爆弾拾いがついた嘘

生津直

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第3章 血の叫び

74 灯台

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 車は混み合った道を逃れて再び裏道を走り、間もなく海岸沿いの道に出た。歩阪ほさか湾にかかる橋の上にも今日は人だかりができ、車が連なっている。しかし、新藤は橋へ向かうカーブを尻目に、海岸を忠実になぞった。

 いつしか街の灯が遠ざかり、道もき始める。分岐点に差しかかると、車は県道をそれて崖に向かう小道に入った。この先には灯台しかない。

「先生、ひと仕事って……こんなところで?」

 まさか今からもう一件探査をこなすつもりでもあるまいが。

「ああ、まあ大した用じゃない」

 新藤は灯台のすぐそばで車を停めた。

「もう閉まってる時間じゃ……」

「ちょっと待ってろ」

と降りていき、時間などお構いなしにドアを開いて中に声をかけている。しばしのやりとりの後、新藤は一希の方を向き、降りてこいと手で合図した。

 行ってみると、灯台の中にいたのは年配の男性。背丈も幅も、新藤の半分ほどかという小柄さだ。丸首の白い肌着にスラックス。おそらく一日の仕事を終えてくつろいでいたところなのだろう。一希を見るなりニカッと笑い、

「今ね、うちのがつまみ持ってくっから」

「つまみって……あの、どうぞお構いなく」

「ほら、上がった上がった」

 上機嫌の灯台守とうだいもりに促され、新藤の後に続いて鉄の螺旋らせん階段を上る。二人が上るにつれ、どこかへ電話をかけ始めた小さな後ろ姿がうずの底へと沈んでいく。

 上り切って外に出ると、夕暮れの潮風が肌に心地よかった。祭りのお囃子はやしが風に乗って微かに届く。人混みを離れてほっとしたのはいいが、こんなところで一体何をしようというのだろう。

「お知り合い、ですか?」

「まあな」

 てっぺんのドーム型の部分を丸く囲む展望台を、新藤は伸びをしながら徘徊はいかいする。何かを指示される気配もないため、一希も柵に囲まれた通路をぐるりと一周した。遠くから見るとずんぐりした小さな灯台だが、意外に高さがあった。あるいは崖自体の高さがそう錯覚させるのか。

 眼下の岩場に打ち付ける黒い波を見つめていると、先ほどの灯台守が割烹着かっぽうぎ姿の夫人を伴って上がってきた。

「あっ、こんばんは。お邪魔してます」

「いらっしゃい。よかった間に合って」

と夫人も満面の笑み。

(間に合って?)

 一希が首をかしげたその瞬間、稲光いなびかりのようなものが走り、辺りがぱっと明るくなった。思わず息を呑んで振り向くと、目の前の夜空に大輪の菊玉。ズバンッ、とキレのよい音が響くと、それが合図だったかのように黄金がしだれ、目一杯尾を引いて消えた。

「おっきーい!」

と夫人の声。

「去年のよりでかいかね?」

「いや、近いんでねえか? ほれ、埋め立てだの何だので、打ち上げ場所も何かもめたじゃろ。まあ座んねえか」

と言うなり、率先して地べたに腰を下ろす。夫人ももんぺと割烹着のままそれに続き、コンクリートの上に直接、枝豆のタッパーやら袋入りのスルメやらを広げ始めた。茶筒を開けて一希に差し出しながら、顔は花火の続きを注視している。

「あ、すみません、どうも……」

 茶筒の中身はおしぼり三本。一希は一つ抜いて残りを師匠に回す。新藤はすまし顔で受け取り、夫妻のそばに茶筒を置いて自分の分で手と顔を拭い始めた。

「先生、仕事って……」

「ああ、忘れるとこだった。後でこれを渡してやってくれ」

 新藤の懐から出てきたのは折り畳まれた一枚の紙。「不発弾撤去作業に伴う避難・交通規制のお知らせ」とある。なるほど、来月予定されている安全化処理でこの辺りが避難区域になるのだ。しかし、もう二、三日もすれば同じチラシが自治体から各戸に配られるはず。わざわざ処理士が持参するなんて話は聞いたことがない。

(こんな口実作ってまで……私、そんなに物欲しそうな顔してたかな?)
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