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女子高生、異世界へ行く。

お客さんとお店

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いきなりの情報過多にどこから手をつけたものかという気持ちになる。
「いや、まず……神様って居たんですね?」
「まぁ居るだろうな。現に目の前にいる訳だし」
なんか可哀想な子を見る目で見られているのは何だ。
「でも、でもでも彼方さんそんなもん居ないって言ったじゃないですか!」
「居ないとは一言も言ってないぞ?よく思い出してみろ」
「そんなこと言って……言って……」
言ってないな。異世界あるあるな展開は無いとは言われたけど、それだけだったわ。
「言ってませんでした」
「だろうが」
よく考えて話せと言われてしまった。



破壊神と名乗るその人はコーヒー代金である120円をしっかりと支払って帰っていった。ただどう見ても破壊神というビジュアルではなかったなぁという思いは拭いきれない。
「彼方さん、本当に神の加護的なの持った人って居ないんですか?」
明日の仕込みをする彼方さんの隣で衣をつけたハムカツをバットに綺麗に並べながら聞く。彼女はと言うと玉ねぎに串打ちする手を止めることなく言う。
「基本的に神の加護なんてのは対価がでかい上に一方的だ。そういう奴はろくな死に方をしない。まぁ、天使の守護がある奴は一人知ってるが……いや、あれは似た者同士なだけか……どっちにしろろくでもないことに間違いはないな」
何とも言えない複雑そうな顔をしているあたり、なかなかのお相手のようだ。
ハムカツが綺麗に並び終わる頃には彼方さんの手元にあった玉ねぎたちは串打ちされ、綺麗に同じくらいに等分され、ラップの敷かれたバットに整列して、上から濡らしたキッチンペーパーをかけられていた。彼方さんはそれにラップをかけて、歩いて入れるサイズの冷蔵庫(チャンバーというらしい)に仕舞いこんだ辺りだった。
「彼方さん、玉ねぎ幾つありましたっけ……?」
「十七。それを半分にして五等分。さて幾つだ?」
「えっ、十七の半分の五等分?」
「170個、明日のランチはこれを一貫ずつつけるから170人前」
足りなかったら追うから一応このくらい。と言う彼方さん。私はと言うと、今日の昼めっちゃ来てるなと思ったけどそんだけ来るんか……と言う気持ちである。
初仕事は味噌汁つぎだった。お昼の時間はどちらかと言うと日替わりのランチ目当てのお客さんが多いらしい。この店はお店自体そんなに大きなお店ではない。そして言うまでもなく辺境の地にある。それなのにお客さんが絶えない理由、安くて美味い。そして飽きない。
味噌汁のポットがある場所からはお客さん達が見える。それはお客さん達からも私が見えるということ。
最初に声をかけてくれたのはガタイが良く、しっかりと日に焼けたお兄さんだった。その次はうさぎの耳を生やした可愛らしい服を着たお姉さん。
みんな新入りに興味を持った、というか、なんというか。要はあれである。『全く強くなさそうとかじゃなくて全く戦力のない人間が増えてたのでやってけるか心配してくれている』のだ。言い方は悪いが人によっては文字通り、化け物がコック服着て料理してる様なものなのだと言う人もいる。確かにクラブさんとの戦いは見たけど、反論できない。むしろその例え聞いた時「せやな」と思った。ほんまそれな。せやな。最近流行りのめちゃ強主人公が居るんだとしたら彼方さんだと思うよ、私。
と、話がズレた。お客さん達は個性豊かで、全員とは言えないだろうが、歓迎してくれているようだ。
そこから数日、正確には1週間ほどもあれば何となくだが、この生活にも馴染んでくる。
昼はお店で働き、夜は賄いを食べたあとに彼方さんから渡された大量の本を読んで勉強。お風呂もシャワーもあるし、洗濯した服は店の屋上というか、屋根上のようなところに置いてある物干し竿で干している。まだ魔術を覚えていない私は厨房に居る吸血鬼の青年、ジェスカさんの言葉を借りると「赤ん坊レベル」らしいので、いや、それは私自身も分かってはいるけれど、まぁそんな事もあり、夜はしっかりと鍵をかけて、絶対に外には出ない。
夜に外に出る理由がない、と言うのもあるが、出ようと思わない理由もある。
何故か、それはわりかし簡単なことで、私では対処できないものが草原をうろついているからだ。
初めてそれを見たのは破壊神さんが来た日の夜だった。
夜中にふと目が覚めた私は何を思ったのか、カーテンをあけ、外を見たのだ。
私の部屋は店の二階にある。その時の私の脳内としては、お星様とか見えないかな~とか、ここなら天の川見えそうだよな~あるか知らんけど。とか、そんなレベルだった。
確かに星は綺麗だった。
そう、ここはなだらかな丘にして、だだっ広い草原なのだ。
ふと下ろした目線、赤い光があちこちに点在しているのが見えた。
さすがに喉がヒュッと音を立てたが声を立てずに瞳を閉じることには成功した。
草原を徘徊する赤い光。
それは幼い頃に見て大泣きした映画に出てくる森の賢者と呼ばれるもの達の目の光に似ていた。
暗さに目が慣れてくると、月明かりだけでそれらがどんな姿をしているのか、私にもわかった。
生き物ではありえない、仮面をつけた頭部、毛はなく、つるりとしたラバー生地のようなそんな印象を受けるボディ。凹凸のないそのボディからにゅっと生えた腕のようなもの。フォルムとしては埴輪が一番近いのかもしれない。埴輪と違うのは腕が長く、地面につきそうな事と、それの末端はアニメで見かける、ギロチンの刃のような物になっているものもいれば、ゲームクリーチャーの様に鉤爪になっているものなどバラツキが見られた。
彼方さん達は、それの事を『オル』と呼んでいた。
彼女達いわく、それは大昔、百年戦争と呼ばれる大きな戦争の際に作られた兵器なのだという。
昼間は何故か遺跡に隠れ潜んでおり、夜になるとこの草原を徘徊する。
理由は分からない。しかし人間が近付けば襲いかかってくる。そういうふうにプログラムされているのだという。
何故この店は大丈夫なのかというと、私には理屈は分からないが、彼方さんもその他の店員さんたちも「この店は大丈夫」と堂々と言い切るのだ。全く答えになっていない。
確かに実際のところ全く奴らは店に興味を示さなかった。否、最初のあの日以来一度たりとも外を見なかったので、興味を示さなかった訳では無いかもしれないが、私には分からない。ただ、それらは店から一定距離離れたところをうろうろしているだけなのだ。
食べる事も、休息も必要としない、生き物のように自立して動くと言うだけの兵器。人間だけを襲うそれ。お店の常連の様な、ここ一週間程毎日来て毎度話しかけて帰るお兄さんによれば、あれらは古代遺跡の探索の際にも出てくるし見かけると襲ってくるのだという。
「オルって特定の物質が練られた武器じゃないと倒せないから嫌なんだよなぁ。倒してもほぼ魔力になって霧散しちゃうの。コアはかろうじて残るけど労力を考えると二束三文って感じ」
そう言うと彼は「参っちゃうよねぇ」とへらりと笑いながら、その日のランチだったハンバーグ定食のお代をきっちりと五百圓置いて帰った。結局その特定の物質が何なのかは分からずじまいだ。
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