正直な悪役令嬢は婚約破棄を応援しています~殿下、ヒロインさんを見てあげてください!私を溺愛している場合じゃありません!

伊賀海栗

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第3話 私ですか?

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 アーサー様とマリナレッタさんが交わす言葉は小さくて聞こえません。でも聞こえなくてよかった。愛読書を何度も読み返した私は、冒頭部分のセリフなんてすっかり覚えてしまっていますから。
 推しとしてではなく、ちょっとでも恋心を抱いた相手としてアーサー様を見ている今は、そんな会話聞きたくありませんし。

 あああ、でも生マリナレッタはすっごく可愛いです。さすが主人公、さすがヒロイン。エメリナも並ぶ者のないほど美しい女性だと思いますが、マリナレッタは世界一可愛い女性です。小説世界、重要人物は容姿がいい……。

 美貌の王太子と世界レベルの可愛らしさを持つヒロインが並ぶ姿が見たくて、ちょっと背伸びしたりなんかして、そわそわと様子を窺ってしまいました。カフェの敷地と庭との境界に植えられた木が邪魔だわ!

「エメリナ様……」

 友人たちのひとりが心配そうに声を掛けてくれました。
 あらやだ、エメリナらしからぬ態度だったかもしれません。さすがにはしゃぎ過ぎたかと、なんでもないことのように笑って席に座ろうとしたのですけれど。

「エメリナ、彼女の怪我を見てあげて」

 と、アーサー様の声が響きました。驚いて顔をあげると、いつの間にこちらへいらっしゃったのかすぐそばに彼がいたのです。

「怪我、ですか」

「うん。どうやら棘に引っ掛けたようで、縦に裂けてしまっているんだ。医務室へ連れていく前に止血できるものがあればと思ってね」

 違います違います。アーサー様がご自分のハンカチーフで縛って差し上げるのが原作です! 目で「ハンカチあるでしょう」と訴えましたが、アーサー様は薄っすらと笑って素知らぬふり。さらに意地悪な瞳で言葉を続けます。

「男の俺が触れるより、女性たちに診てもらったほうが彼女も安心だろう」

 友人たちは「きゃあ」とか「あらー」とか言ってますけど、待って、原作と違い過ぎます。
 困惑する私に、マリナレッタさんが青い顔で頭を下げました。

「す、すみません! あたし自分のハンカチを持っていなくてっ、ごめんなさい、あの、大丈夫なので」

「そこにお座りなさい」

 考えるより先に言葉が出ていました。
 ハンカチを持たないだなんてヒトとして駄目です、とか、大丈夫じゃないのに大丈夫だと助けを求めないのはおバカのすることです、とか叱りながら。

 私のハンカチを裂いて指に巻き付け終えたとき、アーサー様がご自身のハンカチを広げて私に差し出しました。彼の瞳は、私が刺していた課題用の刺繍布に注がれています。

「いいデザインだね。同じのをこれにも刺繍してくれると嬉しいな」

「は、え?」

 ほらやっぱりハンカチ持ってるじゃないですかとか、課題が終わったらプレゼントしようと思っていたのにとか、言いたいことがいっぱい溢れて、結局何も言えません。

 アーサー様はどこからか椅子を運んで来て、私の隣にお座りになりました。伯爵令息はどこか所在無げに少し離れたところに立っています。

「そのシャツの色は一年生だね。俺はアーサー・ハンク・オ・ヴァランタン。彼女は婚約者のエメリナ・ヤ・ワイゼンバウム公爵令嬢だ。君は?」

「あ、あたし、マリナレッタ・スラットリーと言います。よ、よろしくおねがいします!」

 マリナレッタさんがぴょこんと頭を下げ、友人たちは戸惑うように顔を見合わせました。あからさまに眉を顰める方もいます。恐らく貴族教育がまるでできていないから、でしょうね。
 困ったものです。貴族の社会ではマナーのなっていない者と距離をとるのは正しいことですが、私たちはまだ学びの途上ですから。この学院には貴族でない方も多く在学していますし、それにひとつの観点から見えた姿だけで人を判断してしまうのはとても危険で、イジメと変わりません。

 とはいえアーサー様との仲が進展すれば彼が教育係をつけるはずですから、私が手を差し伸べる必要はないでしょう。なので、ここは彼女をいち早く立ち去らせるのがきっと正解。

「さあ、止血はこれで十分ですわ。医務室にはアーサー様が?」

「はは、エメリナは面白いことを言うね。男女で医務室へ行くわけにはいかないだろう。誰か連れて行ってやってくれるかい?」

「んもう……では私が」

「いや、エメリナには少し話があるんだ」

 は? さすがに原作無視が過ぎませんか。
 驚いて彼を見上げると、真剣な眼差しでこちらを見つめていました。スミレ色の瞳がいつになく鋭い。なるほど、ヒロインに出会ったことですし私と距離を取りたいとか、そういったお話かもしれません。
 私は小さく嘆息し、友人たちを振り返りました。

「あの、どなたか」

「もちろんですわっ! エメリナ様っ!」

 すごい。全員立ち上がった。怪我をした後輩のために、皆さんなんて献身的なのかしら。この姿を教師が見たら感動のあまり卒倒してしまうに違いありません。挙手する中には伯爵令息も混ざっています。素晴らしい騎士道精神だわ!

 何度も振り返りながらぺこりぺこりと頭を下げるマリナレッタさんを見送って、テラスには私とアーサー様だけが残されました。
 新たに注文した二人分の紅茶が運ばれたところで、私は居ずまいを正してアーサー様を見つめます。

「それで、お話とは?」

「いや、特にない」

「はい?」

 アーサー様はふふっと笑いながらカップにお砂糖を二杯。

「って言うのは冗談で、週末の花祭りを一緒にどうかなと思ってね。わかる? 俺は君をデートに誘ってるんだよ」

「え……それ、おひとりでいらっしゃるべきでは?」

「なんて?」

 だって花祭りはそれぞれ一人で出掛けたアーサー様とマリナレッタが偶然遭遇して、ちょっとしたアクシデントに見舞われながら急接近するシーンで……!

 口ごもる私の手を取って、アーサー様は予定空けておいてねと告げました。




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