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女子高生、異世界へ行く。

外出します。3

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クラブさん(同じくらいだと思ってたが相手の方が十位歳上だった)に別れ際、論外とでかでかと書かれた文字ティーを貰い、ついでに授業をしている場所を教えてもらった。どうやら、彼の所属している“蛙鳴蝉噪”というギルドで行っているらしく、とんでもなく簡単に略された地図とともに「行けばわかる」というお言葉を頂いた。帰りに街に来る時に使ったあの不思議な鍵の複製を作ってもらって、それを使って行くようにと言われた。複製作業は完全に「小学生になったし、家の鍵持たせても大丈夫ね」と言われて作りに行った鍵屋で見た作業工程そのものだった。もっと魔術を使う工程とか考えていだけに凄い肩透かしである。
使ってる金属が何かそういうものなのかとも思い、もらった鍵をしげしげと眺めるも、何一つ、本当になんにもわからない。
そんなことをしながら歩いている私の隣では彼方さんが買う物リストから抜けているものはないかと買ったものとリストを照らし合わせている。ちなみに、彼女の影であるまっちゃんは荷物持ちである。わりと容赦なく彼方さんがホイホイと荷物を渡すのだが、頼られるのがいいのかなんなのか、渡された方は「しょうがないなぁ、彼方は」と全て引き受けていくのだ。その荷物の大半は私が使うことになる生活用品なのだが、彼方さんが渡すので必然的に(?)彼が持っている。流石に下着は気が引けたので、自分で持つと言ったのだが「キミの下着じゃあ特に何とも思わないよ」と何を考えているかよく分からないデフォルトの顔のまま言われ、「あ、そうですか」とも「いや、そんな持ってもらうのも」とも「失礼では?」とも言えず、私の口からは「はぁ……」と「へぇ……」の間のような「へぁ……」という声が出た。
非常に遺憾である。
帰り道も行きと同様、街から少し離れたところで鍵を使用する。街中で使わないのは何故か聞くと、鍵が使える場所は決まっており、中には街の中に通じるものもあるが、如何せん扉の数が少なく、順番待ちになるあいだも魔力を吸われる為、面倒くさいから、との事。便利アイテムだと思っていたが、便利アイテムにも制約というものがあるらしい。因みに、街中の扉は重傷者搬送などにも使われる事から、冒険者街では余程のことがない限り、皆使わないのだとか。前者より後者の説明を先にして欲しかったな。単なる惰性だと思ったよ。
「緊急の場合は市街に繋いでいいってことですよね?」
「お前にその余裕があれば、って話にはなるけどな」
ド正論。
こんなとこで緊急になるって最早何かしらに襲われた時くらいなものだ。朝の勉強で知ったのだが、この何も無さげな草原にだって魔物はいる。昼間に出てくるそれと、夜に出てくるそれは違うのだとも聞いた。彼方さんも、ほかの店員さん達も、その位でどうにかなるような人達ではないため、なんてことは無いようだが、私は別である。武器が使えるチートでも、魔術が使える訳でもないのだ。つまり、お店まで歩いてこれたのは単なる偶然だったわけだ。昼間に出る比較的大人しくて弱い魔物であったとしても私には強敵なのだから。
「ゲートまでは強めのまじないがかけてある。強いやつは入れない」
「ん?普通逆じゃないですか?結界系って技量によって防げるものが変わる的な」
そう聞くと彼女はほんの少し考える素振りを見せた。
「店の客にとって、出てきたら困るのは強い敵か弱い敵か、どちらかと言われるとどっちだ?」
「そりゃあ、強いやつですけど……」
「あんなとこまで食いに来る物好きは基本的に自分の身くらい自分で守れる。となると出てこられたら困るのは一人で倒すのが困難な敵、だろう?」
「……あえて弱い敵が通れるようにしてる、と?」
「あえてと言うより結果そうなったと言うだけだ。一端の冒険者なら自分のレベルくらいは見極めれるだろうよ。そして、防げるのが強い敵か、弱い敵かとなるとその辺にゴロゴロ居ても困らないのは後者だ。場合によってはあの辺を訓練場にする新米も居るくらいだからね。強い敵がゴロゴロいる道の先にある店なんざ、よっぽどの物好きしか来ないよ」
彼方さんはそう言うと不自然に一部だけ残ったボロボロの壁のようなものに鍵を差し込む。鍵はカチャリと音を立て、壁はドアへと変わる。その向こうに見えるのはあのファミレスだ。
「いや、彼方さんさっきお客さんのこと物好きって言ってましたよ」
「移転しても数日で見つけ出してきそうな輩なら数人居るよ」
「マジすか」
この時、私はすっかり忘れていたのだが、店のドアを開けるなり、目に入ったのはあの店の前に倒れていた人が優雅にソファー席でコーヒーを啜る姿だった。
「今回は少し遅かったみたいだな」
彼方さんがそう言えば、手に持っていたコーヒーカップをテーブルに置き、こちらを振り向いた。
「認知の問題だろ。今回は場所が悪かった」
「場所ねぇ、一体どこまで行ってたのやら」
「あの漁港だよ。野暮用でね」
「まぁ、その野暮用とやらはしぶといからなぁ。シャドウレルム位なら渡り歩きそうだもんなぁ」
目の前で展開される私にはわからない会話にぼんやりしていると、こちらへ視線が移される。帽子を目深に被っているせいで目元は見えないので、感情が読めない。
「新入りか?」
「昨日この店に来たばかりどころか、この世界に来たばかりだよ」
その人の質問に答えながら、彼方さんは店の奥へと姿を消す。そしてそう経たないうちにマグカップを手に戻ってきた。中にはまだ湯気の立つコーヒーが入っている。
「暫くはここに置いとくつもりだよ。それなりに自立すればどこへなりと、って感じだけどね」
丸椅子に腰かけながら彼女はそう言う。私はすぐ近くにあった椅子に腰を下ろす。
「まぁこんな何も出来ない奴、そのままその辺に放り出しても死ぬだけだろうからな。賢明な判断だ。ここの道すがら人間の死体を見る必要がなくなる」
そう言うとその人はまた一口コーヒーを啜った。
「最低限、というものを身につけない限りどこに行こうが死ぬだけさ」
「その後のアテは?」
「ふたつほど。最も、ひとつは能力があれば、だけど」
彼方さんの表情は何一つ変わらない。彼女の言葉が事実であると、私もこの少ない時間で薄々わかっているので口を挟まない。
そうだ、私はここでは何一つとして力もなければできることも無い。
特技があるわけでもなければ、彼方さんや今日出会ったクラブさんとも違って戦う事もできないひ弱な現代っ子。トリップものや異世界転生物は大体ここで主人公はだからこそ自分にしかできないことがあるはずだと奮起するが、それで上手くいくのはお話の中だからだ。私はひとつずつここでの常識と生き抜くだけの力を会得しなければならないのだろう。
「それはそうと、お前がここに来たってことはあれが近くをうろついてるってことで合ってるんだよね?」
「まぁ、多分まだ探してるだろうからなぁ……諦めりゃいいのに」
「その……私さっきから会話についていけないんですが……」
一体なんのお話で?と言うと二人は顔を見合わせた後にそう言えばと
「このお前が店の前にぶっ倒れてるの見つけたヤツ、こいつは破壊神だ」
「えっ神様って実在したんですか」
「ついでに言うとこいつがぶっ倒れてた理由は、ちょっと色々あって面倒なのに追われたりしてるからだ」
「ちょっと色々あって???」
説明になってない説明をされた。
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