爆弾拾いがついた嘘

生津直

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第3章 血の叫び

83 二つの家族

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 利雄がどこかへ行ってしまうと、綾乃は小声で続けた。

「結婚しちゃえばいいのに、って私は思ってたんだけど」

「あ……お母様と隆之介さん、ですか?」

「うん。お互い連れ合い亡くしてて、それぞれの子供をほとんど一緒くたに育ててたわけじゃない? お母ちゃんはおじさんのことタイプじゃないって言い張ってたけど、それは表向きの話」

「本当は……好きだったってことですか?」

「今となっては確かめようがないけどね。本人は絶対認めなかったけど、娘の立場から見てればそれぐらいわかる。でも、二人は結婚どころか同居すら拒み続けたの」

 なぜ、と、一希は目で尋ねる。

「やっぱり世間体じゃないかしらね。隆之介おじさん、建ちゃんのお母さんとも結局籍入れてなかったわけだし、スムの女と一緒になるのは仕事がらまずかったんでしょう、きっと」

「あ……ご存じなんですね、先生のお母様のこと」

「私たちが聞いてるのは、純粋なスム族だったってことぐらいだけどね。建ちゃんを産んだ時が大変な難産で、それが元で亡くなったそうよ」

(先生の……お母様がスム!?)

 初めて聞く話だ。

「あ、おじさんは間違いなくワカね。私たちをまとめてお風呂に入れてくれることもあったけど、三日月はなかったもの」

「じゃあ、先生は……」

「そ。私たちやあなたとおんなじ、混じりもん。まあ、普段お弟子さんとそういう話はあんまりしないでしょうけど」

「そう、ですね……仕事の話ばかりなんで、個人的なことはあまり」

 いや、そういう話題にはなったことがある。一希が混血だと打ち明けざるを得なくなったあの晩だ。あの時、新藤は自分もそうだと明かしてはくれなかった。世間に知れたらまずいからか、それとも、一希に対してそんな話をするほど心を開いていない証拠か。

「隆之介おじさんだってまさかそんな悲劇のお産になるとは思ってなかったでしょうし、気の毒ではあるけど……そもそも結婚しないまま子供だけ産ませてどうするつもりだったのかしらね。相手がスムだから、押し付けるも奪い取るも自由になると思ったのかしら」

(まさか!)

 思わず叫びそうになった。一希のイメージの中の新藤隆之介はそんな横暴な人物ではなかった。一希が知っているのは主に業界での評判でしかないが、新藤の話からも、少数派の味方で時代の一歩先を行く人であることは十分感じられた。

「うちのお母ちゃんとのことだってそうよ。お互いしょっちゅう出入りしてるわけだから、きっと子供が学校行ってる間にすることだけはしてたんでしょうけど、いつまで経っても夫婦にはならない。お陰でよそのうちからは変に見られるし、子供はたまったもんじゃないわ」

 後で新藤に告げ口されることを心配したのか、綾乃は取ってつけたようにフォローした。

「私たちにはよくしてくれたけどね。家計は全員分面倒見てくれたわけだし、いっぱい遊んでくれたし、優しい人だったわよ」

 しかし、二つで一つだったこの家族のいびつさに、一希は触れてしまったような気がした。
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