無口な夫の心を読めるようになったら、溺愛されていたことに気付きました

ななな

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 結局、あの後も料理長のテオとルータパの料理についてしばらく話し込んでしまった。隣国とはいえ、ルータパの文化はまだサングリフには完全に浸透していない。

 だから、ルータパの文化に興味を持ってもらうのは、自分自身も受け入れてくれたような気がして嬉しかった。

 王宮では王太子妃という立場がある以上、直接的な嫌がらせは滅多に受けないが、嫌悪の視線ばかり向けられていたから、余計に感慨深い気持ちになる。

(けど…………少し冷めちゃったかな)

 出来るなら作りたてを食べて欲しかったけど、仕方ない。僕は作ったペコパと紅茶をワゴンに乗せて、ジークベルトの元へと急足で向かった。



「失礼いたします。今お時間よろしいですか?」
「…………ああ」

 執務室を訪ねると、書類の山に埋もれているジークベルトの姿があった。整理整頓出来ないタイプではないはずだが、量が多すぎて整理する隙間がないんだろう。

「昨晩のお詫びも兼ねて、デザートを作ってみたのですが…………」
「…………アルルが作ったのか?」
「はい、よろしければ召し上がって、」
「食べたい」

 珍しく間を置かずに返事が返ってきて、少し驚いてしまう。そんなに甘い物が好きだっただろうか。よほど仕事でストレスが溜まっているのかもしれない。僕はさらに心配になった。

 応接スペースのローテーブルにペコパと紅茶を用意し終えると、先にジークベルトがソファに腰掛けた。

(……………隣、座ってもいいかな)

 さっき番相手じゃないアルファに触られたせいか、無性に甘えたくて仕方ない。肌が触れない程度に詰めて隣に座ってみたら、ジークベルトにじっと見つめられた。

「…………隣に座らないほうが良かったですか?」
「…………いや、…………」

 否定はしてくれたものの、何か言いたげな顔をしている。僕の顔に何かついてるんだろうか。顔というより、手元を見られてるけど………。

「……………その匂い、誰につけられた?」
「…………え?」
「護衛には君に直接触れないよう、指示をしているはずだが」

 アルファは他のバース性よりも鼻が利く。特に、番相手の匂いの変化には敏感だと聞いたことがある。独占欲が人一倍強いアルファは、他のアルファに匂いを移されるマーキング行為を何よりも嫌がるらしい。

 思い当たる節があるとしたら、やはりテオに触れられた時だろう。その後も二人きりで話していたとはいえ、そんなに匂いが移るものなのだろうか。

「……………俺に言えない相手か?」
「い、いえ、そういう訳では………」
「なら、誰だ?」

 戸惑っているうちに問い詰められてしまい、つい目を泳がせてしまう。やましい事はしてないけど、ここでテオの名前を出したら何かしらの罰を与えられてしまうのではないか、と邪推してしまった。

「……………まあ、いい。先にこちらを頂こう」
「………あっ、はい………どうぞ………」

 ジークベルトが先に折れてくれて、内心ほっとした。アルファにも個人差があるだろうし、ジークベルトはそこまで独占欲も強くないのかもしれない。



「これは『ペコパ』といって、ルータパだと定番のデザートなんです。ケーキよりも甘さを抑えているので、ジークベルト様でも食べやすいかと」

 気を取り直して、僕が作ったペコパの説明をした。ジークベルトは頷きながら、スプーンで一口取って、口に運んだ。

「………………いかがですか?」
「……………美味しい」
「………っ!」

 無表情のままだが、美味しいと言ってもらえて、心がぱっと明るくなる。

「………君は何でも出来るんだな。料理まで作れるとは知らなかった」
「こんなの出来るうちに入りません。プロの料理人に比べたら、まだまだですから」
「……………? 十分出来ているだろう」

 謙遜したら、ジークベルトは不思議そうな顔で見てきた。

「…………何故、そんなに自信がないんだ?」
「…………自信?」
「いつもそうだろう。君は努力して、やれる事だって多い。なのに、自分を卑下してばかりだ」
「…………………」

 僕は最低限の仕事しかこなせないし、特別な魔法を使える訳でもない。至って平凡だ。今は心を読めるぐらいが唯一の特徴だと言ってもいい。それも偶然手に入れた力だ。

 僕自身しか出来ないような、何かを持ち合わせていない。

 今更になって才能が湧いて出てくる訳もないし、ないものねだりをするつもりもないけれど。

「そこまで自分を追い詰めなくても良いんじゃないか」

 だけど、ジークベルトの言葉に、肩の力が少しだけ軽くなったような気がした。サングリフに嫁いでからというもの、慣れない言語や文化、仕事に溶け込もうと必死だったからかもしれない。

 好きな人に自分を認めてもらえると、こんなに心強く感じるんだな………。

「………ありがとうございます。少し自信がつきました」
「………………それなら、良かった」

 ジークベルトは必要以上の事は話さないが、根は優しい人だ。心を読まなくても彼の本心だということがわかる。



「…………俺のために作ってくれてありがとう。君に何か返したいが………」

 ペコパを食べ終わったあと、ジークベルトからそう言われた。僕が泥酔して迷惑を掛けたから、本当はお返しなんていらないんだけど………。

「………………じゃあ、今日も一緒に寝てもいいですか?」
「……………………………」

 すごい間だ。一緒に寝るの嫌なんだろうか。抱いて欲しいとか、深い意味はないんだけど。ただ一人で寝るのが寂しいだけで。

「………………ああ、わかった」

 熟考した末に、ようやく頷いてくれた。一人で寝るのが好きなタイプだったら申し訳ないなと思いつつ、夜を楽しみに待つことにした。
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