恋の駆け出し記念日 ~23歳の地味処女にやたら優しいイケメンは、誰よりも真面目なワケありプレイボーイでした~

生津直

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第5章 もう一つの卒業

69 同士

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「彼の答えを聞いて思いました。大輝にそこまで大切に思われて強く求められたのが私だったらどんなに幸せだっただろうって。でも納得もしました。私はもう何をやってもかなわないんだって。『かもしれない』とか言っといて、好きの定義に厳しすぎるだけなんですよね」

「でも……刺しちゃった人は、同じ話聞いても、違う反応になっちゃったわけですよね」

 ユキは、それを聞くと一瞬悔しそうな表情を浮かべ、少し考えてから言った。

「まあ、全員に全く同じ話してるってわけじゃないと思いますけどね。あの人、ほら……」

「……平等とか目指してないから?」

 思わず顔を見合わせると、こんな時なのに、どちらからともなく、ふふっ、と笑いがこぼれた。それに続いて込み上げそうになる涙と、二人共が戦っていた。

 不思議な感覚だった。言ってみれば互いに恋敵こいがたきのようなものなのに、一人の男で繋がった運命共同体でもある。共有しているのは、あの鍛えられた芸術的な体だけではない。屈託のない笑顔も、腹立たしいほどの自信も、惜しみない優しさも、慣れ切った気配りも、いとおしい茶目っ気も、心を奪う凛々りりしさも、そしてもしかしたら、たまに訪れる奇妙な「不機嫌」も……。

「ちゃんと元気になって、うまくいってほしいですね」

と悦子が呟くと、ユキは同意も否定もせず、ただ黙っていた。悦子は、はっと息を呑んだ。

「どうかしました?」

と、ユキが心配そうに覗き込む。

「大変! その、本命の人。まだ連絡いってないんじゃないですか?」

 ユキは何か言いかけたように見えたが、口をつぐんでしまった。

「大輝の携帯……多分あの親戚の人が持ってるんじゃ……片っ端からかければそのどれかが……でもあの人、今どこにいるんだろ」

 この待合室にはそれらしき人物はいなかった。おろおろする悦子をなだめるように、ユキがゆっくりと言った。

「大丈夫。大輝のことだから、こういう場合に備えて大事な人にはちゃんと連絡がいくようにしてると思いますよ」

「そう……でしょうか?」

 悦子は廊下を見回したが、誰かが待合室の方にやってきそうな気配はなかった。

「前にね、こんなに遊んでたらいつか命狙われるね、なんて話したことがあって、私は冗談のつもりでしたけど、大輝は結構本気で……それ以来、名刺の裏に緊急連絡先書いたやつをお財布に入れて持ち歩いてるって言ってたんで、今はきっと……」

 悦子は、ユキの言わんとすることを察し、黙ってうなずいた。その本命の人の番号も、きっとそこに書かれている。

「ね、何か事情があって来られないなら、私たちがかしても仕方ないし、大輝もあんまり騒ぎを大きくしたくないでしょうから……」

「そう……ですね」

「手術が終わって本人が話せるようになれば、万事解決するわけだし」

 もし、話せるようにならなかったら……という恐ろしいシナリオが頭をもたげようとするのを、悦子は必死で押さえ込んだ。ふと、ユキが力なく呟く。

「私があの場にいなければこんなことには……。いても慌てて飛び出したりしなければ」

「でも、そんな状況だったら誰だって……」

「もしかしたら、彼女も刺すつもりはなくて、ほんの弾みだったのかも……。大輝ね、お腹押さえながら、彼女の心配ばっかりしてるんです。そんな状況なのに、私がそばに行ったら、あの人笑い出して……。まさか全員集合じゃないだろうな、って」

 大輝の半笑いが目に浮かぶようだった。

「彼女はかなり取り乱してて過呼吸みたいになってたけど、腕の方は多分そんなに重傷ではないと思います。大輝は出血がひどかったのか、救急車が来る頃には意識が朦朧とし始めて……」

 重苦しい空気がよみがえり、自分たちが今ここにいる理由を改めて認識させられる。待合室の中に戻り、並んで腰掛け、ただ押し黙って時の刻まれる音を聞いた。



 どれぐらいの時間が経った頃だろう。制服を着た若い看護師が入口に顔を出した。

「山本さん、お待たせしました、こちらにどうぞ」

 一人で座っていた男性がそれに応じた。看護師は出がけにユキの姿に目を留めると、

「あ、峰岸さんの……少々お待ちくださいね」

と呟き、男性を連れて出て行った。

「今の人、さっきここに案内してくれた看護師さんです」

とユキが囁く。看護師は間もなく戻ってくると、二人に告げた。

「すみません、峰岸さんですが、手術は先ほど無事に終わりました」

「無事に? つまり、命に別条は……」

「容体は安定してますから、大丈夫です。麻酔が完全に切れるまでまだ少しかかると思いますが、先ほど二言三言は反応がありましたので」

 二人は揃って安堵のため息を漏らした。立ち去ろうとする看護師を悦子は呼び止めた。

「あの、会わせていただくわけには……」

「恐れ入りますが、現時点でのご面会は親族の方のみになりますので、後日患者様に連絡を取っていただいて、ご本人が希望されれば、ということで……」

 患者のプライバシーがここまで尊重されているとは、悦子には予想外だった。看護師が行ってしまうと、ユキは手に持っていたバッグを肩に掛けながら言った。

「じゃ、私はここで失礼します」

「え? あの、待たれないんですか? 麻酔が切れるまで」

 悦子は、看護師が言った「後日」を拡大解釈し、数時間後にでも大輝に電話が繋がって会えることを期待していた。二人一緒では気まずいということなら、大輝にとっての優先順位を考えれば悦子の方が遠慮すべきだろう。しかし、ユキは静かに首を振って答える。

「もう大丈夫でしょうから、帰ります。その代わり、あなたがいてあげてください」

 悦子は困惑したが、そうまで言われて辞退する理由もない。互いに腰を折り、笑顔を交わして別れを告げた。

 悦子が再び待合室に戻ろうとすると、先ほどの看護師が現れて声をかけた。

「すみません、つかぬことをお伺いしますが……峰岸さんのご親戚から電話でご連絡受けられた方ですか?」

「あ、はい」

「お待ちになりたいということでしたら、南病棟の六階受付にご相談いただけますか?」

 それだけ言うと、看護師は慌ただしく行ってしまう。悦子は迷わず、院内表示を頼りに、指示された場所へ向かった。
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