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第2章 修練の時
47 願書
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「ところでですね、試験の申し込みをできればそろそろ……」
「ああ、そうだ、昨日願書が届いたぞ」
「えっ? もう取り寄せてくださってたんですか?」
ほれ、と、書類サイズの茶封筒を手渡される。
「あ、ありがとうございます」
早速封を切り、待ち切れずに中身を取り出した。しかし、日時の欄を見て首をかしげる。
(あれ? たしか一月二十二日だったはずじゃ……)
三つ折りにされた要綱の書面には、三月十九日、とある。試験日が変更されたのだろうかと全体を読み直すと、一番上に太字で、「不発弾処理補助士中級試験」と書かれている。
「先生、これ、中級の願書みたいですけど……」
「ああ」
師匠の顔に驚いた様子はない。
「あの、私がまだ初級を受けてないのはご存じです、よね?」
「初級は受けなくていい。時間と金の無駄だ」
「え!?」
「最終的には上級を目指すんだったよな?」
「はい……でも、初級を持ってないと中級って受けられないんじゃ……」
「よく読め」
受験資格にもう一度目を通すと、「初級試験合格に相当する能力を有する者」とある。
「冴島一希は初級合格に相当する能力を有する。俺がそう書いてハンコを押せば証明書として認めると試験協会が言ってるぞ」
恐るべき新藤パワーだ。飛び級なんて聞いたことがない。
「でも私、試験対策はまだ初級の分しか……」
「心配いらん。筆記での漢字の間違いぐらいは見逃してくれる」
一希はもちろん漢字の間違いを心配しているわけではない。
「実技さえ完璧ならな」
中級といえば実技試験。新藤が最初から実技の訓練にこだわってきたのは、この飛び級を密かに計画していたからでもあるだろう。しかし、一希の現状が完璧なはずがない。
「筆記は一応これに目を通しておけ。まあ楽勝だと思うが」
新藤が傍らの段ボール箱から取り出したのは、古びた中級の試験対策本だ。
「もらいものだが、一昨年の版だから十分通用する。それから……」
同じ箱から、新たに二冊の本が出てきた。
「一緒に入学した連中が今頃何をやってるのか気になるなら、これを読んでみろ」
手渡された本を両手で受け取る。いずれも表紙には見覚えのある字体で「図解で学ぶ不発弾処理」とあった。文字の色がそれぞれ異なり、後に続く数字が二、三となっている点と、その下の写真の違いを除けば、一希が唯一持っている「その一」と同じデザインだ。
「うちの学校の……」
教本の続きだ。一冊を二ヶ月かけて終えることになっていた。中を開くと、これまで新藤にさんざん叩き込まれてきた解体手順や爆破手法などが、延々と説明されている。
「学校で学ぶことはお前には合わないと言ったろ。周りと同じペースで勉強することの他に、もう一つ問題があった」
「もう一つ……?」
「理論から入るというスタイルだ。お前は頭では他の奴よりよっぽどわかってるくせに、その理論が実際の現場でどういう展開を見せるのか、細部にわたってきっちりくっきり想像がつくまでわかったと言わない。だから土橋が手を焼くんだ」
(確かに……)
「まず現実的な状況をイメージして、現物を見て、触って、そこから仕組みを理解していく方がお前にはよっぽど効率がいい」
確かに今三冊目のオルダの項をざっと読んでみると、パターンを変えて何度も挑戦した解体作業がまざまざと思い出され、文字で言われていることもすんなり入ってくるようだ。
「お前は早川の卒業レベルを軽く超えてる。現時点で中級受験に足りないのはオルダの制限時間のクリアぐらいだ。多少オーバーしてもそれだけで落ちることはないが、お前なら本気でやれば残りの二ヶ月半で十分達成できる。どうだ? 初級にするか中級にするか」
できるだろう。先生がそう言うなら。
「は、はい。中級、頑張ります……いえ、合格します」
「受験料をたっぷり取られるんだからな。落ちたら許さんぞ」
「はい」
頑張ります、ともう一度言いそうになり、何とか飲み込んだ。意味を持つのは結果だけ。それを改めて肝に銘じる。
「ああ、そうだ、昨日願書が届いたぞ」
「えっ? もう取り寄せてくださってたんですか?」
ほれ、と、書類サイズの茶封筒を手渡される。
「あ、ありがとうございます」
早速封を切り、待ち切れずに中身を取り出した。しかし、日時の欄を見て首をかしげる。
(あれ? たしか一月二十二日だったはずじゃ……)
三つ折りにされた要綱の書面には、三月十九日、とある。試験日が変更されたのだろうかと全体を読み直すと、一番上に太字で、「不発弾処理補助士中級試験」と書かれている。
「先生、これ、中級の願書みたいですけど……」
「ああ」
師匠の顔に驚いた様子はない。
「あの、私がまだ初級を受けてないのはご存じです、よね?」
「初級は受けなくていい。時間と金の無駄だ」
「え!?」
「最終的には上級を目指すんだったよな?」
「はい……でも、初級を持ってないと中級って受けられないんじゃ……」
「よく読め」
受験資格にもう一度目を通すと、「初級試験合格に相当する能力を有する者」とある。
「冴島一希は初級合格に相当する能力を有する。俺がそう書いてハンコを押せば証明書として認めると試験協会が言ってるぞ」
恐るべき新藤パワーだ。飛び級なんて聞いたことがない。
「でも私、試験対策はまだ初級の分しか……」
「心配いらん。筆記での漢字の間違いぐらいは見逃してくれる」
一希はもちろん漢字の間違いを心配しているわけではない。
「実技さえ完璧ならな」
中級といえば実技試験。新藤が最初から実技の訓練にこだわってきたのは、この飛び級を密かに計画していたからでもあるだろう。しかし、一希の現状が完璧なはずがない。
「筆記は一応これに目を通しておけ。まあ楽勝だと思うが」
新藤が傍らの段ボール箱から取り出したのは、古びた中級の試験対策本だ。
「もらいものだが、一昨年の版だから十分通用する。それから……」
同じ箱から、新たに二冊の本が出てきた。
「一緒に入学した連中が今頃何をやってるのか気になるなら、これを読んでみろ」
手渡された本を両手で受け取る。いずれも表紙には見覚えのある字体で「図解で学ぶ不発弾処理」とあった。文字の色がそれぞれ異なり、後に続く数字が二、三となっている点と、その下の写真の違いを除けば、一希が唯一持っている「その一」と同じデザインだ。
「うちの学校の……」
教本の続きだ。一冊を二ヶ月かけて終えることになっていた。中を開くと、これまで新藤にさんざん叩き込まれてきた解体手順や爆破手法などが、延々と説明されている。
「学校で学ぶことはお前には合わないと言ったろ。周りと同じペースで勉強することの他に、もう一つ問題があった」
「もう一つ……?」
「理論から入るというスタイルだ。お前は頭では他の奴よりよっぽどわかってるくせに、その理論が実際の現場でどういう展開を見せるのか、細部にわたってきっちりくっきり想像がつくまでわかったと言わない。だから土橋が手を焼くんだ」
(確かに……)
「まず現実的な状況をイメージして、現物を見て、触って、そこから仕組みを理解していく方がお前にはよっぽど効率がいい」
確かに今三冊目のオルダの項をざっと読んでみると、パターンを変えて何度も挑戦した解体作業がまざまざと思い出され、文字で言われていることもすんなり入ってくるようだ。
「お前は早川の卒業レベルを軽く超えてる。現時点で中級受験に足りないのはオルダの制限時間のクリアぐらいだ。多少オーバーしてもそれだけで落ちることはないが、お前なら本気でやれば残りの二ヶ月半で十分達成できる。どうだ? 初級にするか中級にするか」
できるだろう。先生がそう言うなら。
「は、はい。中級、頑張ります……いえ、合格します」
「受験料をたっぷり取られるんだからな。落ちたら許さんぞ」
「はい」
頑張ります、ともう一度言いそうになり、何とか飲み込んだ。意味を持つのは結果だけ。それを改めて肝に銘じる。
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