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第4話 苛めてやりました

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 花祭り当日です。寮住まいのため侍従は傍にいないのですが、友人たちの何人かがヘアセットを手伝ってくれました。おかげさまでちゃんとした姿でお出かけできそう。友人たちは将来的に侍女として仕えさせてくれだなんて言っていましたが、私は王妃になるわけではないので……曖昧に笑って誤魔化しておきました。最悪の場合、国外追放ですからね。

 いやでもほんと、原作によるとこの日、エメリナとアーサー様はデートなんてしていなかったんです。大事なことですのでもう一度言いますが、デートしてなかったんです。むしろ、アーサー様とマリナレッタさんが花祭りを楽しんでいる姿を、エメリナが目撃してしまうというのに。
 あ、でも待ってください。小説は主にヒロインを中心に描かれますから、アーサー様が語らなかっただけで二人がバッタリ出会う前にはエメリナと過ごしていたのかもしれません。そうですね、そうに違いありません。それならできるだけ速やかに解散しましょう、そうしましょう。

 待ち合わせ場所は学院の門の前。一歩進むごとに姿を映すものはないかと、ガラスや鏡をキョロキョロ探してしまいます。おかしくはないかしら?

 と、前方に見覚えのあるピンクの髪の毛が。そう広くない廊下の真ん中で、尻尾を追いかける子犬のように覚束ない足取りでくるくるしています。

「あの、マリナレッタさん……? ここで何を?」

「えっ、あっ、あっ、エメ、エメリ、あっ、ワイ、ワイゼン、ワイゼンバウムさん」

「まず落ち着いて」

 あらためて見れば腕の中にはいくつもの資料らしき紙束や本が塔のごとく積み上げられていました。小さい体でよく持てるものだと思いましたが、胸のぶんだけ塔が傾いでいたので心配してあげません。私は悪役令嬢ですし。
 マリナレッタさんは上下左右あらゆる方向へ視線を向けてから、ヘナっと笑って肩を落としました。

「同級生や先輩方の依頼で、先生のところへ運ぶところなんですけどいまいち場所がわからなくて」

「事情はわかりました、まずこちらへ」

 マリナレッタさんを廊下の隅へ呼びます。
 私は悪役令嬢。マリナレッタさんを苛める役どころです。傷ついたマリナレッタさんがアーサー様に思わず心情を吐露してしまう……いつも元気で可憐なヒロインがふいに見せた弱音に、アーサー様はコロっといくのです。つまり、苛め! 苛めがこの世界を平和にする!

 元教師の私が本場の苛めとはなんたるかをお見せしようではありませんか!
 すーっと息を吸って、マリナレッタさんを睨みつけます。

「廊下の真ん中で立ち止まるとは何事ですか。他者の迷惑を考えられないとはなんて視野の狭いこと!」

「ハイッ!」

「場所がわからないなら人に尋ねなさい。ぐるぐる回っても何も解決しないことくらい、犬より賢い者なら誰だってわかるでしょう!」

「おっしゃる通りです!」

 彼女が抱える本の背表紙にざっと目を走らせます。

「一番上に乗っている調査用紙は南館のアンジルム先生、ここを右手に。『原初論』は本館ですから南館の三階から接続通路へ。『象形進化の法』は図書館への返却? それなら最後、寮へ戻る途中に寄るのがいいわね。途中に挟まってるものは適当に誰かに聞きなさい。それくらい犬でもできます」

「ふぇぇえ……。あり、ありがとうござい、ございまずぅうう」

「ちょっと、泣かないで。本が汚れたらどうするのよ」

 泣かせてやりました。

 どこに目を付けてんだてめぇ。できもしねぇこと引き受けるとか馬鹿か。どうせ覚えられねえだろうから教えてやるよ、犬以下のてめぇにはできねぇだろうけどな。という意です。
 本場仕込みの言葉はさすがにこのハイソサエティーでは刺激が強すぎると思うので、少しマイルドにしてみましたけど効果は抜群ですね!

「では私は急いでるから」

 彼女に背を向けたそのときです。ありがとうございますという彼女の大きな声と同時に、バサバサバサと嫌な音がしました。まさかと思って振り返ってみれば、散乱する資料と本……。

「おっぱいが大きいせいね!?」

「はいっ?」

「……失礼。身体的特徴に触れるなんてあるまじき行為だわ、反省するとともに贖罪のため私が拾います。あなたは動かずそこで立っていてちょうだい」

 ううう。おっぱい大きいのを自慢されました。当てつけです!
 んもー可愛いからいいけど!

 マリナレッタさんは散らばった紙や本を拾う私に困惑していましたが、これ以上動いたらより酷くなることは理解していたようでした。おっぱいの正しい扱い方を覚えてから出直してほしいものだわ。

 フンスフンスと鼻息荒く、ちょっと乱暴な仕草で拾っていたら紙片の端で指を切ってしまいました。

「痛っ……」

「だ、大丈夫ですか、ワイゼンバウムさん!」

「大丈夫だから動かないで」

 そもそも丁寧に拾わなかった私が悪いんですからね。
 大事な紙類を血で汚してしまわないように彼女の腕の中に積み重ね、私は待ち合わせ場所へと急ぎました。

 アーサー様はすでに門の前で待っていらして、私と目が合うと柔らかく微笑んで手を差し出してくれました。あんまりこういう表情を向けないでほしいものです、気持ちが大きくならないように気を付けているのに!

 差し伸べられた手に自分の左手を重ねようとして、ハッとしました。私の指は血がついていますから、衛生的なアレがアレです。見た目にも良くないですし。

「エメリナ……? あれ、怪我をしているね」

 手首を掴まれたかと思ったら、そのまま流れるように私の人差し指がアーサー様の口の中へと吸い込まれました。温かくて湿った感触に、脳天から身体の中心に向かって電気が走ったみたいな感覚。

「えっ、ちょっ。駄目です」

 アーサー様の目が、何が駄目なのかと問うているよう。
 いやだって衛生的にアレじゃないですか、って思ったんですけどアーサー様の唾液にばい菌がいるわけなくないですか?
 ああもーわかんないな!




 
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