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第24話 ちゃんと踊れませんでした
しおりを挟むアーサー様の視線を追うように、私も空を見上げました。以前見た満月よりもさらに赤みが増したように思えます。
「今日は、俺にとっては記念日なんだ」
「何の日ですか?」
「孤児院で君を見た日だよ」
なんと返答していいのかわからなくて、再び月を見上げました。
アーサー様はどちらかと言えば単刀直入な物言いをする方です。でもここのところは濁すような言葉ばかり。何かを伝えようとしているのはわかるのですが。
「予言書ではエメリナが王太子殿下の真似をして孤児院の支援に乗り出したことになっていました」
なんとなく孤児院という言葉から思い出したことを口にすると、アーサー様は少し驚いたような顔をしました。そして、楽しそうな表情へ。
「予言書は確かに多くの未来を言い当ててるけど、俺と君のことだけは読みが甘いらしい。でも誰かの思った通りに動くよりはずっと気分がいいな」
ふふ、と笑う私にアーサー様が言葉を続けます。何か引っ掛かるものがあったはずなのに、それを突き止める前に思考を阻害されてしまいました。
「じゃあ、君が知っている限りで予言書は他にどんなことを言ってたか聞かせてよ。何十年先のことも書いてあった?」
「予言書はシリーズ……あ、いえ数年先について記載したものもありますが、私が熟読したのは聖トムスンデーとあともう少しだけで」
「そういえば、マリナレッタ嬢がパーティーで壁の花だったと言っていたね」
でも、現実にはそうはならないでしょうね。今の彼女はお友達もたくさんいるし、伯爵令息ズが放ってはおかないでしょうから。
いつの間にか原作とはまるで変ってしまった結果に、私もつい笑みが浮かんでしまいます。
アーサー様は無駄のない動きでワインの口を開け、グラスに注ぎました。二人でグラスを掲げると、今夜の月に、とアーサー様の唇が動きます。
喉をワインが流れていって、ぶどうの香りが鼻に抜けました。エメリナはこんな夜を想像したことがあるかしら?
「ですから聞いていただいたところで、私の知る未来などもうなんの役にも……あ」
「どうしたの?」
「ヘリン公国からの密使が無事に到着すると、すぐにも協定を結ぶこととなります」
アーサー様はすっと表情を変え、姿勢を正しました。
「年内には協定の締結を記念した催し物と、王太子殿下の新たな婚約者の発表が」
「ぶふーっ! それはないよ。真面目に聞いてたのにびっくりしちゃったな」
「いえ、そこで行われるパレードが大事なのです。一部の反王妃派が暴徒化し、一斉に検挙することとなります」
本当は暴徒化した民からアーサー様を守ろうと、マリナレッタさんが身体を張るのです。結果的に怪我はなく、アーサー様のトラウマが解消されるのですが……こんな話をすると過敏に反応しそうなので黙っておきます。
アーサー様はさすがに理解が早く、なるほどと頷かれました。
「大体どのあたりに潜伏しているかがわかるってことだね。逆に言えば、パレードを行えと」
「はい。王妃殿下やアーサー様が姿をお見せになる機会が必要かと思います」
「善処するよ」
ホッと息をついて頷きました。アーサー様は有言実行なさる方です。新しい婚約者というキッカケがなくとも、パレードかそれに類するものを実現なさるでしょう。
「私がご説明できるのはここまでです」
「じゃあ、その先は手探りで切り開いていかないといけないわけだね」
「ええ、はい」
アーサー様が立ち上がり、私のそばへといらっしゃいました。
「月の下でダンスをどうかな。ペラモスの『バルフォアの神秘』がいい。君と俺なら曲なんてなくても踊れるよね」
なんの脈絡もない申し出ではありますが、私の脳裏を昨日のアーサー様の言葉がよぎります。ひとりで踊ってる、という言葉の意味を問えるでしょうか?
返事の代わりに彼の手を取り、席を立ちました。
テーブルから離れ、一礼をしてホールド。私たちの呼吸は宮廷楽団の演奏のようにぴったりでした。それはかつてのエメリナが努力の末に手に入れた技術。
ステップを踏みながらアーサー様が笑います。
「エメリナは本当に器用だ」
「いいえ、彼女は不器用な子でした。婚約者である王太子殿下を愛していて、だからこそ必死だったんです。全ての人から認められないといけないって」
穏やかな笑みで先を促すアーサー様に、私は言葉を続けました。
「感情を表に出さないように、時と場所をわきまえたドレスをまとって、貴族の派閥争いには巻き込まれないよう細心の注意を払い、時勢を見極める」
「それらの全てにおいて、君の右に出る令嬢は他にいないよ」
「ありがとうございます。アーサー様にそう言っていただけて、救われた思いです」
「それで、今の君はどうなの?」
改めて見上げた彼のスミレ色の瞳には、必死さが滲んでいるようでした。彼には珍しく余裕のない雰囲気で。
「今の私ですか?」
「前世とやらを思い出す以前と今とで、君が自身を分けて考えているのは気付いてたよ。君がいま『彼女』と表現したようにね。言わんとすることはわかるけど、俺にとって君はずっと変わらず君のままだ」
原作に描かれた悪役令嬢であったエメリナと、過去の自分とを重ねて見ているので仕方ありません。悪役令嬢であったエメリナの感情は推し量れても、考えと行動は理解できないので。
何も答えない私にアーサー様は優しく問いました。
「今日の君は感情を表に出してたよね。ルールに則ったドレスでもない。それが本当の君で、俺が好きになった君だ」
「それは……」
「ひとりで踊らないで。俺と、そして君自身と向き合ってほしいんだよ」
ステップが止まりました。
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