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第1章 弟子入り
10 処理士の日常
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(よし、いよいよ点火)
距離はあるが、一希にも緊張感が伝わってくる。
間もなく、先ほど旗が立っていた位置で小さな炎と白煙が上がり、一足遅れてパン、と爆発音。たったそれだけのことだが、映像でしか見たことがなかった爆破処理が、今自分が吸っている空気の中で行われていると思うと、興奮せずにはいられない。
村越は後処理を済ませ、無事に爆弾の残骸を回収した。新藤と二言三言交わすと、村越は立ち入り禁止テープの撤去に取りかかる。
よし、とばかりに一希は橋を渡り、二人の元へと走った。一希がいた側のテープ回収に向かおうとする村越に挨拶を済ませ、探査機を片付けている新藤に声をかける。
「新藤さん、今日はどうもありがとうございました。あ、これ……双眼鏡、ありがとうございました、わざわざ」
「ああ。それにしてもただの探査を、参加もできないのに見たいと言ってきたのはお前が初めてだ。何か役に立ったか?」
「もちろんです。あの、見学ついでにちょっとお聞きしてもいいですか?」
「何だ?」
「今日の探査は、軍からの要請じゃなく、新藤さんがご自分でなさってる分ですよね?」
ただの丸は俺が勝手にやってる分、という新藤の言葉を忘れる一希ではない。
「ああ」
「この川原は、軍の分類でいうとどれなんですか?」
「何も出なくても報酬対象になるエリアだ」
「ってことは、これから宅地開発の予定か何かあるんでしょうか?」
「いや、そういう話は聞いてないが、川下の方に新しく団地ができたからな。子供の遊び場になることを想定してるんじゃないか?」
「なるほど……じゃあ、あの林の中もいずれなさるんですか?」
「いや、あっちは他の処理士がこないだ済ませたところだ。別の補助士付きでな。新人にはなかなか実践の機会がないから、こうやって可能な限り分けていこうってことになってる」
「へえ! そうなんですね」
教本には載っていない貴重な現場事情に、一希は思わず目を輝かせる。
「あと、探査のやりがいって何ですか?」
新藤は首をかしげる。
「やりがい? ……考えたことないな。基準は常に安全と報酬ぐらいなもんだ」
「先ほどの村越さんはちなみに、どの級の方ですか?」
「初級だ。中級の受験を三月に控えてるから、今のうちに実務経験を稼いでおけば、いざ受かってからの仕事も入りやすくなるだろう」
不発弾処理補助士の資格試験には初級、中級、上級の三段階がある。三者に共通するのが運動能力試験と健康診断。それ以外に、初級では書類審査と筆記試験。養成学校を卒業して試験を受け、学校が斡旋する実習の証明書を出せば大抵は合格だ。中級ではさらに実技試験と面接が加わる。
「村越さんから最後に何か質問をされてませんでしたか?」
「ん? ああ、確かに質問には違いない。対岸の女は一体何者だ、と」
「あ……すみません、きちんと自己紹介すればよかったですね」
わざわざ橋を渡り、双眼鏡まで届けさせられたのだ。新藤の指示とはいえ、得体の知れない若い女のためになぜ自分が、と多少なりとも不服だったに違いない。
「うちに通い詰めた挙句、探査を見せろと迫ってきた物好きだと紹介しておいたぞ」
恐縮してうつむいた拍子にふと、新藤がぶら下げた工具箱に目が行く。
「鹿、追い払ってましたね」
一希が思い出しながら思わずくすくす笑い出すと、新藤もわずかに口角を緩めた。
「立ち入り禁止が通用しない相手もいるってことだ。山奥の奴らはまだものわかりがいいが、この辺の林から出てくるようなのは中途半端に人間に慣れてるからタチが悪くてな」
荷物を車に載せ終えた新藤に、一希は改めて丁重に礼を述べた。
「処理士の日常、か。確かに傍から見りゃ、意外に面白いもんかもしれんな」
腕利きの処理士はそんなことを呟き、しばし川面を見つめた。
距離はあるが、一希にも緊張感が伝わってくる。
間もなく、先ほど旗が立っていた位置で小さな炎と白煙が上がり、一足遅れてパン、と爆発音。たったそれだけのことだが、映像でしか見たことがなかった爆破処理が、今自分が吸っている空気の中で行われていると思うと、興奮せずにはいられない。
村越は後処理を済ませ、無事に爆弾の残骸を回収した。新藤と二言三言交わすと、村越は立ち入り禁止テープの撤去に取りかかる。
よし、とばかりに一希は橋を渡り、二人の元へと走った。一希がいた側のテープ回収に向かおうとする村越に挨拶を済ませ、探査機を片付けている新藤に声をかける。
「新藤さん、今日はどうもありがとうございました。あ、これ……双眼鏡、ありがとうございました、わざわざ」
「ああ。それにしてもただの探査を、参加もできないのに見たいと言ってきたのはお前が初めてだ。何か役に立ったか?」
「もちろんです。あの、見学ついでにちょっとお聞きしてもいいですか?」
「何だ?」
「今日の探査は、軍からの要請じゃなく、新藤さんがご自分でなさってる分ですよね?」
ただの丸は俺が勝手にやってる分、という新藤の言葉を忘れる一希ではない。
「ああ」
「この川原は、軍の分類でいうとどれなんですか?」
「何も出なくても報酬対象になるエリアだ」
「ってことは、これから宅地開発の予定か何かあるんでしょうか?」
「いや、そういう話は聞いてないが、川下の方に新しく団地ができたからな。子供の遊び場になることを想定してるんじゃないか?」
「なるほど……じゃあ、あの林の中もいずれなさるんですか?」
「いや、あっちは他の処理士がこないだ済ませたところだ。別の補助士付きでな。新人にはなかなか実践の機会がないから、こうやって可能な限り分けていこうってことになってる」
「へえ! そうなんですね」
教本には載っていない貴重な現場事情に、一希は思わず目を輝かせる。
「あと、探査のやりがいって何ですか?」
新藤は首をかしげる。
「やりがい? ……考えたことないな。基準は常に安全と報酬ぐらいなもんだ」
「先ほどの村越さんはちなみに、どの級の方ですか?」
「初級だ。中級の受験を三月に控えてるから、今のうちに実務経験を稼いでおけば、いざ受かってからの仕事も入りやすくなるだろう」
不発弾処理補助士の資格試験には初級、中級、上級の三段階がある。三者に共通するのが運動能力試験と健康診断。それ以外に、初級では書類審査と筆記試験。養成学校を卒業して試験を受け、学校が斡旋する実習の証明書を出せば大抵は合格だ。中級ではさらに実技試験と面接が加わる。
「村越さんから最後に何か質問をされてませんでしたか?」
「ん? ああ、確かに質問には違いない。対岸の女は一体何者だ、と」
「あ……すみません、きちんと自己紹介すればよかったですね」
わざわざ橋を渡り、双眼鏡まで届けさせられたのだ。新藤の指示とはいえ、得体の知れない若い女のためになぜ自分が、と多少なりとも不服だったに違いない。
「うちに通い詰めた挙句、探査を見せろと迫ってきた物好きだと紹介しておいたぞ」
恐縮してうつむいた拍子にふと、新藤がぶら下げた工具箱に目が行く。
「鹿、追い払ってましたね」
一希が思い出しながら思わずくすくす笑い出すと、新藤もわずかに口角を緩めた。
「立ち入り禁止が通用しない相手もいるってことだ。山奥の奴らはまだものわかりがいいが、この辺の林から出てくるようなのは中途半端に人間に慣れてるからタチが悪くてな」
荷物を車に載せ終えた新藤に、一希は改めて丁重に礼を述べた。
「処理士の日常、か。確かに傍から見りゃ、意外に面白いもんかもしれんな」
腕利きの処理士はそんなことを呟き、しばし川面を見つめた。
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