正直な悪役令嬢は婚約破棄を応援しています~殿下、ヒロインさんを見てあげてください!私を溺愛している場合じゃありません!

伊賀海栗

文字の大きさ
17 / 32

第17話 プライバシーの侵害です

しおりを挟む

 アーサー様は私の手を引いて応接室を飛び出しました。たまたま近くにいた女生徒たちが立ち止まり、私たちを見送ってから「キャー」と黄色い声をあげます。何か勘違いしてる気がする!

 彼が向かったのは図書館でした。昼休みの終わりが近いせいか、生徒の姿はありません。司書の先生は私たちをチラっと見るなり事務室のほうへと引っ込んでしまいました。
 アーサー様は王国の地図を持って来て、大きな机に広げます。

「ここがスラットリー男爵領で、その北にあるのが侯爵領」

 アーサー様の長い指が地図上にくるっと円を描くのを見つめながら頷きます。
 その綺麗な指は侯爵領上を斜めに走りました。

「通常、国内の移動にはより多くの道に通じていて整備の行き届いた侯爵領のトラナタ街道を使う」

「はい、帝国側に抜けるのもヘリン公国側へ向かうのも、トラナタから行くのが一般的です」

「だが以前はシャリマ旧街道を使っていた、か」

 スラットリー男爵領の南側を指差します。それはヘリン公国から真っ直ぐに続く道。男爵領を抜けて西へいくらか行ったところで、トラナタ街道とぶつかります。利便性の面からトラナタのほうに人が集まるようになり、今シャリマ旧街道を行くのは一部の観光客くらいのものだとか。

「今でも混雑を避けたい人は旧街道を使うと思います」

 アーサー様も頷きました。

「急いでいて、しかも人目を避けたい密使もね」

「帝国側からの接続効率も悪いのでヘリンの密使なら必ずこちらを」

 椅子に腰掛けて、アーサー様が細く長い息を吐きます。薄く唇を噛む仕草に、対処方法について考えているのだろうことがわかりました。私もはす向かいの椅子に座って、彼の次の言葉を静かに待ちます。

 どれくらいの時間が経ったでしょうか。司書の先生が一度だけ本を棚に戻しにいらっしゃいましたが、またすぐに事務室へと戻られたようでした。

 ふいにアーサー様が「ん」と声をあげます。

「国に対して直接嘆願が出ていないか念のため確認するけど、それがなければやはり王家と言えど根拠もなしに領地の問題に口は出せないかな。男爵家側を叩いて男爵夫人の悪事を明らかにするほうが結局は早いだろうね」

「そう、ですよね」

「でもスラットリー男爵令嬢が何も言わない限り、俺たちが動くこともできない」

 そうなんですよね。マリナレッタさんの訴えにより、という大義名分がないので調査さえ難しい。やはりここは、アーサー様が彼女と距離を縮めて……!

「またろくでもないことを考えてる顔だ」

「まさか!」

 お二人は結ばれるんですから、それがちょっと遅いか早いか、過程をすっ飛ばすか否かの違いでしかないと思うのですけど。

 アーサー様が地図を丸めながら席を立ちました。

「順番は前後するが、先に調査だけは進めておくよ。その間に、エメリナがスラットリー男爵令嬢から話を聞き出しておいて」

「え、私がですか?」

「他に誰がいると思ってるの。俺は彼女とふたりきりでは会わないし、男爵家の内情を多くの人間の前で吐露することもないよね」

「頑固……」

「頑固なのは君でしょ」

 くるくるっと巻いた地図を紐で結んで、筒状になったそれで机の上をポコンポコンと叩きました。

「全っ然わかってくれないようだから、ハッキリ言っておく。俺は君が好きだ。いい? エメリナだけが好きなんだよ。今も、そしてこの先もずっと」

「でも」

「予言書は俺も信じる。でもね、人間の心はそれに縛られないんだよ」

 席を立ったアーサー様はそっと私の頬を撫でてから、地図を手に司書の先生がいるはずの事務室のほうへと向かいました。

 そんなこと言われなくたってわかります。私だって、推しと推しが幸せになる未来のためにこんなに頑張って気持ちを抑えてるんですから!
 いえ、この世界の私にとっては最初から推しじゃなかったですね。憧れから始まって、孤児院の支援に関して意見交換をする機会が増えて、いつの間にか恋をしてた。
 だけど、彼はマリナレッタさんと結ばれさえすれば、ふたりとも幸せになれるって約束されてるんですよね。私ではそうはいかないじゃないですか、彼を幸せにできるかわからないんです。

 ばーかばーかと呟きながら、自分の言い分が破綻し始めていることから目を逸らしました。

「俺の手で動かせる範囲で調査隊を組むよう指示してきた。朝を待たず出発させるよ」

 戻って来たアーサー様がそうおっしゃいます。

「指示?」

「あの司書は俺の手のうちにある王家の駒だよ」

「……ぐほっ、コホッコホッ! もしかして」

 驚き過ぎて咽ました。あの司書の先生はいつもここにいます。それは、私が追放先の他国について調べていたときも同様で。
 小さく睨む私に、アーサー様はしてやったりみたいな顔で笑いました。

「ずいぶん熱心に調べてたみたいだけど、仕方ないよね、追放される可能性があったんだから。うん、理解はするよ。でももう心配しなくていい。追放なんてあり得ないことだからね」

「プライバシーの侵害です」

「図書館の利用は生徒の全てに開放される代わりに、司書が利用実態を調べてもいる。調査結果は図書館の運営に反映されるわけで、公益のためだよ」

「調査結果をアーサー様がご存知なことが問題だと言ってるんです!」

「いくらでも反論できるけど、ここは甘んじて受け止めておこうかな」

 むぅ。受け止められちゃったらこれ以上言うことないじゃないですか。ずるい、ずるい大人だ!

 アーサー様が隣に座って、私の髪に触れました。手に取った一房の髪をさらさらと落とすのを繰り返しています。彼に触れられるのが心地いいことだって、知りたくなかったな。

「他に質問は?」

「あ、さっきの伯爵令息」

「ん」

「瞬間移動しました?」

 大爆笑されました。
 彼は双子なんだそうです。しかも双子同士でマリナレッタさんを取り合ってるとか。知らなくていい情報だった……。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

転生令嬢は捨てられた元婚約者に微笑む~悪役にされたけど、今さら愛されてももう遅い~

exdonuts
恋愛
前世で酷く裏切られ、婚約破棄された伯爵令嬢リリアーナ。涙の最期を迎えたはずが、気づけば婚約破棄より三年前の自分に転生していた。 今度こそもう誰にも傷つけられない——そう誓ったリリアーナは、静かに運命を書き換えていく。かつて彼女を見下し利用した人々が、ひとり、またひとりと破滅していく中……。 「リリアーナ、君だけを愛している」 元婚約者が涙ながらに悔やんでも、彼女の心はもう戻らない。 傷ついた令嬢が笑顔で世界を制す、ざまぁ&溺愛の王道転生ロマンス!

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///) ※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。 《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》

悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。

倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。 でも、ヒロイン(転生者)がひどい!   彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉ シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり! 私は私の望むままに生きます!! 本編+番外編3作で、40000文字くらいです。 ⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?

ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」 バシッ!! わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。 目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの? 最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故? ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない…… 前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた…… 前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。 転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

処理中です...