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第2章 修練の時
46 作業服
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帰りの車で一希は新藤に尋ねる。
「菊乃さんって、お住まいはどちらなんですか?」
「二駅先の賃貸アパートだ」
なるほど、あの売店までバスならそう遠くない。
「お一人で?」
「本人の強い希望でな。しかし、憎まれ口だけは衰えないが、だいぶいろいろ億劫になってきてるみたいだ」
「私、訪問サービスの整体、探しときましょうか?」
「いや、来てくれるようになっちまったら、ますます出かける理由がなくなる」
「あ、そっか……」
「あの売店だって大して忙しいわけじゃないからな。こもりっきりになれば動けるものも動けなくなる」
「そうですね。息子さんはお近くに?」
「さっき話に出てきた息子は車で一時間ちょいのとこにいる。そのすぐ上に姉さんがいて、上に男がもう二人」
「四児の母かあ。あ、それプラス先生もですもんね。納得です、あの迫力」
「しかも旦那は結核でさっさと死んじまってる」
一人で五人育てたようなものだったろう。
「目が見えないのはいつ頃からなんですか?」
「六十過ぎた頃かな。ただ全盲ってわけじゃなくて、光とか動きなんかは多少感知できるらしい」
「ご不自由でしょうね。お食事なんかは……」
「俺と同じ手段で乗り切ってるな」
「あ、ナガイですか?」
「いや……まあ、諸々の出前だ。ま、飯に関してはそれで不満はないだろう。目が見えた頃から炊事はあんまり好きじゃないから」
「そうですか。まああの辺ならいろいろありますからね。値段も良心的なところが多そうですし」
「婆さんケチだからな」
一希に言わせれば、ケチでは新藤も負けていない。血が繋がっていないとはいえ、傍から見れば十分に親子だった。
「似てますね、先生、菊乃さんに」
「冗談じゃない。俺のどこがあんななんだ」
「そうやって食ってかかるとこですよ」
「俺は普通に反論してるだけだ」
「菊乃さんもご自分ではそう思ってらっしゃるかもしれないですね」
新藤は再び反論しかけて口をつぐみ、やがて話題を変えるという奥の手に出た。
「それはそうと、そろそろオルダのバリエーションもひと通りあたっときたいところだな」
「はい、よろしくお願いします」
帰宅後、オレンジ色の作業服に着替えて大机に現れた一希に、新藤が目を丸くする。
「お前それ、どうした?」
「先生が買ってくださった、私の作業服第一号です」
「いや、でもあれは……」
「直したんです、サイズ」
「直した?」
「といっても、繋ぎは初めてだったんで、ちょっと苦戦しましたけど」
「裾を切るのはまあわかるが、幅は?」
一希は決して細い方ではないが、それでも胴回りはいくらかだぶついていた。
「幅も少し詰めました。前にアルバイトをしてた工場の食堂に、母ぐらいの年齢のおばさんたちがたくさんいたので聞きにいってみたんです。そしたら、上下をいったんばらしてしまえば、あとはそれぞれを詰めるだけだって……言われてみればその通りですよね。それで、ミシンも貸してくれるって人がいて……」
「ここんとこ、ちょいちょいいなかったのはそれか」
「はい。すみません黙ってて……うまくいくかどうか自信がなかったもので。実際、上下の幅を合わせて最終的に繋ぎ直すのは結構難しくて……」
それでも、社会の窓から襟元まで一本のファスナーで繋がったタイプではなく、上半身の合わせが別途ボタンになっていたからまだ手間が省けた。
「ふーん、そんなことができるもんなんだな」
新藤は感心しきりといった様子だ。
「菊乃さんって、お住まいはどちらなんですか?」
「二駅先の賃貸アパートだ」
なるほど、あの売店までバスならそう遠くない。
「お一人で?」
「本人の強い希望でな。しかし、憎まれ口だけは衰えないが、だいぶいろいろ億劫になってきてるみたいだ」
「私、訪問サービスの整体、探しときましょうか?」
「いや、来てくれるようになっちまったら、ますます出かける理由がなくなる」
「あ、そっか……」
「あの売店だって大して忙しいわけじゃないからな。こもりっきりになれば動けるものも動けなくなる」
「そうですね。息子さんはお近くに?」
「さっき話に出てきた息子は車で一時間ちょいのとこにいる。そのすぐ上に姉さんがいて、上に男がもう二人」
「四児の母かあ。あ、それプラス先生もですもんね。納得です、あの迫力」
「しかも旦那は結核でさっさと死んじまってる」
一人で五人育てたようなものだったろう。
「目が見えないのはいつ頃からなんですか?」
「六十過ぎた頃かな。ただ全盲ってわけじゃなくて、光とか動きなんかは多少感知できるらしい」
「ご不自由でしょうね。お食事なんかは……」
「俺と同じ手段で乗り切ってるな」
「あ、ナガイですか?」
「いや……まあ、諸々の出前だ。ま、飯に関してはそれで不満はないだろう。目が見えた頃から炊事はあんまり好きじゃないから」
「そうですか。まああの辺ならいろいろありますからね。値段も良心的なところが多そうですし」
「婆さんケチだからな」
一希に言わせれば、ケチでは新藤も負けていない。血が繋がっていないとはいえ、傍から見れば十分に親子だった。
「似てますね、先生、菊乃さんに」
「冗談じゃない。俺のどこがあんななんだ」
「そうやって食ってかかるとこですよ」
「俺は普通に反論してるだけだ」
「菊乃さんもご自分ではそう思ってらっしゃるかもしれないですね」
新藤は再び反論しかけて口をつぐみ、やがて話題を変えるという奥の手に出た。
「それはそうと、そろそろオルダのバリエーションもひと通りあたっときたいところだな」
「はい、よろしくお願いします」
帰宅後、オレンジ色の作業服に着替えて大机に現れた一希に、新藤が目を丸くする。
「お前それ、どうした?」
「先生が買ってくださった、私の作業服第一号です」
「いや、でもあれは……」
「直したんです、サイズ」
「直した?」
「といっても、繋ぎは初めてだったんで、ちょっと苦戦しましたけど」
「裾を切るのはまあわかるが、幅は?」
一希は決して細い方ではないが、それでも胴回りはいくらかだぶついていた。
「幅も少し詰めました。前にアルバイトをしてた工場の食堂に、母ぐらいの年齢のおばさんたちがたくさんいたので聞きにいってみたんです。そしたら、上下をいったんばらしてしまえば、あとはそれぞれを詰めるだけだって……言われてみればその通りですよね。それで、ミシンも貸してくれるって人がいて……」
「ここんとこ、ちょいちょいいなかったのはそれか」
「はい。すみません黙ってて……うまくいくかどうか自信がなかったもので。実際、上下の幅を合わせて最終的に繋ぎ直すのは結構難しくて……」
それでも、社会の窓から襟元まで一本のファスナーで繋がったタイプではなく、上半身の合わせが別途ボタンになっていたからまだ手間が省けた。
「ふーん、そんなことができるもんなんだな」
新藤は感心しきりといった様子だ。
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