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第16話 これは転生チートでしょうか?

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 どこか拗ねたような表情で、アーサー様が問いかけます。

「用事は、俺に?」

「あ、はい」

 彼は私の右手を握って、噴水の向こう側へと歩き出しました。ふわりと水が舞う噴水に添って歩を進めると、心配そうにこちらを気にしていたマリナレッタさんが立ち上がります。
 さらに奥には、先ほど会ったばかりの伯爵令息の姿がありました。え、分身? 分裂?

「エメリナが会いに来てくれたから、俺は失礼するよ」

 伯爵令息が静かに紳士の礼ボウアンドスクレープを見せる横で、マリナレッタさんがぴょこんと頭を下げます。
 アーサー様はまだ、彼女に礼儀作法の教育の手配をしていないみたい。ホッとしている自分に内心でうんざりしながら、私は彼らに目礼を返してアーサー様と一緒にその場を離れました。

 何も言わないままずんずんと歩いて行くアーサー様。その足は教務棟へと向かい、来客用の応接室の一つへと入ります。
 部屋の中ほどへ進むと、背後でカチリと鍵を掛ける音がしました。

「えっ、だだだだだだめです! 結婚前の男女がふたりきりなんて」

「君と俺との噂なら構わない。君は俺と結婚するんだから、ね」

「でも――」

「君となら少しくらい破廉恥な噂が立とうと気にしないけど、スラットリー男爵令嬢とは困る。君がいつまでも勘違いを続けてるから言うけど、俺は第三者が同席する場でしか彼女と話をしたことはないよ」

 それはそうでしょう。立場の上では、私は婚約者で彼女は学院の後輩にすぎません。アーサー様がわかりやすく他者に非難を浴びるような立ち回りをするはずがありませんもの。
 貴方が慎重にコトを進めることは理解していますとの意味を込めて、私は真面目な顔で大きく頷きました。

「まだわかってない顔をしてるね」

 ひどい、ちゃんと理解してるのに!

 アーサー様は深く溜め息をつきながら扉に背を預け、腕を組みます。
 私を出て行かせるつもりはないという意思表示……と同時に、その場から動くつもりはない、つまり怖がらなくていいという気遣いでしょうか。

 そのお心遣いに、胸が少し温かくなりました。
 でも今はキュンとしてる場合ではないのです。アーサー様はもっと積極的で、マリナレッタさんとふたりきりの逢瀬も今の時期なら何度か繰り返したはず。

 はい、原作と現実とでは話の流れに齟齬があるのだと受け入れました。アーサー様の恋は私が邪魔をしてしまったせいでゆっくり進行しているのです。恋愛だけならそれでも構いませんが、実際はそんな単純な話ではない。

「それではマリナレッタさんのご家庭の事情については」

「ん? 君から聞いた以上のことは何も知らないよ」

 やっぱりそうですよね。
 さて、私はどこから話をするべきでしょうか。こうも原作とかけ離れてしまうと、スラットリー男爵家の事情について知っていることさえ疑わしく感じられてしまいます。
 仮に原作通りだとして、どうやってアーサー様を動かせばいいでしょうか? 本来なら、マリナレッタさんを助けるためアーサー様が秘密裏に男爵家を調査させるのですが。

 思案する私の名をアーサー様が呼びました。心配そうな声です。

「エメリナ? 何か不安なことがあるなら言ってほしい。君の言葉なら真摯に受け止めるつもりで」

「で、では!」

 不安なことだらけです! アーサー様が調査を始めたのがいつ頃だったか、具体的には明かされていませんでしたから。今から始めて間に合うのかどうか……!

 胸の前で両手を組んで、祈るように叫びます。

「スラットリー家を調べてください!」

「は。ずいぶん唐突だね。理由は?」

 アーサー様の目が眇められました。

「マ……マリナレッタさんのためになることです。後妻が悪いことをしています」

「以前にも言ったかもしれないけど、俺は彼女について気にしたことがないんだよ。だから動く理由になり得ない。わかる?」

 唇を噛む私に、アーサー様が「だけど」と優しく付け足しました。

「本当の理由を話してくれたら考える。正直は美徳、なんだよね」

「嘘はついてません」

「わかってるよ。でも公爵令嬢の君なら『男爵夫人』と言うところを『後妻』と表現した。それはスラットリー男爵令嬢に相談されたわけではなく、予言書でそう読んだからだ。君はこれから起こることを知っていて、どうにかしたくてあがいてる。違う?」

 頬を一筋冷たいものが流れて、私は自分が泣いてしまったことに気づきました。
 そうです。いま、私は必死なんです。どうにかしなくちゃって。

「アーサー様が、アーサー様が全然マリナレッタさんと仲良くならないから!」

「俺⁉」

「間に合うのかどうかわからなくて、間に合わなかったらどうしようって」

 一歩一歩、確かめるようにアーサー様がこちらへ近づいて来ました。目の前まで来ると、骨ばった手が私の頬に触れて涙をぬぐいます。

「俺がどうにかするよ。大丈夫だから、さぁ話して」

 小さい子を宥めるような声音に少し落ち着きを取り戻して、私はゆっくりと原作で得た情報を開示していきました。

 前男爵夫人と長女が亡くなったのは後妻となった女の計画であること、傷心の男爵を支える振りをして近づき現在の地位を得たこと、食事に少量の毒を混ぜながら男爵を死に追いやろうとしていること。
 それら男爵家の乗っ取り計画は直接的に関係ないものの、領地管理が杜撰になったことで農地が荒れたり、強盗や野盗といった悪党の集団が領地に巣食うようになったりして、旅人が襲われる事案が頻発すること。

 うんうんと相槌を打っていたアーサー様が、「それは、まさか」と言葉を挟みました。

「公爵家の伝手を使えばスラットリー家を調べることくらいはできます。でも、他領の街道整備や治安維持に手出しなどできません」

「そういうことか……」

 アーサー様はこめかみを揉みながら、薄く唇を噛みました。



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