ビアンカ・レートは、逃げ出したいⅠ ~ 首が飛んだら、聖女になっていました ~

悠月 星花

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初めての外の世界

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 カインの提案で初めて外に出ることになり、用意されたドレスに着替えた。
 いつも、クリーム色のほわほわした緩い部屋着が多いのだが、今日はちゃんと貴族の娘らしい服装に身を包むと背筋が伸びる思いだ。

「ビアンカ様、素敵ですね! 春の妖精が舞い降りたようです!」
「……そ、そうかしら? そんなに褒められる照れるわ」
「さっそく、カイン様をお呼びしますね! 私もついて行きますので……」
「えぇ、よろしく!」

 外で待っていてくれたカインを呼びに行くニーア。
 余程、気に入ったのか、外でカインに話をしているのが聞こえてきた。

「ど……どうかしら?」

 部屋に入ってきたカインにも一応聞いておく。が、耳に入っていないようだ。惚けたようにぽーっと私を見ているだけで、何も言わない。
 何も言ってくれないカインに私は似合っていなのかと不安になった。
 それを見て、ニーアがカインを小突く。

「あっ、あの、とてもよくお似合いです!」

 頬をほんの少しだけ赤らめ優しく微笑むカイン。
 初めて会ったときに比べ、柔らかく笑うカインを見て嬉しくなった。やはり、利き手が戻ってきて、近衛に戻れたことは、彼にとって大きいのだろう。

「ありがとう! では、冒険へいざゆかん!」
「ははぁっ……どこへなりと!」

 私の茶番にも付き合ってくれ、カインが先行し、後ろにニーアが控えてくれた。
 初めて、外に出る……少し、緊張の面持ちで、開かれたドアの一歩外を出た瞬間、太陽に照らされ眩しくて思わず手をかざす。

「うわぁ! 外だ!」
「ビアンカ様、あの……」
「言葉遣いね! 鳥籠の中にいると、つい、親しい人しか入れないから、緩くなっちゃうのよね……令嬢らしい言葉遣いになるよう、努力いたしますわ!」

 ニッコリ、ニーアに向かって微笑むと、先行するカインに「お手を」と言われ、差し出された手の上にそっと乗せた。
 歩けない程ではないのだが、かなり奥まった場所に鳥籠があったらしく、道がデコボコしている。

「セプト殿下もミントもこの道を毎日通っていらっしゃるの?」
「えぇ、そうですよ。男性の靴であれば、少々道の悪さは大丈夫ですけど、ビアンカ様はハイヒールをお履きになってらっしゃるので、念のため」
「これくらいなら、大丈夫ですけど……」
「そうは参りません。セプト様の婚約者なのですから」
「ふぅ……そうなのですよね。諦めてはいるのですけど……やはり、セプト殿下と婚姻することになるのですね」
「失礼ですが、お嫌なのですか?」

「そう聞こえたかしら?」とカインに聞き返すと、黙ってしまう。ということは、そう聞こえたのだろう。

「嫌ではないですわ! 初めて会ったときは、なんて失礼なんだろう! と思いましたし、眠っている間にイロイロあったみたいですから、怒っていたのです。毎日顔を合わせて話をすれば、多少、考えが甘かったり傲慢なところもありますけど、嫌悪はしませんよ!」
「そうですか。それなら……」
「好きかって聞かれたら、きっぱりそうじゃないって言う自信はありますけどね! 内緒ですよ?」
「ビアンカ様っ!」

 ニーアが窘めるが、本当のことだ。貴族の政略結婚のうち、どれほどの人が思いあえるのだろう? といつも思ってはいた。その中で、私の両親は、数少ない幸せな夫婦であったように思える。

「カインのことを話しているときは、殿下のことをさすがに見直しましたわ! あなたのことを大事に想っていることが分かったから。ちょっとだけ、どんな友人なのか気にはなっていましたの。今、こうしていると、セプト殿下がカインのことを助けたいと願うのは当然ですね! 私でも、セプト殿下の立場なら、できうることをして、あなたの体だけでなく、心も救いたいと思いますもの!」

 セプトにお願いをされたときのことを思いだした。たまたま作った薬で、今、手を取ってくれているカインの利き手が戻ったのだ。ずっと、心に蟠りがあったのは、何もカインだけではないだろう。

「ビアンカ様、本当にありがとうございます!」
「私は、何も。セプト殿下が望まれ、その結果、私の調合した下手な傷薬の治験をしてくれたカインのおかげですから、お礼を言われるようなことは、何もしてませんわ! この時代に来たのもたまたまですからね!」
「そういえば、あの、ビアンカ様は聖女様でしたね!」
「そんな風に言わないでちょうだい。私は、聖女ではないのですもの。ただ、ほんの少しだけ、魔法が使えるというだけでしよ? 私の時代なら、私の魔力なんて、底辺でしかないのだもの!」
「どんな大魔法を使えたとしても、いいとは限りません。ビアンカ様のような人を大切にしてくださる方がいいに決まっています」

 カインにそう言われると、そんな気がする。なんだかくすぐったいような気がして嬉しい。
 ニーアもなんだが、後ろで微笑んでいる……そんな温かさを感じていた。

「さぁ、つきましたよ! 城の中で1番の庭園です。大きな庭は他にもありますが、こじんまりしている中でも、手入れの行き届いたとても綺麗な場所です。セプト様も執務が終わり次第、ここで落ち合うことになっていますから、ゆっくり、庭園を回りましょう!」

 その庭園には、四季折々の花々が手入れをされ咲いていた。
 素晴らしく整ったその庭園の真ん中に東屋がある。庭園の周りを少し背や高い木々があり、東屋に向かって花々も背が低くなるようで、より一層、東屋が映えた。

「ステキな場所ですね! 日当たりもちょうどいいし、景色もとてもいいですわ! 花々の優しい香りも気分を良くしてくれますし。カイン、連れてきてくれてありがとうございます!」
「いえ、そんなことしかできませんから。それより東屋に向かいましょうか?」

 カインに連れられ、東屋に入った。石のソファがあり、そこに腰掛ける。
 カインとニーアは壁にと意識をしてくれているようだが、私は人がいてくれるほうが嬉しい。

「ニーア、ドレスの話してもいいかしら?」
「えぇ、もちろんです!」
「これは……」
「殿下からの贈り物です。サイズは、私の方でお知らせさせていただきました」
「そうなのね? だから、ピッタリだったのね!」
「ビアンカ様のことは、何から何まで把握しておくよう侍女長様から申し付けられていますので」

 着心地のいいドレスに私は満足だ。のんびりしていれば、爽やかな風が吹いていく。
 風に遊ばれている髪を押さえていると、後ろにカインが立ってくれ、強い風が当たらないようにしてくれた。

「ありがとうございます、カイン」
「いえ、大したことでは……」
「それにしても、とても気持ちのいいところですね! 連れてきてもらって、気持ちも晴れるようですわ! こうしてして、外に出ていると、ずっと部屋にこもっていたんだなって……」
「どれくらいこもられていたんですか?」
「どれくらいかしら?」

 私は、空を見上げる。セプトが言うには、空から降ってきたらしい私。
 そして、それ以来、あの鳥籠の中で寝かされていたという。

「わかりませんわ。目が覚めてからなら数ヶ月ですけど、もっと前から、あの鳥籠にいたらしいの。眠っていたのですから、特に気にする必要もないですわ!」

 ニコッと笑いかけた。するとカインもニーアも笑顔で返してくれる。こんな穏やかな日々が、とても愛おしい。呑気にぐぅーっと伸びをしていると、カインの顔が急に険しくなるのであった。
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