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第12話 魔道具って便利ですね
しおりを挟む「王国にもいくらか通信用の魔道具を貸与しているはずですが、帝国にはもっと便利なものがあるんです」
そう言って彼が取り出したのは手のひらに乗るほどの小さな箱でした。その箱から人の声がします。会場中の誰もが耳を澄ませ、その声に聞き入りました。
『なんで帝国の市民権を得ているんだ」
これは、先ほどわたくしとダーチャが庭の隅で聞いてしまった密談ですね……。って、まさかわたくしに贈ってくれた翡翠の指輪!
ジルドはわたくしに片目をぱちりとつぶって見せました。んもう!
『わざわざマフィアを雇って待機させていたのに』
マフィアという単語に一瞬ざわめき、そしてまた一部を除く誰もが耳を澄ませようとします。けれど本人たちは慌てて阻止しようとするのです。当たり前ですけれど。
「おい! な、なんだねそれは!」
最初に声を荒げたのはパルマ伯爵でした。せっかく、お父様ひとりを悪者にして自分たちは逃げようとしていたところですものね。自分の声が入っているのを聞かれたら困ってしまうんだわ。
けれど、すでにお声が響いてしまった陛下はもうその音声を制止しようとはしませんでした。
「衛兵! おかしな術を使ってありもしない会話を捏造するこの者らを捕らえよ!」
なかったことにしようとしていますね。なるほど、さすが長く生きているだけあるというか、考え方が柔軟です。帝国からの代表を捕らえた後のことまでちゃんと考えているのかはわかりませんが、最悪の場合には時間だけ稼いで逃げるという手もありますものね。
陛下の声に従い、多くの兵がわたくしたちを取り囲みました。会場は騒然とし、逃げる者や事態を最後まで見届けようとする者など様々です。
「あた、あたしは何も知らないの、本当よ、ジルドさま!」
そう叫ぶクラリッサ嬢の声にかぶせるように、小さな箱からお父様と陛下の声が。
『そのクラリッサは帝国の代表に色目を使っておったぞ。存外似合いの夫婦ではないかね』
『マナーひとつとっても不格好だからな、さすがのバカ息子も愛想を尽かしたか』
ここまで静観していたベルトルド殿下がついに大きな声を出しました。
「なんなんだ、これは。なんなんだよ、これは!」
「ね? 立場というものは責任の上にあるでしょう。民を思い、国を思って行動する素晴らしい公爵令嬢を自分たちの手で追い出しながら、後からその美しさや聡明さを恋しがっても遅いのです」
衛兵に囲まれながらも平然とするジルドがそう言って「あはは」と笑いました。その声にはどことなく侮蔑の色が含まれていて。ベルトルド殿下は自身のジャケットの内側に手を入れました。
「うわあああああああ!」
彼が絶叫とともにジャケットから取り出したのは火薬式銃器です。王太子妃になるため禁制品のお勉強などもしておりましたから間違いありません。これでベルトルド殿下もまた本件に無関係ではないということがわかりましたね。一度は将来を約束した相手ですから少々残念です。
彼の構えた銃口は、わたくしとジルドとの間でゆらゆらと迷っているようでした。その光景はなんだか現実味がなくて、だけど指先が妙に冷たくて。次の刹那、ジルドがわたくしの目の前に立つべく一歩踏み出し、またベルトルド殿下は再び大きく叫んで引き金を引いたのです。
パンと発砲音が鳴った瞬間、我々を見守っていた貴族たちが一斉に逃げ出しました。
お腹を押さえながら前のめりになるジルド。え、嘘でしょう、本当に撃たれたの? 待って、そんな、嘘でしょ。
「ジルド!」
慌てて伸ばした手は届かないままジルドは膝をつき、そして倒れました。「違う、俺は悪くない」と呟くベルトルドに「うるさい!」と叫んでジルドの元へ。
力を振り絞って仰向けに転がった彼は天井の薔薇を指さします。
「待って、動かないで。いま治すから!」
わたくしの言葉など聞こえていないのか、彼は指先を小さく動かしました。と、天井に咲く薔薇たちは真っ赤な網に姿を変えて落下したのです。
「うわっ! なんだこれは!」
突然落ちて来た網に身体を拘束されたのは、国王陛下、お父様、並びにパルマ伯爵の主犯三名でした。
もがけばもがくほど網が絡まって動きが制限されていきます。
こんなにも淀みなく変化する物質創造なんて、わたくしにはまだまだできそうにありません。さすがと言うほかないですね……。
と同時に、壁の方へと移動して息を殺していた視察団の皆さんも、縄やら鎖やらというそれぞれの術式を用いて衛兵たちを拘束していきました。
クラリッサ嬢とベルトルド殿下もまた、彼らによって拘束されたようです。
「こ、こんなことをしてただでは済まんぞ!」
そう叫んだのが誰なのか、わたくしにはわかりませんでした。でもわからなくていい。
「お黙りなさい、この馬鹿者どもが! 国を、民をなんだと思っていらっしゃるの、恥を知りなさい!」
ベルトルド殿下との婚約が決まってから十数年分、積もりに積もったわたくしのストレスをやっと吐き出せました。
が、もはやそんなことはどうでもいい。あのような人たちのことなんて本当にもうどうでもいいの。
「ジルド大丈夫? どこを撃たれたの?」
彼が押さえているのはお腹の左上のあたり。お顔は酷く真っ青で、けれども手は真っ赤に濡れていて。わたくしは眩暈とともに目の前が真っ白になりました。いえ、眩暈なんておこしている場合ではありません。
魔力をぐるぐると循環させて、それを手のひらに集めて。傷口に手をあて、魔力を放出します。
治って、お願い。もう、ひとりになるのは嫌なの!
「ジルド、ジルド……!」
「ふふっ、その顔いいですね。俺のために泣いてるみたいだ」
ジルドの声に目を開けると、彼は薄っすらと笑みを浮かべながらわたくしを見ていました。
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