無口な夫の心を読めるようになったら、溺愛されていたことに気付きました

ななな

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 午後になり、晩餐の準備が始まる前に厨房を借りることにした。

 サングリフ出身でオメガを快く思ってないはずの料理長のテオも、ルータパの伝統料理には興味津々なようで、近くから見守られていた。

 テオはアルファの男性だが、まだ三十代と若い。それでも王宮での料理長を務めるだけあって、料理の知識に貪欲なのだろう。

「アルル妃殿下は、ルータパでも料理を嗜まれていたのですか?」
「いえ、そんなには……。ただ、親の誕生日になると子から親へと手作りを振る舞う風習があったんです。『親に恩を返し、その苦労を知る』という古くからの考えでしょうね」
「…………なるほど、素晴らしい風習ですね」

 本来、王家や貴族であれば包丁すら握ったことがないのが普通だ。サングリフでもその考えが一般的なのだろう。ルータパの風習が独特とも言えるのかもしれない。

 ペコパを作ったのも随分と前のことだから、レシピを思い出しながら作り始めた。

 パイ生地を砕き、ミルクと卵とはちみつ等を焼き皿に入れて、少し酸味をつけるためにレモンのかけらを表面に入れたあと、ニ皿並べてオーブンで焼いた。時間が経つと、厨房には香ばしい匂いが漂ってくる。

(……………うん、上手く出来た)

 焼き上がった後、味見用の一皿を一口食べたら、中々美味しかった。ルータパの料理人ほどではないが、それらしく再現は出来たと思う。

「あの…………失礼を承知の上でなのですが」
「何でしょうか?」

 テオが遠慮がちに声を掛けてきて、僕の作ったペコパを指差した。

「私も一口頂いてもよろしいですか? ルータパの料理に興味がありまして……」
「ええ、ぜひ。お口に合わないかもしれませんが」

 テオはスプーンを手に取り、「いただきます」と言って、一口食べた。

「んんっ、これは…………」
「………どうですか?」

 舌が肥えた彼には合わなかっただろうか、と思って小さく首を傾げた。すると、がしっと片手を掴まれる。

「すごく美味しいですっ! 私にもぜひレシピを教えて頂けませんかっ!」

 興奮気味にそう言われて、思わず目を見張る。触れた拍子に伝わってきたのは、言葉通りの前向きな思考だったから、お世辞ではないんだろう。

「あ、はい………それは構いませんが………」
「ありがとうございますっ! よろしければ、他のルータパの料理を教えて頂けると助かるのですが………」
「………なら、ルータパの料理人から直接レシピを手紙で聞いてみます。僕も詳しくは知らないので」

 僕がそう言うと、テオが満面の笑みで「助かりますっ!」とお礼を言った。ルータパに興味を持ってくれるのはありたがたい。ありがたいんだけど…………。

 掴まれた手に視線を落とすと、テオも同じように視線を向けた。

「あっ、失礼いたしました………つい、興奮してしまって………無礼をお許し下さい」
「いえ………大丈夫です」

 テオは顔を赤くして、手をパッと離した。触れられたあとの僕の手が小さく震えている。背中にもわずかに冷や汗が伝っていた。

(……………やっぱり、他のアルファに触られるとダメなんだな)

 テオに対する恐怖心はないはずなのに、身体には拒絶反応が出ている。理屈が通じない身体の作りに嫌気が差しながらも、自分の番に早く会いたいと思った。
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