爆弾拾いがついた嘘

生津直

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第3章 血の叫び

82 わだかまり

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 尽きることのない昔話に花が咲く。それを横で聞きながら、一希は空いた瓶や缶を下げ、ゴミを片付け、酒やつまみを出した。

 昭雄の妻に指示を求めて風呂を沸かし、康雄の中学生の娘たちとともに梨をき、手の空いている女性陣で二階の二部屋にありったけの布団を敷き詰めた。

 その合間にちらちらと新藤の様子を盗み見る。居間の賑わいに形ばかりは同席しているが、他の誰と比べても沈み切っていた。

 途中、トイレに立った末息子の昭雄とすれ違った。一希が会釈すると、昭雄は力ない笑顔を浮かべた。

「今日は遠いとこ、どうもありがとね。それに、なんかいろいろ働かせちゃって申し訳ない。うちのが今ちょっと子供で手一杯なもんで」

「いえ、とんでもありません。あの……お母様には本当によくしていただいて……これから寂しくなりますけど、お別れができてよかったです。ありがとうございます」

「あとは建坊のことよろしく頼むよ。あの調子じゃしばらくは仕事にならないかもな。母ちゃんに一番かわいがられてたのは建坊だから」

「でも、先生は……」

 菊乃から見れば、唯一血が繋がっていない子だ。

「できの悪い子ほどかわいいってね。俺はあいにく優秀だったから」

と冗談めかしながらトイレに向かう昭雄の目は、必ずしも笑ってはいなかった。その謎が解けたのは、一時間ほど経ってからのことだ。

利兄としにい、ちょっとあれ……」

と、綾乃が長男の利雄としおに耳打ちするところに、一希はたまたま居合わせた。彼女が不安げに見つめる先には、昭雄と連れ立って庭に出て行く新藤の姿。

「まあ大丈夫だろう。奴らもさすがに大人だ」

と利雄。そう言われてもなお二人の方を気にしている綾乃に、一希は我慢できずに尋ねた。

「あの二人、仲悪いんですか?」

 綾乃は深いため息をつく。

「お互い物心ついてから、少なくとも高校出るまではもめっぱなし。つかみ合いなんかしょっちゅう。年も近いし、変なとこよく似てるせいもあるんだろうけど……」

 綾乃の表情がふと曇る。

「建ちゃんもね、うんと小ちゃい頃は母ちゃんって呼んでたの。でも小学校に上がってすぐの頃だったか、昭雄が何かで口喧嘩したはずみに、お前の母ちゃんじゃないだろ、って」

 一希の胸がズキンと痛んだ。綾乃がそれを察してか、申し訳なさそうにうつむく。

「私もその場にいたの。何か言ってあげればよかった。でも悔んだ時には遅かった。いつもの小競り合いと思って油断してたのよ。まさかこんなに深い溝ができちゃうなんて……」

 菊乃の実子たちと並べてみると、新藤は確かに同じ系統の顔ではない。しかし、新藤だけが今一つ溶け込んでいないのは、やはり血のせいだけではなかったのだ。

 菊乃は新藤にとって「菊さん」だったり「菊乃婆さん」だったりしたが、その呼び名も三人称でしかないことに、一希は何となく気付いていた。

 すでに四人の子を抱えた身で、本当の息子ではない自分に十分すぎるほど愛情を注いでくれた人を、直接面と向かって何と呼べばよいのかわからないまま大人になってしまったように見えた。まさかそんな経緯があったなんて……。

「改めて言われなくたって、建ちゃんだってわかってたわよ、普通の家族と違うってことぐらい。晩ご飯の前か後にはお父さんが迎えに来て、二人きりのおうちに帰るんだもの」

 一希には両親がいた。亡くなったのは早かったけれど、それでも子供時代の記憶の中には父と母が揃っている。それがいかにありがたいことかを、今初めて意識した。

「その日以来、建ちゃんしばらくうちに来なくなっちゃって、お母ちゃんが食事だけ届けるような日が何日か続いたもんだからね。利兄が昭雄に言い聞かせたの。私たち五人はこれからずっとお母ちゃんを分け合っていくんだって。隆之介りゅうのすけおじさんだってうちの家計を支えてくれてるわけだし、よく一緒に遊んでもくれるし、五人全員のお父ちゃんみたいなもんなんだって」

 業界史に名を残すあの新藤隆之介に、そんな顔があったとは……。

「でも昭雄はね、ほら、あの子だけ本当のお父ちゃんのこと全然知らないのよね。だから、おじさんは父ちゃんじゃない、僕には父ちゃんいないんだ、って。まあ時間が経つにつれてあの子なりに少しずつ納得していったと思うんだけど」

 墓地に行く直前まで並んで座り、亡骸なきがらを見つめていた二人。鈍い月明かりの下で何を話しているのだろう。
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