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第10話 密談はもっと違うところでしたほうが
しおりを挟む過去との決別を終え、わたくしはジルドとともにパーティーを楽しむことにいたしました。
ジルドはこのパーティーで、将来的に信頼して重用できる人物を探すのだと言っていたかしら。現状のリージュ王国は自治を認める保護国という扱いですが、今後は保護対象から外した上で征服し直すこととなります。国力の差は明らかですから血を流すことなく支配できると考えていますが……。
その際に何から何まで帝国が支配するのでなく、現地の人間を用いて動かす方が文化的にも心情的にも効率的だとのこと。
わたくしにとっては誰が信頼できるかだなんてわかりません。あの日、誰もがわたくしの敵になってしまったのだもの。ですから難しいことはジルドに任せて、わたくしは社交のやり直しをします。
新しいピエリナとして。気を遣わず自由に。でもどこか冷めた目で。
「お嬢様っ!」
懐かしい声が聞こえました。振り返ると、そこにいたのはダーチャです。誰かに近況を聞こうと思っていたら、尋ね人が目の前に!
「あなたも参加していたのね!」
「ああ……お嬢様、お嬢様! 生きてる……よかった、本当によかったですぅぅ。ああ神様、お嬢様をお守りくださって……!」
触れたらわたくしが消えてしまうとでも思っているのか、ダーチャはわたくしの肩に伸ばした手を宙に浮かせたまま、涙をはらはらと流しています。待って、鼻水も出てきてるわよ。
ハンカチで鼻を拭って差し上げると、ダーチャは化粧が崩れるのも構わずにわんわん泣き出してしまいました。
「わたしのことなんか放っておいてくださればよかったのに! 一緒に逃げてくださればよかったのに! もう、ひとりだけ生きてることが恥ずかしくて何度命を絶とうとしたことか!」
「こうして再会できたのだもの、生きていてくれてよかったわ。それにね、わたくしはもうお嬢様ではないの。ピエリナと呼んでくれたら嬉しいわ、ダーチャ様?」
「ぴっぴえっぴぴっ」
「小鳥になったわね」
いつまでも泣き止まないダーチャを連れて庭へ出ることにしました。ジルドには難しい任務がありますからね、それはひとりでやっていただいて。
お庭へ向かう道すがら、ダーチャはこの半年のことを話して聞かせてくれました。やはりわたくしが不思議に思っていたとおり、サヴィーニ公爵家はわたくしの捜索は一切やらなかったそうです。
ダーチャが屋敷へ戻ったときには、早馬によってもたらされた報告をもって葬儀の準備が進められていたとか。
「もう、もう、有り得ないことですわ。怒りのあまり、その日のうちに暇をいただきました。お嬢様をお慕いしていた従者も相当数が屋敷を去ったと聞いております。それで実家に戻ったら釣書がわんさと」
それからは家のため婚約話を進めなければならないのだけど、どうもその気になれないまま無為に過ごしていたそうです。
「いい人はいなかったの?」
「だって! おじょ……ぴえっピエリナお嬢様と『普通の幸せ』についてお話をしたではないですか。素敵な恋をしてねって、おっしゃったから!」
また泣き出してしまったので、人目につかない方へ連れて行くことにします。恋をこれからしようという若いお嬢さんが号泣しているところなんて見せられないもの。
と、そこでどこからか人の声が聞こえて来ました。周囲をきょろきょろしても人影はなく、ダーチャに静かにするよう言って耳をすましてみると……。
「なんで帝国の市民権を得ているんだ」
上から聞こえて来ますね。見上げてみればバルコニーがあります。恐らくあれは休憩室のあるあたりですから、さらに外に出て密談をしているという感じでしょうか。
「わざわざマフィアを雇って待機させていたのに」
「追い剥ぎに見せかけるという計画も魔物の襲撃で台無しになり、追っ手をやっても見つからんから死んだならいいかと思っていたのにピンピンしているんだからな」
この声、わたくしが気付かないはずがありませんね。お父様と国王陛下です。あ、いえ、まだ知らない声もあるようです。
「今回の帝国の視察、なんなんです。急遽決まったうえに公爵令嬢を連れて来るなど、何か裏があるに決まっとります!」
これは誰の声なのかしら。
ダーチャが不安げに上に視線をやりますから、大丈夫よと手をつないで頷いてみせました。ミケちゃんの鶴の一声ではありますが、魔術塔でゼラの階級称をいただける程度には魔法が使えるようになっていますからね。身を守る程度のことはできます。たぶん。たぶんね。
「だいたい、王太子殿下がピエリナに興味を持ってしまっているじゃあありませんか。あれではウチの可愛いクラリッサの立つ瀬がない!」
「そのクラリッサは帝国の代表に色目を使っておったぞ。存外似合いの夫婦ではないかね」
「マナーひとつとっても不格好だからな、さすがのバカ息子も愛想を尽かしたか」
「とにかく! 会計処理の差異に勘づいたピエリナ嬢が帝国に報告する前にどうにかするつもりが、帝国側にいるとはとんでもないことでございますぞ!」
「お嬢様、これって」
ダーチャが声をひそめながらわたくしのドレスを引っ張りました。言わんとしていることはわかります。
いま頭上で話をしているのは、陛下とサヴィーニ公爵とクラリッサ嬢の父であるパルマ伯爵ですね。そして、彼らの話で大体の筋がわかりました。
わたくしが見つけた会計上の不審点、陛下やお父様に訴えても取り合っていただけなかったのは彼らこそが不正をやっていたからなのです。
恐らくパルマ伯爵もそれに噛んでいたのでしょう。ベルトルド殿下とクラリッサ嬢が親密な関係であることも利用してわたくしを社交界から追い落とした……。
それのみか、わたくしが帝国へ密告せぬよう命まで狙ったわけですね。なぜお父様がそこまでのことをしたのか、わからないしわかりたくもないのだけれど。
「行きましょう」
ダーチャに耳打ちして会場へ戻ることにしました。過去とは決別しましたから大丈夫、悲しくないわ。ちょっと悔しいだけ。
「あっ」
ダーチャの足元で枝の折れる音がしました。
「誰かいるのか!」
頭上から鋭い声が飛びます。慌ててわたくしとダーチャは物陰に隠れました。
「にゃーん」
猫がバルコニーの下を駆け抜けていきます。
咄嗟に出したわたくしの魔法生物です。習っておいてよかった! そして、魔力循環を欠かさずやっておいてよかった! 我ながら瞬時に魔法が使えたことが誇らしいです。
「猫か……」
その言葉を最後に、お父様たちは室内へと戻って行かれました。
わたくしとダーチャはくっつきながら手を強く握りあったまま、しばらくそこにいました。びっくりした……。
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