19 / 32
第19話 勘違いだったようです
しおりを挟むマリナレッタさんは寂しそうに笑ってクッキーを摘まみました。
私はどのように問えば核心に近づけるだろうかと、懸命に言葉を探します。
「だ……男爵家にこれから男児が生まれるかもしれないでしょう? 長男か次男かなんて、気にしなくてもよくなるかも」
「アハハ。そうだといいんですけど、それはそれで伯爵家にお嫁にいけるほど礼儀作法がちゃんとしてないから」
「学ぶ前から何をおっしゃるの。そんなもの、努力してから言ってちょうだい。いいわ、私が教師を手配してあげる」
「え?」
「え?」
ついポロっと言ってしまいましたけど、私いま教師をどうにかするって啖呵を切っちゃいましたよね? あら、これアーサー様の役割なのに。
……まぁ、いっか。もうアーサー様とマリナレッタさんが恋仲になることってないんだわ。嬉しそうにソワソワしてるマリナレッタさんに、アーサー様をオススメなんてできないもの。そんなの、現実のヒロインにとっては幸せじゃないもの。
「あ、でも、弟ができることはないと思います。お父さん、あ、父はいま病気で先も長くないって」
「どんなご病気? 医師はなんて?」
「いえ、原因不明と言われました。何をしても悪くなる一方で手の施しようがないんだそうです」
ふむ、と心配そうな顔で頷いて見せました。心配していないわけではないですけど、アーサー様の調査隊がどうにかしてくれるはずですから、きっと大丈夫。
確か、食事を摂っても毒を混ぜられているから戻してしまったりして、栄養不足というのもあるのですよね。
私はどうにか調査に踏み切るに値する言葉を引き出したくて、じりじりと核心部分へ近づいていきます。
「以前からお身体は悪かったのかしら」
「それは……」
マリナレッタさんが口ごもりました。
前男爵夫人と長女の死亡事故についてはアーサー様のお耳にも届いていた通り、故意に引き起こされたものではないかと少し騒ぎになりましたからね。男爵の健康が損なわれ始めた時期を知るマリナレッタさんはきっと、心のどこかで後妻を疑っているはずです。
……って、原作で読みました。
テーブルの上に置かれた彼女の手に私の手を重ねます。
手はできるだけ膝へ、だなんてそんなことは後で教師に教わればいいことです。
「私に何か力になれることはない? こう見えて、結構いろんなことができるのよ。きっと、王家の次に」
「エメリナさま……。ありがとうございます。でも、大丈夫です。我が家のことですから、あたしがどうにか」
「どうにかできるの? できないまま、学院に押し込まれたのではなくて?」
男爵を殺害するのに、娘が同じ屋敷の中にいてはやりづらいですからね。マリナレッタさんを学院に入学させることをしきりに男爵へ勧めたのは後妻のはず。人を疑うことを知らない、いえ、人を疑うことを恥ずべきと考えるマリナレッタさんでは戦う前から勝敗が喫しているのです。
マリナレッタさんは泣くのを我慢して小鼻がひくひくと膨らみました。泣き顔まで可愛い!
「ごめんなさい、やっぱり助けてほしい、です。父の病状はすごく心配だし、それに領地のみんなも元気にしてるのか気になってて。お義母様は……」
「男爵夫人がどうしたの?」
「お義母様は元々メイドでした。ハウスメイドが三人だけの小さな屋敷に、数年前に執事が新しいメイドとして連れて来たのがお義母様です。領地経営はお義母様には少しだけ難しいと思います。あたしにも、まだちょっと難しいけど」
「領地の管理について、手伝ってほしい?」
ためらいがちに、小さく頷きました。
「執事がどうにかしてくれてるとは思うんですけど、それはそれで彼の負担が大きいから」
「そういうことなら、アーサー様にお願いしてみるわね。領地経営に公爵家は口を出せないけれど、アーサー様ならいい方法を見つけて対応してくださるはずよ」
モナ・リザをイメージした慈愛の微笑みを浮かべながらハンカチを差し出します。
助けてほしいという言質をとったんですから、これ以上ないほど上々の成果を得られたと思います! しかもちゃんとアーサー様に動いてもらうことも伝えましたし!
マリナレッタさんはハンカチを手に取ると、プシーと鼻を噛みました。飾らない女性って好きですよ、私、はい。
「ありがと、う、ございばす」
「他に、何か伝えたいことやしてもらいたいことはある?」
ぐしぐしと目元を拭ってから、涙に濡れたスカイブルーの瞳が私を見つめました。
「エメリナさまみたいになりたい、です」
「私?」
「はい。憧れてるんです、初めてお会いしたときからずっと」
……なんて?
なにか、嫌な予感がします。
「あの時ちゃんと叱ってくださったからハンカチ持ち歩くようになったし、」
そう言いながら思い出したようにご自身のハンカチを引っ張り出しました。次は持ってても使わなかったら意味がないと教えて差し上げる必要がありますね、これ。
「それに、大丈夫じゃなかったら助けを求めろって言ってくださったから、あたし」
「そうね、だから今ちゃんと助けてって言えたのね」
だいぶ冷えてしまった紅茶をぐびっと飲んで、マリナレッタさんが恥ずかしそうに笑いました。
「まえ、王太子殿下にエメリナさまのこと『憧れ』だって言ったんです」
「え」
「そしたら、『すごく嬉しい』っておっしゃってました。自分が誰かに好かれるより、エメリナさまが好かれるほうが嬉しいんだって」
やっぱり!
そういう話になりそうな気がしたんですよ、私。ぜんぶぜんぶ私の勘違いでした! ね!
10
あなたにおすすめの小説
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
転生令嬢は捨てられた元婚約者に微笑む~悪役にされたけど、今さら愛されてももう遅い~
exdonuts
恋愛
前世で酷く裏切られ、婚約破棄された伯爵令嬢リリアーナ。涙の最期を迎えたはずが、気づけば婚約破棄より三年前の自分に転生していた。
今度こそもう誰にも傷つけられない——そう誓ったリリアーナは、静かに運命を書き換えていく。かつて彼女を見下し利用した人々が、ひとり、またひとりと破滅していく中……。
「リリアーナ、君だけを愛している」
元婚約者が涙ながらに悔やんでも、彼女の心はもう戻らない。
傷ついた令嬢が笑顔で世界を制す、ざまぁ&溺愛の王道転生ロマンス!
公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。
三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*
公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。
どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。
※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。
※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。
悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。
倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。
でも、ヒロイン(転生者)がひどい!
彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉
シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり!
私は私の望むままに生きます!!
本編+番外編3作で、40000文字くらいです。
⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
気付けば名も知らぬ悪役令嬢に憑依して、見知らぬヒロインに手をあげていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
私が憑依した身体の持ちは不幸のどん底に置かれた悪役令嬢でした
ある日、妹の部屋で見つけた不思議な指輪。その指輪をはめた途端、私は見知らぬ少女の前に立っていた。目の前には赤く腫れた頬で涙ぐみ、こちらをじっと見つめる可憐な美少女。そして何故か右手の平が痛む私。もしかして・・今私、この少女を引っ叩いたの?!そして何故か頭の中で響き渡る謎の声の人物と心と体を共存することになってしまう。憑依した身体の持ち主はいじめられっ娘の上に悪役令嬢のポジションに置かれている。見るに見かねた私は彼女を幸せにする為、そして自分の快適な生活を手に入れる為に自ら身体を張って奮闘する事にした―。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
悪魔が泣いて逃げ出すほど不幸な私ですが、孤独な公爵様の花嫁になりました
ぜんだ 夕里
恋愛
「伴侶の記憶を食べる悪魔」に取り憑かれた公爵の元に嫁いできた男爵令嬢ビータ。婚約者は皆、記憶を奪われ逃げ出すという噂だが、彼女は平然としていた。なぜなら悪魔が彼女の記憶を食べようとした途端「まずい!ドブの味がする!」と逃げ出したから。
壮絶な過去を持つ令嬢と孤独な公爵の、少し変わった結婚生活が始まる。
悪役令嬢としての役割、立派に努めて見せましょう〜目指すは断罪からの亡命の新しいルート開発です〜
水月華
恋愛
レティシア・ド・リュシリューは婚約者と言い争いをしている時に、前世の記憶を思い出す。
そして自分のいる世界が、大好きだった乙女ゲームの“イーリスの祝福”の悪役令嬢役であると気がつく。
母親は早くに亡くし、父親には母親が亡くなったのはレティシアのせいだと恨まれ、兄には自分より優秀である為に嫉妬され憎まれている。
家族から冷遇されているため、ほとんどの使用人からも冷遇されている。
そんな境遇だからこそ、愛情を渇望していた。
淑女教育にマナーに、必死で努力したことで第一王子の婚約者に選ばれるが、お互いに中々歩み寄れずにすれ違ってしまう。
そんな不遇な少女に転生した。
レティシアは、悪役令嬢である自分もヒロインも大好きだ。だからこそ、ヒロインが本当に好きな人と結ばれる様に、悪役令嬢として立ち回ることを決意する。
目指すは断罪後に亡命し、新たな人生をスタートさせること。
前世の記憶が戻った事で、家族のクズっぷりを再認識する。ならば一緒に破滅させて復讐しようとレティシアには2つの目標が出来る。
上手く計画に沿って悪役令嬢を演じているはずが、本人が気が付かないところで計画がバレ、逆にヒロインと婚約者を含めた攻略対象者達に外堀を埋められる⁉︎
更に家族が改心して、望んでいない和解もさせられそうになるレティシアだが、果たして彼女は幸せになれるのか⁉︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる