25 / 32
第25話 大事なことに気づかされました
しおりを挟む月の下でのダンスを途中で止めて、私は誤魔化すように笑みを浮かべました。それはもしかしたら、泣いているように見えたかもしれません。上手に表情を作れた気がしないから。
「向き合えって……何をおっしゃってるのか」
アーサー様の左手が私の右手から離れて、指先がとても冷たく感じられます。彼は私に背を向けて月を見上げました。赤い月は確かにエメリナの瞳のようで、でもその瞳はまるで私を責めているようにも見えて。
「逃げ出したい?」
「え?」
不意に投げかけられたシンプルな問いに答えることができませんでした。アーサー様は私に背を向けたまま続けます。
「いいよ。今日だけ、逃がしてあげる」
一瞬、何を言われたのかわかりませんでした。でも彼が拳をぎゅっと握ってるのを見て、私は急に腹が立ってきました。
「アーサー様は私を買い被りすぎていると思います」
「買い被る?」
「そんなポエムな言葉を投げかけられたって私にはそれを理解するほどの頭脳がありません!」
「ポエ……ッ」
アーサー様が振り返りました。何を言われたのかわからないといったような表情で、スミレの瞳をまん丸にして。
言ってしまってから、私は王太子殿下に向かってなんてことを言ってしまったのかしらって、急に血の気が引いてしまいました。いいえ、血がどこかに行ったなら、ぐるぐる回転させるのみ! というわけでテーブルに置かれたままのグラスの中のワインを一気に流し込みます。ついでにもう一杯手酌で注いで、それも飲み干しました。
うん、ちょっとあったかくなってきました。
「エメリナ、そんな一気に」
「いいですか、殿下。ダンスはひとりでなんて踊れません。私はいつだって貴方を信頼して身体を預けて来たでしょう。それは物理的なことだけを指しているわけではなくて、スラットリー男爵家のことだってパレードの件だって、殿下が大丈夫と言えば私はそれだけで安堵するくらいに信頼してるんです」
「あ、はい。その節はありがとうございます」
さらにもう一杯飲もうとしたのを、一足飛びにそばへ来たアーサー様が阻止しました。どうして。
「私に一体何を求めてらっしゃるのか、もっと具体的に言っていただかないと――」
「気持ちを聞かせろって言ってる」
アーサー様が私の手からグラスを奪い取ってテーブルへ置きます。そして私自身がまるでワイングラスであるかのように、優しく背中に腕を回しました。肩にアーサー様のお顔が埋められます。
「俺が他の女性と親しくしたら嫉妬してくれるのかとか、予言が外れて君は俺の婚約者のままだけどそれについてどう感じているのかとか、そもそも俺のことをどう思っているのかとか」
「えっと、それは」
アーサー様の身体が離れ、椅子から取り上げたショールを私の肩に掛けました。そのままゆっくりと私自身を椅子へと誘導して座らせ、ご自身も向かいの椅子へ。
「君は昔から君だった。覚えてるかわからないけど、幼いころ君は『お酒は大人になってから』と言ったんだ。不思議なことを言うものだと思ったけど、最近は酒が若年者に与える影響について論じるものも少なくなくてね、今になってなるほどと驚いてる」
この国では十三歳から飲酒が認められていますし、さらに小さな子にも薄めたものを飲ませたりします。飲料水の確保が難しかった昔ならいざ知らず、いまこの時代では不要な習慣です。
「前世では当然のことで」
「うん。君が前世を思い出す前の話だよ。他にもある。子どもにコルセットは良くないとか、貧困層の子どもにも学びをとか、子どもは国の宝だとか。はは、君が妙に熱くなるのは決まって子どもの話ばかりだったね」
確かに、当時は成長を阻害するコルセットを子どもに強要するなんてと憤慨したんです。
アーサー様が思い出を語るたび、当時の気持ちを思い出しました。着ぐるみのようにエメリナという人物を動かしているつもりでいた私と、ガワだったはずのエメリナとが少しずつ一体となっていく感覚。
「私……突然、前世を思い出してしまったから、過去のエメリナとは別の人格かと思って」
「違うよ。君はずっと君だ」
そうでした。過去のエメリナに、原作に描かれたエメリナ像を押し付けたのは私自身なのです。原作を思い出してしまったが故の、思い込み。
「でも、アーサー様だって私を分けていらしたでしょ。理解できないとか理解したいとか」
「ああ、それね」
アーサー様は楽しげに笑って私のグラスにワインを注いでくださいました。飲酒が解禁です。彼の回答を聞くのが少し怖い気がして、唇の乾きをワインで潤しました。
「子どもは国の宝だって言ったときのこと、覚えてるかな。あまりの熱量に俺が『もっとツンとした子だと思ってた』って言ったんだ。君はなんだって完璧にこなすし、笑顔も少なかったからね。そしたら君が――」
「お互い様でしょって……申し訳ありません、あの時はまだ」
「いいんだ。それから俺たちは話をする機会が増えた。というか、何かと理由をこじつけて俺が時間をとるよう駄々をこねたんだけどね。そこで俺は君を理解できないんじゃなくて、理解しようとしなかったんだって気づかされた」
今度はアーサー様がグラスを一気に空ける番でした。
「ヘリン公国の発音が難しいって拗ねたとき、俺が喋れるんだから練習しなくていいって言ったことがあった。ひとつくらいできないことがあってほしかったんだ、情けないことにね」
「ふふ、そういえばそんなことも……あ」
「思い出した?」
グラスを取り落としそうになって、どうにかテーブルへと戻しました。
あのとき私は「勉強するのはいつか王妃になるかもしれないからだけど、勉強したいのは貴方の隣にいたいから。貴方のおじい様やおばあ様とちゃんとお喋りしたいから」そう答えたはずです。
私はずっと前から彼を愛し、王妃となって添い遂げる覚悟を持っていた。白い布にインクを落としたように、当時の気持ちが胸に広がっていきます。
切なさと喜びと愛しさとが胸にいっぺんに去来して、今すぐにもアーサー様の胸に飛び込みたくなって。
でも道徳的な周防エミリが邪魔をするんですけど! 学院内で不純異性交遊ダメ、絶対!
いったんここは退きましょう。戦略的撤退です。周防エミリの勝ち。
席を立った私にアーサー様は何も言わず頷きました。「今日だけ逃がしてあげる」の意味がわかったというか、その優しさに感謝して私は屋上を後に。
やばいです、やばい。脈拍がおかしい。
着ぐるみの中の第三者って顔で他人事のようにしてたけど、そうじゃなくて。私はずっと、今も、彼を愛してる……!
10
あなたにおすすめの小説
大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!
古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。
その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。
『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』
昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。
領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。
一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――
気付けば名も知らぬ悪役令嬢に憑依して、見知らぬヒロインに手をあげていました
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
私が憑依した身体の持ちは不幸のどん底に置かれた悪役令嬢でした
ある日、妹の部屋で見つけた不思議な指輪。その指輪をはめた途端、私は見知らぬ少女の前に立っていた。目の前には赤く腫れた頬で涙ぐみ、こちらをじっと見つめる可憐な美少女。そして何故か右手の平が痛む私。もしかして・・今私、この少女を引っ叩いたの?!そして何故か頭の中で響き渡る謎の声の人物と心と体を共存することになってしまう。憑依した身体の持ち主はいじめられっ娘の上に悪役令嬢のポジションに置かれている。見るに見かねた私は彼女を幸せにする為、そして自分の快適な生活を手に入れる為に自ら身体を張って奮闘する事にした―。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
転生令嬢は捨てられた元婚約者に微笑む~悪役にされたけど、今さら愛されてももう遅い~
exdonuts
恋愛
前世で酷く裏切られ、婚約破棄された伯爵令嬢リリアーナ。涙の最期を迎えたはずが、気づけば婚約破棄より三年前の自分に転生していた。
今度こそもう誰にも傷つけられない——そう誓ったリリアーナは、静かに運命を書き換えていく。かつて彼女を見下し利用した人々が、ひとり、またひとりと破滅していく中……。
「リリアーナ、君だけを愛している」
元婚約者が涙ながらに悔やんでも、彼女の心はもう戻らない。
傷ついた令嬢が笑顔で世界を制す、ざまぁ&溺愛の王道転生ロマンス!
悪役令嬢がヒロインからのハラスメントにビンタをぶちかますまで。
倉桐ぱきぽ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生した私は、ざまぁ回避のため、まじめに生きていた。
でも、ヒロイン(転生者)がひどい!
彼女の嘘を信じた推しから嫌われるし。無実の罪を着せられるし。そのうえ「ちゃんと悪役やりなさい」⁉
シナリオ通りに進めたいヒロインからのハラスメントは、もう、うんざり!
私は私の望むままに生きます!!
本編+番外編3作で、40000文字くらいです。
⚠途中、視点が変わります。サブタイトルをご覧下さい。
公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。
三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*
公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。
どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。
※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。
※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。
記憶を失くして転生しました…転生先は悪役令嬢?
ねこママ
恋愛
「いいかげんにしないかっ!」
バシッ!!
わたくしは咄嗟に、フリード様の腕に抱き付くメリンダ様を引き離さなければと手を伸ばしてしまい…頬を叩かれてバランスを崩し倒れこみ、壁に頭を強く打ち付け意識を失いました。
目が覚めると知らない部屋、豪華な寝台に…近付いてくるのはメイド? 何故髪が緑なの?
最後の記憶は私に向かって来る車のライト…交通事故?
ここは何処? 家族? 友人? 誰も思い出せない……
前世を思い出したセレンディアだが、事故の衝撃で記憶を失くしていた……
前世の自分を含む人物の記憶だけが消えているようです。
転生した先の記憶すら全く無く、頭に浮かぶものと違い過ぎる世界観に戸惑っていると……?
【完結】私ですか?ただの令嬢です。
凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!?
バッドエンドだらけの悪役令嬢。
しかし、
「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」
そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。
運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語!
※完結済です。
※作者がシステムに不慣れかつ創作初心者な時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)
※ご感想・ご指摘につきましては、近況ボードをお読みくださいませ。
《皆様のご愛読に、心からの感謝を申し上げますm(*_ _)m》
悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
※他サイト様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる