鬼と天狗

篠川翠

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第二章 尊攘の波濤

針道の富豪(8)

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 それにしても、商人というのは本当に伝手が広い。鳴海は改めてその事実を見直さなければならなかった。それを口にすると、善蔵は、三春藩の財政も詳しいのだと笑って話してくれた。
 何でも安政三年に三春藩の三益講さんえきこうの結成を認められて以来、たびたび三春の大高持百姓などに出金させて、藩の御才覚金差出しのための積立を呼びかけているのだという。
 たとえば弘化五年の三益講では、三十四口のくじが販売された。うち十五口が並籤、十四口が金主、則ち講の興行主の籤、残り五口が藩の御勝手方の籤だった。掛け金は一口三十五両で販売されており、三月・七月・十一月が会月すなわち積立月である。五年で一旦満会となり、既に四十三回、会が開かれているとのことだった。
「御公儀も参加されているとは……」
 衛守は善蔵の説明に眉を顰めている。それもそのはずで、公式には幕府からこの手の「講」は禁じられているのだった。本来は発覚すれば遠島に当たる罪とされ、また、建元はむち打ちの上追放刑にされるはずである。だが近年、その罪状は有職故実の体を為しており、近隣の諸藩は自藩の財源確保のため、何やかんやと名目の付け方を幕府の咎めを受けないように工夫しながら、興行しているという。
「必ずしも悪いものではありませんよ。籤はどなたにも必ず当たり籤が回るように工夫されておりますし、年を重ねるごとに少しずつ利幅は大きくなっていきます。ですから、後になればなるほど、儲けは大きくなって手元に回ってきますな。また、籤をご購入された方は、手元不如意になった折には積立金から借り受けることもできますから、いざというときには頼りになると、三春での評判も上々でございます」
 善蔵は楽しげに話しているが、鳴海は耳が痛かった。二本松藩もその内情は三春藩と変わらず、領民に対して度々才覚金を課している。恐らく、眼の前の男は二本松藩に対しても同じように才覚金のための積立てを呼びかけて、その金主となっているに違いなかった。
 ちらりと横に座っている衛守の顔を見ると、衛守の笑顔も心なしか引き攣っている。
 衛守の引き攣った顔に気付いたか、善蔵はやや照れ臭そうな笑みを浮かべ、「まあ、一つ良しなに」と曖昧に言葉を濁して話を締めた。
「鳴海殿、衛守殿。残りが少なくなってしまいましたが、腹は減ってはおりませぬか?」
 屋敷の庭先で、焼き出された農民らに炊き出しの雑炊を配っていた成渡が、声を張り上げた。
「もらおう」
 成渡の呼びかけにほっとして、鳴海は善蔵に断り雪駄を借りて庭に出て、椀を二つ受け取った。腹は特に減っていないが、このままだと善蔵の話術に嵌りそうである。
 成渡は椀を二つ鳴海に寄越すついでに、声を低めて鳴海に囁いた。
「鳴海殿。宗形殿と何を話されていたのです?」
 鳴海は説明してやりたいが、その手には二つの椀がある。曖昧に「まあ、色々とな」と誤魔化すしかなかった。
「気をつけて下さいよ。宗形殿は義侠心も厚いが、金策が絡むと恐ろしい御仁でございます。うっかり金を借りると、高利を貪られて元利返済どころではなくなるという話ですからね」
 これほど真剣な顔をしている成渡は、そうそう見たことがなかった。周りにいる市之進や萬左衛門も、雑炊を啜りながらこくこくと成渡の言葉に肯いている。
 否定したいが、あの雰囲気は確かに只者ではないと鳴海も感じた。三春藩からも金主として頼られているというのであれば、相当なやり手に違いない。まして、算盤勘定に長けた成渡が忠告するのだから、その手腕は相当なものなのだろう。
「……気をつける」
 鳴海も善蔵に聞こえないように小声で返答すると、体の向きを変えて屋敷へ引き換えし、衛守に椀を渡した。
 雑炊は、確かに先日志摩が述べていたように、臭いはさほど気にならなかった。調理方に回った者らの味付けが良いのだろう。野蒜のびるが散らされて味噌で薄く味付けされた雑炊は、つんとした辛みと甘みが心地よい。
 一通り皆の食事が済むと、一行は暇を告げた。また善蔵には今後の針道の再建について代官である青木を通じて、追々藩から指示を与えるとの伝言を残した。
 だが、帰りしなに善蔵が鳴海の耳元で囁いた言葉は、鳴海の背筋に冷水を浴びせさせたのだった。
「鳴海殿。金子がご入用のときは、いつでも針道にお越し下さいませ」
 赤子のようににっこりと笑った無垢な笑顔が逆に恐ろしく、鳴海は引き攣った作り笑いを浮かべるだけで、精一杯だった――。

 

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