーナは『真実の愛』を声高に叫ぶが、次第にその実態が暴かれ、彼らの運命は思わぬ方向へと転落していく。 やがて訪れるざまぁな展開の先にあるのは、真実の愛によって結ばれる二人の未来――。

悪魔が泣いて逃げ出すほど不幸な私ですが、孤独な公爵様の花嫁になりました

ぜんだ 夕里
恋愛
「伴侶の記憶を食べる悪魔」に取り憑かれた公爵の元に嫁いできた男爵令嬢ビータ。婚約者は皆、記憶を奪われ逃げ出すという噂だが、彼女は平然としていた。なぜなら悪魔が彼女の記憶を食べようとした途端「まずい!ドブの味がする!」と逃げ出したから。 壮絶な過去を持つ令嬢と孤独な公爵の、少し変わった結婚生活が始まる。

『皇族を名乗った伯爵家は、帝国に処理されました』 ―天然メイドは、今日も失敗する―

ふわふわ
恋愛
婚約破棄を経て、静かに屋敷を去った令嬢。 その後に残された伯爵家は、焦燥と虚勢を抱えたまま立て直しを図ろうとする。 だが、思惑はことごとく空回りする。 社交界での小さな失態。 資金繰りの綻び。 信用の揺らぎ。 そして、屋敷の中で起こる“ちょっとした”騒動の数々。 決して大事件ではない。 けれど積み重なれば、笑えない。 一方、帝国では新たな時代が静かに始まろうとしている。 血筋とは何か。 名乗るとは何か。 国家が守るものとは何か。 これは、派手な復讐劇ではない。 怒号も陰謀もない。 ただ―― 立場を取り違えた家が、ゆっくりと現実に追いつかれていく物語。 そして今日も、屋敷では誰かが小さな失敗をする。 世界は静かに、しかし確実に動いている。

処理中です...