12 / 15
第12話 魔道具って便利ですね
しおりを挟む「王国にもいくらか通信用の魔道具を貸与しているはずですが、帝国にはもっと便利なものがあるんです」
そう言って彼が取り出したのは手のひらに乗るほどの小さな箱でした。その箱から人の声がします。会場中の誰もが耳を澄ませ、その声に聞き入りました。
『なんで帝国の市民権を得ているんだ」
これは、先ほどわたくしとダーチャが庭の隅で聞いてしまった密談ですね……。って、まさかわたくしに贈ってくれた翡翠の指輪!
ジルドはわたくしに片目をぱちりとつぶって見せました。んもう!
『わざわざマフィアを雇って待機させていたのに』
マフィアという単語に一瞬ざわめき、そしてまた一部を除く誰もが耳を澄ませようとします。けれど本人たちは慌てて阻止しようとするのです。当たり前ですけれど。
「おい! な、なんだねそれは!」
最初に声を荒げたのはパルマ伯爵でした。せっかく、お父様ひとりを悪者にして自分たちは逃げようとしていたところですものね。自分の声が入っているのを聞かれたら困ってしまうんだわ。
けれど、すでにお声が響いてしまった陛下はもうその音声を制止しようとはしませんでした。
「衛兵! おかしな術を使ってありもしない会話を捏造するこの者らを捕らえよ!」
なかったことにしようとしていますね。なるほど、さすが長く生きているだけあるというか、考え方が柔軟です。帝国からの代表を捕らえた後のことまでちゃんと考えているのかはわかりませんが、最悪の場合には時間だけ稼いで逃げるという手もありますものね。
陛下の声に従い、多くの兵がわたくしたちを取り囲みました。会場は騒然とし、逃げる者や事態を最後まで見届けようとする者など様々です。
「あた、あたしは何も知らないの、本当よ、ジルドさま!」
そう叫ぶクラリッサ嬢の声にかぶせるように、小さな箱からお父様と陛下の声が。
『そのクラリッサは帝国の代表に色目を使っておったぞ。存外似合いの夫婦ではないかね』
『マナーひとつとっても不格好だからな、さすがのバカ息子も愛想を尽かしたか』
ここまで静観していたベルトルド殿下がついに大きな声を出しました。
「なんなんだ、これは。なんなんだよ、これは!」
「ね? 立場というものは責任の上にあるでしょう。民を思い、国を思って行動する素晴らしい公爵令嬢を自分たちの手で追い出しながら、後からその美しさや聡明さを恋しがっても遅いのです」
衛兵に囲まれながらも平然とするジルドがそう言って「あはは」と笑いました。その声にはどことなく侮蔑の色が含まれていて。ベルトルド殿下は自身のジャケットの内側に手を入れました。
「うわあああああああ!」
彼が絶叫とともにジャケットから取り出したのは火薬式銃器です。王太子妃になるため禁制品のお勉強などもしておりましたから間違いありません。これでベルトルド殿下もまた本件に無関係ではないということがわかりましたね。一度は将来を約束した相手ですから少々残念です。
彼の構えた銃口は、わたくしとジルドとの間でゆらゆらと迷っているようでした。その光景はなんだか現実味がなくて、だけど指先が妙に冷たくて。次の刹那、ジルドがわたくしの目の前に立つべく一歩踏み出し、またベルトルド殿下は再び大きく叫んで引き金を引いたのです。
パンと発砲音が鳴った瞬間、我々を見守っていた貴族たちが一斉に逃げ出しました。
お腹を押さえながら前のめりになるジルド。え、嘘でしょう、本当に撃たれたの? 待って、そんな、嘘でしょ。
「ジルド!」
慌てて伸ばした手は届かないままジルドは膝をつき、そして倒れました。「違う、俺は悪くない」と呟くベルトルドに「うるさい!」と叫んでジルドの元へ。
力を振り絞って仰向けに転がった彼は天井の薔薇を指さします。
「待って、動かないで。いま治すから!」
わたくしの言葉など聞こえていないのか、彼は指先を小さく動かしました。と、天井に咲く薔薇たちは真っ赤な網に姿を変えて落下したのです。
「うわっ! なんだこれは!」
突然落ちて来た網に身体を拘束されたのは、国王陛下、お父様、並びにパルマ伯爵の主犯三名でした。
もがけばもがくほど網が絡まって動きが制限されていきます。
こんなにも淀みなく変化する物質創造なんて、わたくしにはまだまだできそうにありません。さすがと言うほかないですね……。
と同時に、壁の方へと移動して息を殺していた視察団の皆さんも、縄やら鎖やらというそれぞれの術式を用いて衛兵たちを拘束していきました。
クラリッサ嬢とベルトルド殿下もまた、彼らによって拘束されたようです。
「こ、こんなことをしてただでは済まんぞ!」
そう叫んだのが誰なのか、わたくしにはわかりませんでした。でもわからなくていい。
「お黙りなさい、この馬鹿者どもが! 国を、民をなんだと思っていらっしゃるの、恥を知りなさい!」
ベルトルド殿下との婚約が決まってから十数年分、積もりに積もったわたくしのストレスをやっと吐き出せました。
が、もはやそんなことはどうでもいい。あのような人たちのことなんて本当にもうどうでもいいの。
「ジルド大丈夫? どこを撃たれたの?」
彼が押さえているのはお腹の左上のあたり。お顔は酷く真っ青で、けれども手は真っ赤に濡れていて。わたくしは眩暈とともに目の前が真っ白になりました。いえ、眩暈なんておこしている場合ではありません。
魔力をぐるぐると循環させて、それを手のひらに集めて。傷口に手をあて、魔力を放出します。
治って、お願い。もう、ひとりになるのは嫌なの!
「ジルド、ジルド……!」
「ふふっ、その顔いいですね。俺のために泣いてるみたいだ」
ジルドの声に目を開けると、彼は薄っすらと笑みを浮かべながらわたくしを見ていました。
0
あなたにおすすめの小説
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。
「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」
「はい、喜んで!」
……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました
悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。
クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。
婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。
そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。
そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯
王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。
シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯
婚約破棄されたので辺境伯令嬢は自由に生きます~冷酷公爵の過保護が過ぎて困ります!~
sika
恋愛
「君のような女と婚約していたなど、恥だ!」
公爵嫡男に突然婚約を破棄された辺境伯令嬢リーゼは、すべてを捨てて故郷の領地へ戻る決意をした。
誰にも期待せず、ひっそりと生きようとするリーゼの前に現れたのは、冷酷と噂される隣国の公爵・アルヴィン。
彼はなぜかリーゼにだけ穏やかで優しく、彼女を守ることに執着していて――。
「君はもう誰にも踏みにじられない。俺が保証しよう」
呪いのような過去を断ち切り、真実の愛を掴むざまぁ×溺愛ラブストーリー!
白い結婚のはずでしたが、冷血辺境伯の溺愛は想定外です
鍛高譚
恋愛
――私の結婚は、愛も干渉もない『白い結婚』のはずでした。
侯爵令嬢クレスタは王太子アレクシオンから一方的に婚約破棄を告げられ、冷徹と名高い辺境伯ジークフリートと政略結婚をすることに。 しかしその結婚には、『互いに干渉しない』『身体の関係を持たない』という特別な契約があった。
形だけの夫婦を続けながらも、ジークフリートの優しさや温もりに触れるうち、クレスタの傷ついた心は少しずつ癒されていく。 一方で、クレスタを捨てた王太子と平民の少女ミーナは『真実の愛』を声高に叫ぶが、次第にその実態が暴かれ、彼らの運命は思わぬ方向へと転落していく。
やがて訪れるざまぁな展開の先にあるのは、真実の愛によって結ばれる二人の未来――。
悪魔が泣いて逃げ出すほど不幸な私ですが、孤独な公爵様の花嫁になりました
ぜんだ 夕里
恋愛
「伴侶の記憶を食べる悪魔」に取り憑かれた公爵の元に嫁いできた男爵令嬢ビータ。婚約者は皆、記憶を奪われ逃げ出すという噂だが、彼女は平然としていた。なぜなら悪魔が彼女の記憶を食べようとした途端「まずい!ドブの味がする!」と逃げ出したから。
壮絶な過去を持つ令嬢と孤独な公爵の、少し変わった結婚生活が始まる。
『皇族を名乗った伯爵家は、帝国に処理されました』 ―天然メイドは、今日も失敗する―
ふわふわ
恋愛
婚約破棄を経て、静かに屋敷を去った令嬢。
その後に残された伯爵家は、焦燥と虚勢を抱えたまま立て直しを図ろうとする。
だが、思惑はことごとく空回りする。
社交界での小さな失態。
資金繰りの綻び。
信用の揺らぎ。
そして、屋敷の中で起こる“ちょっとした”騒動の数々。
決して大事件ではない。
けれど積み重なれば、笑えない。
一方、帝国では新たな時代が静かに始まろうとしている。
血筋とは何か。
名乗るとは何か。
国家が守るものとは何か。
これは、派手な復讐劇ではない。
怒号も陰謀もない。
ただ――
立場を取り違えた家が、ゆっくりと現実に追いつかれていく物語。
そして今日も、屋敷では誰かが小さな失敗をする。
世界は静かに、しかし確実に動いている。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる