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第11話 不敬かそうでないか議論の余地が
しおりを挟む会場へ戻ると若い令嬢たちがわたくしたちの周りに集まって、きゃっきゃと騒ぎ始めました。よくよく話を聞いてみると、ジルドとわたくしがどのような関係なのかを問うているようです。
「ほら、ピエリナ様は素敵な髪飾りをしていらっしゃるでしょう?」
「それはやはりジルド様から贈られたものなのですか?」
「え……っと?」
その質問の意図がなんなのかよくわからず混乱していると、ダーチャが小さな声でおしえてくれました。
「あわよくば、ジルド様と恋仲になりたいのです。ですから先ずは恋人の有無を確認したいのですわ」
「あー」
なるほど。言われてみればジルドって綺麗な顔をしているし、背もすらっと高くて……それに階級称ザイを持つ帝国の魔術師ですものね。文句のつけようがない「優良物件」というやつだわ。
そういう意味なら恋人ではありませんから正直に言うべきでしょうか? でも質問は「ジルドからのプレゼントなのか」ですから、そのまま答えるべきでしょうか?
判断に困って当の本人であるジルドの姿を探していたら。
「ピエリナ、久々に一曲どうだろうか」
ベルトルド殿下がわたくしに手を差し伸べ、ダンスを乞うています。そういえばわたくしはいつから彼とダンスを踊らなくなったのだったかしら?
社交の場に出る際のパートナーこそ婚約者であるわたくしが務めましたが、いざダンスとなるとベルトルド殿下のお隣にはいつも別の女性がいたように思います。ここ数年の間はクラリッサ嬢でしたし。
わたくしが口を開けるより早く、鼻にかかる甘やかな声が響きました。
「あー! ジルドさまぁ。クレアと踊ってほしいです!」
いつの間にかお色直しをしてラベンダー色のふわふわなドレスを着こんだクラリッサ嬢がいました。本当に用意周到でびっくりしてしまいます。
「あら、クラリッサ様ったら狙いに行ったわね」
わたくしの周囲にいる令嬢の誰かがぽつりと言いました。昔のわたくしは気付かなかったけれど、彼女はこうやって意中の殿方の気持ちを掴んでいたのかもしれませんね。
でも今は王太子の婚約者というお立場です。やっていいことと悪いことがあるというのに!
クラリッサ嬢に腕を引っ張られたジルドは、一言二言だけ彼女に声を掛け、そしてこちらを見て首を傾げました。まるで、「どうする?」と聞いているかのように。
どうする、じゃないんですよ! んもう!
「ジルド、踊るのはわたくしとだけにして」
令嬢たちが小さくざわつきました。いつも清く正しくあれと行動してきたわたくしが、ダンスひとつ許さないことに困惑しているようです。
でも嫌なものは嫌だもの。それにわたくしは彼女たちに言わせれば、稀代の悪女なのでしょう? こんなことで驚かれては困ります。
「イエス、ユアハイネス」
ジルドはとろけるような微笑みを浮かべてこちらへやって来ました。令嬢たちが「きゃああああああ」と黄色い歓声をあげます。美形の笑顔に弱いのは相変わらずですね!
「えっと、ピエリナ?」
困ったように眉を下げるベルトルド殿下。その優し気な仮面の裏側に苛立ちを隠していることを、わたくしはよく知っています。
「申し訳ありませんが、その手はとれませんわ」
「あー……でも俺は一国の王太子だ、わかってるだろう? 帝国民になったことを鼻にかけてるのかもしれんが、帝国でいうところの皇子なわけだ」
「それが何か関係ございます?」
わたくしの言葉にベルトルド殿下は少々声を荒げました。
「立場をわきまえたほうがいいということだ」
立場での強要とは。思わず深い溜め息が漏れてしまいます。騒がしかった令嬢たちも驚いたのか静かになりました。張り詰めた空気の中、ジルドがわたくしの腰をとってそばに引き寄せ、わたくしの代わりに受け答えをし始めます。
「立場、ですか」
「そうだ」
ジルドがわたくしの耳元で「王太子ってこんなにバカだったの」と囁きました。
「聞こえてるぞ、魔術師」
「それは失礼しました。さて、立場とおっしゃいましたが……」
言葉を一度切って、彼は人差し指を立てます。指がさし示す先を誰もが導かれるように見上げました。すると、会場の高い天井の真ん中でポポポポポと薔薇が咲き乱れます。とっても綺麗だわ。
でも、あれは視察団の他のメンバーに対する合図なのです。予定が早まるぞ、警戒しろよ、という意味の。
何が起きたのかと、国王陛下やお父様たちもこちらへやって来ました。視界の隅で視察団の皆さんがゆっくりと会場の壁側のほうへと移動しているのが見えます。
「立場というものは己の責任を果たした先に保証されるものです」
「どういう意味だ。王族とはその血筋が根拠だ」
「いいえ。王族にも民を守り国家を発展させるという責任があり、それを怠った国はことごとく滅んでいる。……そして私腹を肥やすのは仕事ではないのですよ」
真っ先に反応したのはクラリッサ嬢の父パルマ伯爵でした。顔を真っ赤にして「不敬である」と訴えます。
「いくら帝国からの客人であろうと、限度がありますぞ!」
「実は最近、帝国に某国から使者が来ましてね。かなりお怒りの様子だった。それもそのはず、帝国が統治すべき一部の国から某国に巣食う組織的な犯罪集団へ硝石が大量に流出しているというのです」
会場内の多くの貴族は静かに事の成り行きを見守っています。パルマ伯爵は唇を噛み、お父様と陛下からは息をのんだ気配が。
「一方でリージュ王国の会計資料に不審な点があるため調査すべしとの密告があったのが半年と少し前のことです」
お父様の鋭い目がわたくしに注がれました。
さすが実父は娘のことをよくわかっていますね。気付くのがかなり遅いのですけど。
「本件、公爵閣下に進言する前にわたくしから帝国へ報告していましたの。だって以前のように握りつぶされたら困ってしまうでしょう?」
「ピエリナ……っ!」
お父様の声が怒りに震えています。離れたところにいるお母様も怒りのあまりお顔が真っ赤になってますね。子どもが正しいことをしたら褒めるのが普通だと思っていたのですけど、やはり我が家は普通ではありませんでした。
ジルドの演説はまだ続きます。
「ところでオルランド領はいま王家の所領となっていますね。硝石の採掘量や出荷量が書類と実際とで相違があります。ああ、調査済ですので反論は結構」
そこへ国王陛下がずいっと前に出ました。
「つまり、以上の話を総合するとサヴィーニ公爵が硝石を密かに輸出していたということかね」
なるほど、怒りをあらわにしたお父様を切り捨てる駒に選んだと言うわけですね。彼はもう言い逃れができないから……。
しかしジルドは微笑みを浮かべたままそれを否定しました。
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