聖戦記

桂木 京

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第6章:戦火・再び。

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ふたりが地を蹴ることで発生した、爆風にも似た風が砂埃を巻き上げる。


先に仕掛けたのは、ゼロ。

一気に勝負を決めようと、突きの姿勢のまま一気に地を蹴りシエラの懐に潜り込もうと試みる。


「……!?」


しかし、シエラはそれを予測していた。
後退るどころか、シエラも思い切り地を蹴り、ゼロに突進する。


(真っ向勝負ってか?……面白れぇ!!)

ゼロが口元に笑みを浮かべる。
シエラとの距離が縮まったところで、腕力勝負に出ようと考えたのだ。
剣聖といえど相手は女性。
しかも、いま使っている獲物は、聖剣ではなく訓練用の剣。

まともにぶつかれば、男性として力の勝るゼロの方が有利だと考えたのだ。


ゼロとシエラの距離が縮まってくる。


(よっしゃ!!)


衝突する直前に、ゼロは全力で急停止し、剣を横に薙ぐ。


「そう……来ると思っていましたわ!」


しかし、シエラの身体には当たらない。
シエラはその2歩て前でもう一度地を蹴り、ゼロの背後へと跳ぶ。


「……マジかよ!!」


宙を舞うシエラを見送りつつ、ゼロがちぃっ……と舌打ちをする。
そんなゼロの肩にポンッ……と手を置き、シエラが身を翻す。


ふわり、という表現が相応しい、そんなシエラの身のこなし。
着地と同時に、ゼロの背後から胴を薙ぎ払うように剣を振る。


「……テメッ、、速すぎだろ!!」


しかしゼロもシエラの斬撃に反応する。
背中越しにシエラの斬撃を剣で受けると、掌底をシエラの腹部に放って距離とダメージを同時に稼ごうと試みる。

素早く繰り出される、ゼロの左手。
しかし、その左手が捉えたのは、シエラの踵。


「……それも、想定内です♪」


シエラは掌底をそのまま踵で受けると、ゼロの腕力も利用して後方へ跳ぶ。


再び、ゼロとシエラの間に距離が出来る。



「そんなに戦えたのかよ、お前……さすが『剣聖』だな。全然攻撃が当たらねぇ……。」


そのシエラの身のこなしに、ゼロはただ舌を巻くばかり。
そんなゼロの言葉に、シエラは優しく微笑む。


「お褒めにあずかり光栄ですわ。でも……。」


シエラが再び構え直し、言う。



「……せっかくの訓練なんです。真剣に、本気でやりましょう?」


どうやら、シエラはゼロが加減をしているのを見抜いたようだ。


「……敵わねぇな。だが俺も腹、括ったぜ。女だと思って本気が出せなかったが……今から、お前は『敵将』とみなして戦うぜ?」



ゼロが今度は、突きを主体とするような構えを取る。
しかし……


(今までとは、殺気が違う……)

その眼光の鋭さが増していた。
シエラは魔獣を相手にするかのように、緊張感を保ったまま、剣を構えた。

ーーーゼロ、あなたは優しすぎるの。剣を突き合わせる以上、相手の人となりや背景など、余計な情報になる時だってあるのよ。一瞬でも相手に優しさや情を見せた時点で自分の人生が終わるかもしれない、それが『戦争』なのよーーー



突きの構え。
剣先をシエラの喉元に合わせ、ゼロは昔、姉アインに言われたことを思い出していた。



ーーーあなたは優しい子。きっと剣士を目指したのも、国や大切な人を守るためかもしれない。でもねゼロ、『剣』は、最終的には命を奪うための武器。守るためには、相手の命を奪うことも必要なことだってある。いい?お互い武器を持って向かい合ったなら……そう言った『命のやり取り』を絶対に意識して。それが、『剣士』よーーー



脳裏に響く、アインの優しい声。

優しかった姉も、剣を手に相手と向き合う時は手加減を一切しなかった。
訓練でも、相手に花を持たせるようなことはせず、純粋に剣技を競い、そして勝利した。

それは、『戦いにやり直しなどない』ことを部下に、そして仲間に伝えるため……。



「……確かに。戦いにやり直しなんてないな。現に……俺はこの戦いでもう2度、死んでる。」


頭上を飛び越えられたとき。
背後に回られたとき。

相手がシエラではなく、無慈悲な敵だったとしたら、その時点で命を落としていたかもしれない。



「畜生……イライラするぜ……。」


ゼロの苛立ちは、シエラに対してではなく、自身の甘さに対してのもの。



故に、ゼロは切り替えることとした。

『シエラは敵。倒さねば命を落とす』


心の中で、何度も反芻するゼロ。




(……雰囲気が……変わった!)

対するシエラ。
もとよりゼロの実力を認め、警戒心だけは保っていた。
それでも前方から徐々に増してやってくる『殺気』の強さに、若干の恐怖感が生まれる。


(でも……大丈夫。しっかりとゼロを見ていれば……私なら目で追える!)


ゼロの挙動から目を離さないよう、シエラは身構える……。


「……ふっ!!」


まるで一瞬で息を吐くような、そんなゼロの掛け声。



「……え!?」


シエラが身構えるよりも早く、ゼロはシエラの眼前に居た。

(は……速い!!!)

シエラが剣を振り牽制しようとする、その右手に向かい、ゼロが掌底を穿つ。

「くっ……!」


シエラの右手に、まるで岩石が打ちつけられたかのような衝撃。
シエラも右手に力を込めることで剣を弾かれずに済んだが、右腕には微かにしびれが残る。


「オラっ!!」


間合いを取ろうと後方に跳ぶシエラ。
しかしゼロはそれを許さない。
シエラが跳んだと同時ゼロも跳ぶ。

真っ直ぐ、同じ距離で同じ方向に跳ぶふたり。


(こんなに速く……強いなんて!!)


素早さなら自分に分があると思っていたシエラ。
しかし、その素早さでさえゼロがわずかに上回ってしまう。
右から、そして左から。
巧みなステップでゼロがシエラに剣を振るう。
それを剣で弾きながら、シエラは対策を瞬時に考える。


(もう……この方法しかない。でも……卑怯ではないかしら?)


その『方法』を早く実行しなければ、シエラの敗北は決まる。
しかし、それはゼロが実行できない作戦。
しかも、今は訓練。
『勝負』としてこの戦いを勝ちにいくのか、それとも訓練として純粋な剣技での敗北を認めるのか……。


……一瞬だけ、シエラは迷った。しかし……。


「風の槌よ、敵を打ち払え!!」


シエラは、『真剣勝負』を選んだ。
即座に風の打撃系魔法を選択すると、ゼロの脇腹目掛け発動する。


「……!!」


ドガッ……という鈍い音とともに、ゼロがシエラに向かって右前方へ弾き跳ぶ。
今度はシエラの反撃。


「炎の矢よ、敵を穿て!!」

ゼロが弾かれた、その着地点に10本の炎の矢を飛ばす。
空中で態勢を整え着地したゼロに、炎の矢が一斉に着弾する。
巻き上がる砂埃。
おそらく2発は命中しただろう。

しかし、シエラは次の攻撃に移る。
今度は少しだけ詠唱をする。


「……にゃろッ!!」


ゼロは炎の矢を剣で弾いたものの、その剣は訓練用の剣。魔剣とは勝手が違う。
着弾の度に激しい衝撃が両腕に伝わる。
最初の2発だけ弾き、あとは避けることを選択。そしてそれにより巻き起こった砂埃を利用し、思い切り地を蹴った。


「……もらった!!」


ゼロが炎の矢では倒せないことなど、シエラは知っていた。
故に、次の攻撃に備えた。

しかし、砂埃の中から飛び出してきたゼロは、まるで黒い弾丸のようで……


「……っ!?」


シエラは、反応することで精いっぱいだった。
咄嗟に身を翻し、ゼロの突進を避ける。



「……ほんっとに……天才じゃねぇのか?」


一筋縄では倒せない、そう思っていたゼロあったが、一撃も有効打を与えられないシエラに対し、悔しさと同時に尊敬の感情も生まれる。



「でもな……俺だって、成長してないわけじゃねえんだ……ぜっ!!」


しかし、ゼロはにやりと笑うと。剣を思い切り縦に振り抜く。
シエラに斬撃を浴びせるには遠すぎる、そんな間合いで。



「……はっ!?」


シエラが気付いた時にはすでに遅かった。
ゼロは、ただ闇雲に剣を振ったわけではなかった。


ドカッと大きな音を立てて、シエラの身体が宙を舞う。
そして、そのままシエラは尻餅をつくような形で着地した。


「まさか……衝撃波を放つなんて……。」


ゼロは、魔剣の力なくして魔法を使う事は出来ない。
そのハンデを、ゼロは自ら克服したのだ。


「アズマの国で見かけてな。剣豪たるもの、剣気で敵を穿つべし、ってな。」


ゼロがゆっくりと剣を鞘に納め、シエラのもとへと歩き出す。


「見たって……それをこの短期間で会得してしまうなんて……。剣気なんて、剣豪の中でも達人クラスの技、でしょう?」


恐れ入った、といった表情で、シエラはそのまま訓練用の剣を自身の傍らに置く。


「本当は、エルシードの戦いで使いたかったんだけどな。出来なかった。俺の力不足だ。」


ようやくシエラの側までたどり着いたゼロは、そのままシエラの正面に腰を下ろした。


「……わりぃ。お前相手に乱暴な真似、しちまった。」

「……いいえ。私も魔法なんて……大人げないことを。」


ゼロとシエラが、同時に小さく頭を下げ……


「……ぷぷっ!」

「……うふふ!」



ふたり同時に笑いだす。


「でも……楽しかった。戦いの訓練でそんなことを思うのは不謹慎かもしれませんが……なんだか、昔を思い出したような気がします。」


昔。
今や敵となったジェイコフに、剣技のいろはを叩き込まれた、あの日。
そして、ゼロの姉アインを初めて見た時に感じた、女剣士としての『憧れ』を。


「あぁ……。なんか、お前と戦っているとき、何でか姉貴を思い出したよ。」



ゼロも、同じように昔を思い出していた。
女剣士として名を馳せていた、強く美しい姉の姿を。

そう、ゼロはシエラにアインの姿を重ねていたのだ。


「姉貴と、生まれて初めて組み手をした、そんな気がした。」


顔を赤らめながらも、ゼロは思っていたことを口に出し……。


「同い年ですが……良いんですよ?私に甘えてくださっても……。」


そんなゼロを、笑顔でからかうシエラがそこに居た。

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