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第3章 血の叫び
73 夏祭り
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町の子供たちがランドセルの代わりにビーチバッグや虫取り網を持って駆け回るのを見て、ああ、学校はもう休みなんだなと気付く。ミンミンゼミの大合唱も今が真っ盛りだ。
暑さが比較的ましなうちにと、二人の仕事がともに落ち着いたところで新藤が自主探査を入れた。探査機を操るのは例によって一希だ。今日はなんと五十キロのマリトンが出たため、立ち入り禁止の標識とロープを残し、埜岩基地に寄って報告を入れた。
埜岩からの帰り道、信号待ちで止まった軽トラのそばを、浴衣姿の女の子たちが笑い声を上げながら通り過ぎる。一希と同じぐらいの年頃だから、大学生か。祭の会場で男の子たちと落ち合って、皆で焼きそばでもつつきながら花火を眺めるのだろう。
「知り合いか?」
「あ、いえ……そういえば今日最終日なんだなと思って」
「最終日?」
「野々石公園の夏祭りです。最終日は歩阪湾に上がる花火が目玉で……もしかしたらうちから見えるかもしれないですね。距離はありますけど高台だから」
「ふーん」
車が再び走り出し、交差点をいくつか曲がると、歩道を行く家族連れや若い男女がしだいに増えてきた。そのほとんどが色とりどりの浴衣姿。
華やかに、あるいはしっとりと結い上げられた女性たちの髪を次々と見せつけられ、これが女の嗜みだと説かれているような気分になる。たまに見かけるショートヘアだって、分けてピンで留めたり、花飾りを付けたりして様になっていた。
それに引き換え、一希の髪は相も変わらず後ろで一本にまとめたきり。ここしばらく切りにも行けていないから、無駄に伸び切ってボサボサだ。
浴衣だって、一希が着たところでどうだろう。うなじもくるぶしも、「色っぽい」より「たくましい」という形容がぴったりくるに違いない。群衆から目をそらし、少し泥の残った我が手を見つめる。
気付けば車は商店街を抜けていた。が、そこで右折。帰宅ルートとは全く逆方向になる。
「先生?」
「寄り道だ」
車は浴衣の集団の背中を追い越しながら走っていたが、道が詰まりはじめ、新藤は脇道へと折れた。随分遠い寄り道だな、と思っていると、公園通りへとやや強引に合流する。
「この分じゃ駐車場は無理だな」
「先生、まさか野々石公園に?」
「物欲しそうに見てたろ」
「えっ、違います。ああもうそんな時期なんだなと思っただけです」
「停めるのは難しそうだから、その辺で降りて好きなだけ見てこい。金はあるか?」
「……こんな目立つ格好でこんな場所歩けませんよ」
主張の強いオレンジ色の作業服が夏祭り会場でどれほど注目を浴びるかなど、想像したくもない。
「なら運転を代われ。適当に流してる間に何か買ってきてやる。何が欲しいんだ?」
いつになく頓珍漢なことを言う師匠に、くすりと笑ってしまいそうになったのはほんの一瞬。たちまち鳩尾の辺りがしくしくと痛み出す。どうしてこんなに苦しいのだろう、的外れな優しさというものは……。
何でもない風を装って一希は答える。
「いいんです、どうせ買うほどのものなんて売ってないんです。子供のおもちゃとか、昔ながらのお菓子とかぐらいで……すみません、なんか、せっかく寄ってくださったのに」
もっとまともな服装だったら、新藤と一緒に出店を冷やかして歩いてみたかった。そう思うとますますいたたまれず、一希はうつむいた。新藤の視線を感じる。一希の真意が読めず困惑しているのが手に取るようにわかる。
やがて新藤は諦めたようにハンドルを切った。
「すみませんでした、お時間をお取りしてしまって」
「まったくだ。こんなとこまで来たんだから、もうひと仕事付き合え」
「はい、何なりと」
暑さが比較的ましなうちにと、二人の仕事がともに落ち着いたところで新藤が自主探査を入れた。探査機を操るのは例によって一希だ。今日はなんと五十キロのマリトンが出たため、立ち入り禁止の標識とロープを残し、埜岩基地に寄って報告を入れた。
埜岩からの帰り道、信号待ちで止まった軽トラのそばを、浴衣姿の女の子たちが笑い声を上げながら通り過ぎる。一希と同じぐらいの年頃だから、大学生か。祭の会場で男の子たちと落ち合って、皆で焼きそばでもつつきながら花火を眺めるのだろう。
「知り合いか?」
「あ、いえ……そういえば今日最終日なんだなと思って」
「最終日?」
「野々石公園の夏祭りです。最終日は歩阪湾に上がる花火が目玉で……もしかしたらうちから見えるかもしれないですね。距離はありますけど高台だから」
「ふーん」
車が再び走り出し、交差点をいくつか曲がると、歩道を行く家族連れや若い男女がしだいに増えてきた。そのほとんどが色とりどりの浴衣姿。
華やかに、あるいはしっとりと結い上げられた女性たちの髪を次々と見せつけられ、これが女の嗜みだと説かれているような気分になる。たまに見かけるショートヘアだって、分けてピンで留めたり、花飾りを付けたりして様になっていた。
それに引き換え、一希の髪は相も変わらず後ろで一本にまとめたきり。ここしばらく切りにも行けていないから、無駄に伸び切ってボサボサだ。
浴衣だって、一希が着たところでどうだろう。うなじもくるぶしも、「色っぽい」より「たくましい」という形容がぴったりくるに違いない。群衆から目をそらし、少し泥の残った我が手を見つめる。
気付けば車は商店街を抜けていた。が、そこで右折。帰宅ルートとは全く逆方向になる。
「先生?」
「寄り道だ」
車は浴衣の集団の背中を追い越しながら走っていたが、道が詰まりはじめ、新藤は脇道へと折れた。随分遠い寄り道だな、と思っていると、公園通りへとやや強引に合流する。
「この分じゃ駐車場は無理だな」
「先生、まさか野々石公園に?」
「物欲しそうに見てたろ」
「えっ、違います。ああもうそんな時期なんだなと思っただけです」
「停めるのは難しそうだから、その辺で降りて好きなだけ見てこい。金はあるか?」
「……こんな目立つ格好でこんな場所歩けませんよ」
主張の強いオレンジ色の作業服が夏祭り会場でどれほど注目を浴びるかなど、想像したくもない。
「なら運転を代われ。適当に流してる間に何か買ってきてやる。何が欲しいんだ?」
いつになく頓珍漢なことを言う師匠に、くすりと笑ってしまいそうになったのはほんの一瞬。たちまち鳩尾の辺りがしくしくと痛み出す。どうしてこんなに苦しいのだろう、的外れな優しさというものは……。
何でもない風を装って一希は答える。
「いいんです、どうせ買うほどのものなんて売ってないんです。子供のおもちゃとか、昔ながらのお菓子とかぐらいで……すみません、なんか、せっかく寄ってくださったのに」
もっとまともな服装だったら、新藤と一緒に出店を冷やかして歩いてみたかった。そう思うとますますいたたまれず、一希はうつむいた。新藤の視線を感じる。一希の真意が読めず困惑しているのが手に取るようにわかる。
やがて新藤は諦めたようにハンドルを切った。
「すみませんでした、お時間をお取りしてしまって」
「まったくだ。こんなとこまで来たんだから、もうひと仕事付き合え」
「はい、何なりと」
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