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第18話 恋バナになりました
しおりを挟むアーサー様と今後の方針を確認して三日が経過しました。彼が編成した調査隊はとうに出発して、スラットリー男爵領へ向かっているところだと思います。
私の目の前ではマリナレッタさんが所在無げにキョロキョロと周囲を見回しています。私が小さく咳払いをすると、ビクっと身体を震わせました。
「物珍しいのはわかるけど、はしたなくてよ」
「は、はい! ごめんなさい!」
不格好にぴょこんと頭を下げます。うん、やはり淑女教育が必要ですね。
彼女は顔を上げながら、それでもなお視線がチラチラと周囲に向かいます。
「あの、あたしの部屋と全然違って」
「そうでしょう。身分や学院への寄付金の大きさに応じて部屋のグレードが変わるから」
わぁ、と言いながら再び室内を見回します。
ここは寮の私室で、マリナレッタさんをお茶会にご招待したのです。お茶会と言ってもふたりだけだし、ちょっとお喋りをするだけの気取らない集まりですけど。
ポットにお湯を注ぎ入れて覆いを被せ、蒸らす間にお菓子を用意します。常備している焼き菓子と、スミレの砂糖漬け。
「わー、かわいいですね!」
「香りが強いから多くは食べられないかもしれないけど。紅茶に入れても美味しいのよ」
「素敵……! なんだか王太子殿下の目にも似てるみたい」
「あ……。そうね、彼がくださったの」
そう言いながらマリナレッタさんの様子を窺ったのですが、彼女はキャァキャァとはしゃぐばかりで本音は見えませんでした。
まぁマリナレッタというキャラクターに、嫉妬のような感情はほとんどありませんでしたけど。自分は殿下にふさわしくないって最後まで身を引こうとする子ですし。だけどちょっとだけ姿を見たい、声が聞きたいって葛藤しながらアーサー様と秘密の逢瀬を重ねてしまうんですよね、切なかったなぁ……。
原作を思い出して遠い目になった私に、マリナレッタさんが不安げな様子。怖がらせてしまったかしら!
「ワイゼンバウムさんは」
「エメリナでいいわ」
「……っ! あ、ありがとうございます! どうしよう嬉しい、うわぁ、どうしよう。エメ、エメリ」
「落ち着いて?」
紅茶をカップへ注ぎ、マリナレッタさんへ差し出します。
彼女は目を輝かせながらスミレを一枚、カップへと浮かべました。溶けるように沈んで、ティースプーンでくるりと混ぜると澄んだ紅が少し茶色っぽくなりました。ウーロン茶みたいな色。
「わぁ、本当にスミレの香りがすごい!」
はしゃぎながら香りを堪能するマリナレッタさんに、私はどこから話をしようかと悩んでいます。でも考えてもわからなくて、結局最初のボールは相手に渡すことにしました。
「何か言いかけなかった?」
「あ、そうでした。エメ、エメリナさん、あ、エメリナさま、は王太子殿下のことが好きなんですよね……?」
え……っと。ド直球では?
びっくりしました、びっくりしました!
これが最近の若い子の恋愛術なんですか? ライバルの気持ちを先に確認しておきたいみたいな、そういうアレですか? あ、私たちが感情のない政略結婚であることを望んでいるとか?
なんと返答したらいいのかわからなくて、というより驚いて目を見開いたまま止まってしまった私に、マリナレッタさんが続けます。
「人を好きになるってどういう気持ちなのか、あたしにはまだちょっと難しくて。エメリナさまと殿下はとても仲良しだし好き合ってるって感じがするので、教えてもらえたらなって」
「すすすすす好きあっ、えっ?」
「きゃーっ可愛い! エメリナさまお顔真っ赤ですよ、やだー!」
なに? なんですかコレ?
気持ちを落ち着かせようと紅茶を口に含みました。熱っ!
「マ、マリナレッタさんは気になる殿方はいないの?」
「あの、好きってどんな気持ちかわからないんですけど、気になるって言うと殿下……といつもご一緒の」
「双子」
「そうです! 初めてお会いした日を覚えてますか? 医務室へ連れて行ってくださったあとも、お会いするたび怪我の状態を心配してくれて」
溜め息が出そうになって、慌ててそうと知れないように深呼吸しました。
出会いのイベントシーンって、アーサー様か伯爵令息かでキャラクター選択できるタイプのゲームブックでしたっけ、違いますよね、大丈夫?
「私、彼らがどっちがどっちか見分けがつかなくて」
「あたしもです! あ、いえ違いはわかるんですけど、最初に医務室へ連れて行ってくださったのがどちらか、というのがもうわからなくなってしまって。お名前聞いておけばよかった」
「駄目ね」
「ですよね……」
見るからにションボリしてしまったマリナレッタさんに、掛ける言葉が見つかりません。ていうか、私の今までヤキモキしてきた時間を返してほしい気持ちです。そりゃあ勝手にヤキモキしてただけですけど。
「単刀直入に聞いたらいいんじゃないかしら」
「それはそれで怖いというか。あたし、スラットリー家をどうにかするためにお婿さんをとらないといけないんです。だから」
好きな方が長男だと困る、ということでしょうか。だから知りたくないと。
スカイブルーの瞳に憂いが浮かび、それは既に恋する女の子の目に見えました。双子のそれぞれに好感はあるけれど、最初に助けてくれたほうが好きってことですよね。わかります、わかります。キュンとしますもんね、でもそれアーサー様じゃなかったんですね。おいたわしや、アーサー様。
あっ、違います。恋バナは楽しいのですけど、私の目的はそこにはありません。
せっかく男爵家の話になったんですから、まだ最初のお喋りですけどもう少し踏み込んでみましょう。
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