稀代の悪女が誘拐された

伊賀海栗

文字の大きさ
11 / 15

第11話 不敬かそうでないか議論の余地が

しおりを挟む

 会場へ戻ると若い令嬢たちがわたくしたちの周りに集まって、きゃっきゃと騒ぎ始めました。よくよく話を聞いてみると、ジルドとわたくしがどのような関係なのかを問うているようです。

「ほら、ピエリナ様は素敵な髪飾りをしていらっしゃるでしょう?」

「それはやはりジルド様から贈られたものなのですか?」

「え……っと?」

 その質問の意図がなんなのかよくわからず混乱していると、ダーチャが小さな声でおしえてくれました。

「あわよくば、ジルド様と恋仲になりたいのです。ですから先ずは恋人の有無を確認したいのですわ」

「あー」

 なるほど。言われてみればジルドって綺麗な顔をしているし、背もすらっと高くて……それに階級称ザイを持つ帝国の魔術師ですものね。文句のつけようがない「優良物件」というやつだわ。

 そういう意味なら恋人ではありませんから正直に言うべきでしょうか? でも質問は「ジルドからのプレゼントなのか」ですから、そのまま答えるべきでしょうか?

 判断に困って当の本人であるジルドの姿を探していたら。

「ピエリナ、久々に一曲どうだろうか」

 ベルトルド殿下がわたくしに手を差し伸べ、ダンスを乞うています。そういえばわたくしはいつから彼とダンスを踊らなくなったのだったかしら?
 社交の場に出る際のパートナーこそ婚約者であるわたくしが務めましたが、いざダンスとなるとベルトルド殿下のお隣にはいつも別の女性がいたように思います。ここ数年の間はクラリッサ嬢でしたし。

 わたくしが口を開けるより早く、鼻にかかる甘やかな声が響きました。

「あー! ジルドさまぁ。クレアと踊ってほしいです!」

 いつの間にかお色直しをしてラベンダー色のふわふわなドレスを着こんだクラリッサ嬢がいました。本当に用意周到でびっくりしてしまいます。

「あら、クラリッサ様ったら狙いに行ったわね」

 わたくしの周囲にいる令嬢の誰かがぽつりと言いました。昔のわたくしは気付かなかったけれど、彼女はこうやって意中の殿方の気持ちを掴んでいたのかもしれませんね。
 でも今は王太子の婚約者というお立場です。やっていいことと悪いことがあるというのに!

 クラリッサ嬢に腕を引っ張られたジルドは、一言二言だけ彼女に声を掛け、そしてこちらを見て首を傾げました。まるで、「どうする?」と聞いているかのように。
 どうする、じゃないんですよ! んもう!

「ジルド、踊るのはわたくしとだけにして」

 令嬢たちが小さくざわつきました。いつも清く正しくあれと行動してきたわたくしが、ダンスひとつ許さないことに困惑しているようです。
 でも嫌なものは嫌だもの。それにわたくしは彼女たちに言わせれば、稀代の悪女なのでしょう? こんなことで驚かれては困ります。

「イエス、ユアハイネス」

 ジルドはとろけるような微笑みを浮かべてこちらへやって来ました。令嬢たちが「きゃああああああ」と黄色い歓声をあげます。美形の笑顔に弱いのは相変わらずですね!

「えっと、ピエリナ?」

 困ったように眉を下げるベルトルド殿下。その優し気な仮面の裏側に苛立ちを隠していることを、わたくしはよく知っています。

「申し訳ありませんが、その手はとれませんわ」

「あー……でも俺は一国の王太子だ、わかってるだろう? 帝国民になったことを鼻にかけてるのかもしれんが、帝国でいうところの皇子なわけだ」

「それが何か関係ございます?」

 わたくしの言葉にベルトルド殿下は少々声を荒げました。

「立場をわきまえたほうがいいということだ」

 立場での強要とは。思わず深い溜め息が漏れてしまいます。騒がしかった令嬢たちも驚いたのか静かになりました。張り詰めた空気の中、ジルドがわたくしの腰をとってそばに引き寄せ、わたくしの代わりに受け答えをし始めます。

「立場、ですか」

「そうだ」 

 ジルドがわたくしの耳元で「王太子ってこんなにバカだったの」と囁きました。

「聞こえてるぞ、魔術師」

「それは失礼しました。さて、立場とおっしゃいましたが……」

 言葉を一度切って、彼は人差し指を立てます。指がさし示す先を誰もが導かれるように見上げました。すると、会場の高い天井の真ん中でポポポポポと薔薇が咲き乱れます。とっても綺麗だわ。

 でも、あれは視察団の他のメンバーに対する合図なのです。予定が早まるぞ、警戒しろよ、という意味の。

 何が起きたのかと、国王陛下やお父様たちもこちらへやって来ました。視界の隅で視察団の皆さんがゆっくりと会場の壁側のほうへと移動しているのが見えます。

「立場というものは己の責任を果たした先に保証されるものです」

「どういう意味だ。王族とはその血筋が根拠だ」

「いいえ。王族にも民を守り国家を発展させるという責任があり、それを怠った国はことごとく滅んでいる。……そして私腹を肥やすのは仕事ではないのですよ」

 真っ先に反応したのはクラリッサ嬢の父パルマ伯爵でした。顔を真っ赤にして「不敬である」と訴えます。

「いくら帝国からの客人であろうと、限度がありますぞ!」

「実は最近、帝国に某国から使者が来ましてね。かなりお怒りの様子だった。それもそのはず、帝国が統治すべき一部の国から某国に巣食う組織的な犯罪集団へ硝石が大量に流出しているというのです」

 会場内の多くの貴族は静かに事の成り行きを見守っています。パルマ伯爵は唇を噛み、お父様と陛下からは息をのんだ気配が。

「一方でリージュ王国の会計資料に不審な点があるため調査すべしとの密告があったのが半年と少し前のことです」

 お父様の鋭い目がわたくしに注がれました。
 さすが実父は娘のことをよくわかっていますね。気付くのがかなり遅いのですけど。

「本件、公爵閣下に進言する前にわたくしから帝国へ報告していましたの。だって以前のように握りつぶされたら困ってしまうでしょう?」

「ピエリナ……っ!」

 お父様の声が怒りに震えています。離れたところにいるお母様も怒りのあまりお顔が真っ赤になってますね。子どもが正しいことをしたら褒めるのが普通だと思っていたのですけど、やはり我が家は普通ではありませんでした。

 ジルドの演説はまだ続きます。

「ところでオルランド領はいま王家の所領となっていますね。硝石の採掘量や出荷量が書類と実際とで相違があります。ああ、調査済ですので反論は結構」

 そこへ国王陛下がずいっと前に出ました。

「つまり、以上の話を総合するとサヴィーニ公爵が硝石を密かに輸出していたということかね」

 なるほど、怒りをあらわにしたお父様を切り捨てる駒に選んだと言うわけですね。彼はもう言い逃れができないから……。
 しかしジルドは微笑みを浮かべたままそれを否定しました。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

宮廷外交官の天才令嬢、王子に愛想をつかれて婚約破棄されたあげく、実家まで追放されてケダモノ男爵に読み書きを教えることになりました

悠木真帆
恋愛
子爵令嬢のシャルティナ・ルーリックは宮廷外交官として日々忙しくはたらく毎日。 クールな見た目と頭の回転の速さからついたあだ名は氷の令嬢。 婚約者である王子カイル・ドルトラードを長らくほったらかしてしまうほど仕事に没頭していた。 そんなある日の夜会でシャルティナは王子から婚約破棄を宣言されてしまう。 そしてそのとなりには見知らぬ令嬢が⋯⋯ 王子の婚約者ではなくなった途端、シャルティナは宮廷外交官の立場まで失い、見かねた父の強引な勧めで冒険者あがりの男爵のところへ行くことになる。 シャルティナは宮廷外交官の実績を活かして辣腕を振るおうと張り切るが、男爵から命じられた任務は男爵に文字の読み書きを教えることだった⋯⋯

婚約破棄されたので辺境伯令嬢は自由に生きます~冷酷公爵の過保護が過ぎて困ります!~

sika
恋愛
「君のような女と婚約していたなど、恥だ!」 公爵嫡男に突然婚約を破棄された辺境伯令嬢リーゼは、すべてを捨てて故郷の領地へ戻る決意をした。 誰にも期待せず、ひっそりと生きようとするリーゼの前に現れたのは、冷酷と噂される隣国の公爵・アルヴィン。 彼はなぜかリーゼにだけ穏やかで優しく、彼女を守ることに執着していて――。 「君はもう誰にも踏みにじられない。俺が保証しよう」 呪いのような過去を断ち切り、真実の愛を掴むざまぁ×溺愛ラブストーリー!

婚約破棄で悪役令嬢を辞めたので、今日から素で生きます。

黒猫かの
恋愛
「エリー・オルブライト! 貴様との婚約を破棄する!」 豪華絢爛な夜会で、ウィルフレッド王子から突きつけられた非情な宣告。 しかし、公爵令嬢エリーの心境は……「よっしゃあ! やっと喋れるわ!!」だった。

白い結婚のはずでしたが、冷血辺境伯の溺愛は想定外です

鍛高譚
恋愛
――私の結婚は、愛も干渉もない『白い結婚』のはずでした。 侯爵令嬢クレスタは王太子アレクシオンから一方的に婚約破棄を告げられ、冷徹と名高い辺境伯ジークフリートと政略結婚をすることに。 しかしその結婚には、『互いに干渉しない』『身体の関係を持たない』という特別な契約があった。 形だけの夫婦を続けながらも、ジークフリートの優しさや温もりに触れるうち、クレスタの傷ついた心は少しずつ癒されていく。 一方で、クレスタを捨てた王太子と平民の少女ミーナは『真実の愛』を声高に叫ぶが、次第にその実態が暴かれ、彼らの運命は思わぬ方向へと転落していく。 やがて訪れるざまぁな展開の先にあるのは、真実の愛によって結ばれる二人の未来――。

『皇族を名乗った伯爵家は、帝国に処理されました』 ―天然メイドは、今日も失敗する―

ふわふわ
恋愛
婚約破棄を経て、静かに屋敷を去った令嬢。 その後に残された伯爵家は、焦燥と虚勢を抱えたまま立て直しを図ろうとする。 だが、思惑はことごとく空回りする。 社交界での小さな失態。 資金繰りの綻び。 信用の揺らぎ。 そして、屋敷の中で起こる“ちょっとした”騒動の数々。 決して大事件ではない。 けれど積み重なれば、笑えない。 一方、帝国では新たな時代が静かに始まろうとしている。 血筋とは何か。 名乗るとは何か。 国家が守るものとは何か。 これは、派手な復讐劇ではない。 怒号も陰謀もない。 ただ―― 立場を取り違えた家が、ゆっくりと現実に追いつかれていく物語。 そして今日も、屋敷では誰かが小さな失敗をする。 世界は静かに、しかし確実に動いている。

処理中です...