恋の駆け出し記念日 ~23歳の地味処女にやたら優しいイケメンは、誰よりも真面目なワケありプレイボーイでした~

生津直

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第5章 もう一つの卒業

62 告白

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 大輝とは結局、例の電話での誘いを断ったきりになっていた。定例会では会えるだろうと思っていたが、今月、大輝は来なかった。

「あいつ最近、ヤローとばっかつるんでねーか?」

と言ったのはシンゴだ。「大輝はどうした?」という話題になった時のことだ。今日は草野球仲間と久々に練習試合だから今頃はその打ち上げだろう、というのがアンナからの情報だった。

「久々に女断ちかな?」

「ビョーキでも移されたか?」

「それか、なんかモメて嫌になって一回全員リセット、みたいな」

「前にあったな、そういうの。ま、一瞬だったけど」

「ストーカーされたんだっけ」

「そうそう。あり余っちゃうんだか何だか知らないけど、あん時もやたら運動してたよな」

 この一ヶ月、悦子はこれまでにないほど頻繁に大輝からの誘いを受けた。だから女断ちという彼らの推測には異議ありだったが、このところいろいろと様子がおかしかったのは事実だ。せめてその原因が自分でないことを祈るばかりだった。



 最後の電話から三週間が経った。この間はごめんね、とメッセージを送ろうかとも思ったが、正直なところ何がごめんねなのかわからず、その度に文面を打ちかけた手が止まってしまう。単純に会おうと誘うことも考えたが、またヒロ君がどうのと言い出されたらかなわない。大輝がなぜそんなことを言うのか、思うのか、それだけでも理解できたらどんなに楽だろう。このまま会えなくなるのだろうかという気がし始めた時、ようやく電話が鳴った。

「もしもし」

 大輝はやはり、いまひとつ元気のない声を出した。

「元気?」

と聞いてみると、大輝はうん、と短く答え、すぐに先を続けた。

「あのさ、明日、暇?」

 明日は木曜日だ。少なくとも週末は避けてくれる気になったらしい。しかし、会って何をしたいのだろう。またこの前みたいなヤキモチトークを展開されてケンカ別れになってしまうのか。そんなことが悦子の頭をよぎったほんの五秒ほどの間に、大輝の不安がつのるのが手に取るようにわかった。悦子は何となくかわいそうになり、とりあえず返事をした。

「うん。空いてる、けど」

 大輝はそっと呼吸を整えるように間を取った末に言った。

「ちょっとさ、ドライブしない?」

 努めて明るさを足したとでもいうような声だった。デートの名目は問題ではない。それより大輝の思惑が知りたかったが、それを今追究することは得策ではないだろう。悦子はOKし、楽しみにしていると告げて電話を切った。



 翌日、会社の近くで軽く夕飯を済ませた悦子は、車で迎えに来た大輝に拾われた。快適な運転に揺られながら、時折他愛のない話題を投げかけて大輝のご機嫌をうかがう。当たりさわりなく答えながらも、その笑顔には影が差し、大輝の心はどこか別のところにあるように思えてならなかった。

 夜の湾岸線は何年ぶりだろう。まばらに灯のともった港にほの白く浮かび上がるベイブリッジを駆け抜け、観覧車の歌うようなネオンを眺める。その全てを背後に残し、人気のない海沿いの道で車は停まった。

 右手は工場のような平たい建物。左手は並木に縁取られた遊歩道の向こうに腰の高さまで堤防がせり上がり、その先は海。どう見てもいわゆる横浜のデートスポットではなく、地元民のみぞ知る裏道といった風情だ。人も車も見当たらない。相手が大輝でなければ大いに警戒すべき状況だった。大輝は運転席で前を向いたまま、

「ちょっとね。話したいことがあって」

と言うと、車を降り、助手席のドアを開けた。外に出ると、少し冷たいけれど心地よい初冬の潮風が頬を撫でた。

 堤防の際まで行くと、決意を秘めた瞳が向けられた。いよいよ別れを切り出されるのではという気がした。別れといっても、そもそも付き合ってすらいないのだが……。要するに、もう会わない、と言われるのだろうと身構える。しかし大輝は全く違う角度から切り出した。

「君に……知ってもらいたくて。俺がなぜ、こんな生活をしてるのか」

「こんな……生活?」

「なぜ一人と付き合わないのか。前にもちらっとは言ったけど」

 その会話はすぐに思い出すことができた。

「たしか……中途半端な気持ちで一人と付き合うのは無理だって……」

「そう。今日は、それがなぜなのかを話したい」

 悦子は息を詰め、耳を澄ませた。話というのが別れ話ではなかったことに安心すればよさそうなものだが、想定していたのと全く別の方角からはなたれたそのテーマは、踏み込むことがはばかられるような危うさを帯びていた。大輝との関係の終焉以上の危うさを。

 どれぐらい待っただろう。悦子の視界の隅で、大輝の髪が風に揺れた時だった。

「忘れられない人がいる」

 胸の奥から絞り出したような、それでいて端的な告白だった。それを聞いた瞬間、チクリとした胸の痛みはいつしか鉛の塊に変わり、永遠の十字架のようなその重みが悦子を押し潰さんばかりにのしかかった。それが自分自身ではなく大輝が負っているものであることを、悦子は認めるのが怖かった。
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