12 / 16
12
しおりを挟む
結局、あの後も料理長のテオとルータパの料理についてしばらく話し込んでしまった。隣国とはいえ、ルータパの文化はまだサングリフには完全に浸透していない。
だから、ルータパの文化に興味を持ってもらうのは、自分自身も受け入れてくれたような気がして嬉しかった。
王宮では王太子妃という立場がある以上、直接的な嫌がらせは滅多に受けないが、嫌悪の視線ばかり向けられていたから、余計に感慨深い気持ちになる。
(けど…………少し冷めちゃったかな)
出来るなら作りたてを食べて欲しかったけど、仕方ない。僕は作ったペコパと紅茶をワゴンに乗せて、ジークベルトの元へと急足で向かった。
「失礼いたします。今お時間よろしいですか?」
「…………ああ」
執務室を訪ねると、書類の山に埋もれているジークベルトの姿があった。整理整頓出来ないタイプではないはずだが、量が多すぎて整理する隙間がないんだろう。
「昨晩のお詫びも兼ねて、デザートを作ってみたのですが…………」
「…………アルルが作ったのか?」
「はい、よろしければ召し上がって、」
「食べたい」
珍しく間を置かずに返事が返ってきて、少し驚いてしまう。そんなに甘い物が好きだっただろうか。よほど仕事でストレスが溜まっているのかもしれない。僕はさらに心配になった。
応接スペースのローテーブルにペコパと紅茶を用意し終えると、先にジークベルトがソファに腰掛けた。
(……………隣、座ってもいいかな)
さっき番相手じゃないアルファに触られたせいか、無性に甘えたくて仕方ない。肌が触れない程度に詰めて隣に座ってみたら、ジークベルトにじっと見つめられた。
「…………隣に座らないほうが良かったですか?」
「…………いや、…………」
否定はしてくれたものの、何か言いたげな顔をしている。僕の顔に何かついてるんだろうか。顔というより、手元を見られてるけど………。
「……………その匂い、誰につけられた?」
「…………え?」
「護衛には君に直接触れないよう、指示をしているはずだが」
アルファは他のバース性よりも鼻が利く。特に、番相手の匂いの変化には敏感だと聞いたことがある。独占欲が人一倍強いアルファは、他のアルファに匂いを移されるマーキング行為を何よりも嫌がるらしい。
思い当たる節があるとしたら、やはりテオに触れられた時だろう。その後も二人きりで話していたとはいえ、そんなに匂いが移るものなのだろうか。
「……………俺に言えない相手か?」
「い、いえ、そういう訳では………」
「なら、誰だ?」
戸惑っているうちに問い詰められてしまい、つい目を泳がせてしまう。やましい事はしてないけど、ここでテオの名前を出したら何かしらの罰を与えられてしまうのではないか、と邪推してしまった。
「……………まあ、いい。先にこちらを頂こう」
「………あっ、はい………どうぞ………」
ジークベルトが先に折れてくれて、内心ほっとした。アルファにも個人差があるだろうし、ジークベルトはそこまで独占欲も強くないのかもしれない。
「これは『ペコパ』といって、ルータパだと定番のデザートなんです。ケーキよりも甘さを抑えているので、ジークベルト様でも食べやすいかと」
気を取り直して、僕が作ったペコパの説明をした。ジークベルトは頷きながら、スプーンで一口取って、口に運んだ。
「………………いかがですか?」
「……………美味しい」
「………っ!」
無表情のままだが、美味しいと言ってもらえて、心がぱっと明るくなる。
「………君は何でも出来るんだな。料理まで作れるとは知らなかった」
「こんなの出来るうちに入りません。プロの料理人に比べたら、まだまだですから」
「……………? 十分出来ているだろう」
謙遜したら、ジークベルトは不思議そうな顔で見てきた。
「…………何故、そんなに自信がないんだ?」
「…………自信?」
「いつもそうだろう。君は努力して、やれる事だって多い。なのに、自分を卑下してばかりだ」
「…………………」
僕は最低限の仕事しかこなせないし、特別な魔法を使える訳でもない。至って平凡だ。今は心を読めるぐらいが唯一の特徴だと言ってもいい。それも偶然手に入れた力だ。
僕自身しか出来ないような、何かを持ち合わせていない。
今更になって才能が湧いて出てくる訳もないし、ないものねだりをするつもりもないけれど。
「そこまで自分を追い詰めなくても良いんじゃないか」
だけど、ジークベルトの言葉に、肩の力が少しだけ軽くなったような気がした。サングリフに嫁いでからというもの、慣れない言語や文化、仕事に溶け込もうと必死だったからかもしれない。
好きな人に自分を認めてもらえると、こんなに心強く感じるんだな………。
「………ありがとうございます。少し自信がつきました」
「………………それなら、良かった」
ジークベルトは必要以上の事は話さないが、根は優しい人だ。心を読まなくても彼の本心だということがわかる。
「…………俺のために作ってくれてありがとう。君に何か返したいが………」
ペコパを食べ終わったあと、ジークベルトからそう言われた。僕が泥酔して迷惑を掛けたから、本当はお返しなんていらないんだけど………。
「………………じゃあ、今日も一緒に寝てもいいですか?」
「……………………………」
すごい間だ。一緒に寝るの嫌なんだろうか。抱いて欲しいとか、深い意味はないんだけど。ただ一人で寝るのが寂しいだけで。
「………………ああ、わかった」
熟考した末に、ようやく頷いてくれた。一人で寝るのが好きなタイプだったら申し訳ないなと思いつつ、夜を楽しみに待つことにした。
だから、ルータパの文化に興味を持ってもらうのは、自分自身も受け入れてくれたような気がして嬉しかった。
王宮では王太子妃という立場がある以上、直接的な嫌がらせは滅多に受けないが、嫌悪の視線ばかり向けられていたから、余計に感慨深い気持ちになる。
(けど…………少し冷めちゃったかな)
出来るなら作りたてを食べて欲しかったけど、仕方ない。僕は作ったペコパと紅茶をワゴンに乗せて、ジークベルトの元へと急足で向かった。
「失礼いたします。今お時間よろしいですか?」
「…………ああ」
執務室を訪ねると、書類の山に埋もれているジークベルトの姿があった。整理整頓出来ないタイプではないはずだが、量が多すぎて整理する隙間がないんだろう。
「昨晩のお詫びも兼ねて、デザートを作ってみたのですが…………」
「…………アルルが作ったのか?」
「はい、よろしければ召し上がって、」
「食べたい」
珍しく間を置かずに返事が返ってきて、少し驚いてしまう。そんなに甘い物が好きだっただろうか。よほど仕事でストレスが溜まっているのかもしれない。僕はさらに心配になった。
応接スペースのローテーブルにペコパと紅茶を用意し終えると、先にジークベルトがソファに腰掛けた。
(……………隣、座ってもいいかな)
さっき番相手じゃないアルファに触られたせいか、無性に甘えたくて仕方ない。肌が触れない程度に詰めて隣に座ってみたら、ジークベルトにじっと見つめられた。
「…………隣に座らないほうが良かったですか?」
「…………いや、…………」
否定はしてくれたものの、何か言いたげな顔をしている。僕の顔に何かついてるんだろうか。顔というより、手元を見られてるけど………。
「……………その匂い、誰につけられた?」
「…………え?」
「護衛には君に直接触れないよう、指示をしているはずだが」
アルファは他のバース性よりも鼻が利く。特に、番相手の匂いの変化には敏感だと聞いたことがある。独占欲が人一倍強いアルファは、他のアルファに匂いを移されるマーキング行為を何よりも嫌がるらしい。
思い当たる節があるとしたら、やはりテオに触れられた時だろう。その後も二人きりで話していたとはいえ、そんなに匂いが移るものなのだろうか。
「……………俺に言えない相手か?」
「い、いえ、そういう訳では………」
「なら、誰だ?」
戸惑っているうちに問い詰められてしまい、つい目を泳がせてしまう。やましい事はしてないけど、ここでテオの名前を出したら何かしらの罰を与えられてしまうのではないか、と邪推してしまった。
「……………まあ、いい。先にこちらを頂こう」
「………あっ、はい………どうぞ………」
ジークベルトが先に折れてくれて、内心ほっとした。アルファにも個人差があるだろうし、ジークベルトはそこまで独占欲も強くないのかもしれない。
「これは『ペコパ』といって、ルータパだと定番のデザートなんです。ケーキよりも甘さを抑えているので、ジークベルト様でも食べやすいかと」
気を取り直して、僕が作ったペコパの説明をした。ジークベルトは頷きながら、スプーンで一口取って、口に運んだ。
「………………いかがですか?」
「……………美味しい」
「………っ!」
無表情のままだが、美味しいと言ってもらえて、心がぱっと明るくなる。
「………君は何でも出来るんだな。料理まで作れるとは知らなかった」
「こんなの出来るうちに入りません。プロの料理人に比べたら、まだまだですから」
「……………? 十分出来ているだろう」
謙遜したら、ジークベルトは不思議そうな顔で見てきた。
「…………何故、そんなに自信がないんだ?」
「…………自信?」
「いつもそうだろう。君は努力して、やれる事だって多い。なのに、自分を卑下してばかりだ」
「…………………」
僕は最低限の仕事しかこなせないし、特別な魔法を使える訳でもない。至って平凡だ。今は心を読めるぐらいが唯一の特徴だと言ってもいい。それも偶然手に入れた力だ。
僕自身しか出来ないような、何かを持ち合わせていない。
今更になって才能が湧いて出てくる訳もないし、ないものねだりをするつもりもないけれど。
「そこまで自分を追い詰めなくても良いんじゃないか」
だけど、ジークベルトの言葉に、肩の力が少しだけ軽くなったような気がした。サングリフに嫁いでからというもの、慣れない言語や文化、仕事に溶け込もうと必死だったからかもしれない。
好きな人に自分を認めてもらえると、こんなに心強く感じるんだな………。
「………ありがとうございます。少し自信がつきました」
「………………それなら、良かった」
ジークベルトは必要以上の事は話さないが、根は優しい人だ。心を読まなくても彼の本心だということがわかる。
「…………俺のために作ってくれてありがとう。君に何か返したいが………」
ペコパを食べ終わったあと、ジークベルトからそう言われた。僕が泥酔して迷惑を掛けたから、本当はお返しなんていらないんだけど………。
「………………じゃあ、今日も一緒に寝てもいいですか?」
「……………………………」
すごい間だ。一緒に寝るの嫌なんだろうか。抱いて欲しいとか、深い意味はないんだけど。ただ一人で寝るのが寂しいだけで。
「………………ああ、わかった」
熟考した末に、ようやく頷いてくれた。一人で寝るのが好きなタイプだったら申し訳ないなと思いつつ、夜を楽しみに待つことにした。
77
あなたにおすすめの小説
遊び人殿下に嫌われている僕は、幼馴染が羨ましい。
月湖
BL
「心配だから一緒に行く!」
幼馴染の侯爵子息アディニーが遊び人と噂のある大公殿下の家に呼ばれたと知った僕はそう言ったのだが、悪い噂のある一方でとても優秀で方々に伝手を持つ彼の方の下に侍れれば将来は安泰だとも言われている大公の屋敷に初めて行くのに、招待されていない者を連れて行くのは心象が悪いとド正論で断られてしまう。
「あのね、デュオニーソスは連れて行けないの」
何度目かの呼び出しの時、アディニーは僕にそう言った。
「殿下は、今はデュオニーソスに会いたくないって」
そんな・・・昔はあんなに優しかったのに・・・。
僕、殿下に嫌われちゃったの?
実は粘着系殿下×健気系貴族子息のファンタジーBLです。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
アプリで都合のいい男になろうとした結果、彼氏がバグりました
あと
BL
「目指せ!都合のいい男!」
穏やか完璧モテ男(理性で執着を押さえつけてる)×親しみやすい人たらし可愛い系イケメン
攻めの両親からの別れろと圧力をかけられた受け。関係は秘密なので、友達に相談もできない。悩んでいる中、どうしても別れたくないため、愛人として、「都合のいい男」になることを決意。人生相談アプリを手に入れ、努力することにする。しかし、攻めに約束を破ったと言われ……?
攻め:深海霧矢
受け:清水奏
前にアンケート取ったら、すれ違い・勘違いものが1位だったのでそれ系です。
ハピエンです。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
自己判断で消しますので、悪しからず。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
僕を振った奴がストーカー気味に口説いてきて面倒臭いので早く追い返したい。執着されても城に戻りたくなんてないんです!
迷路を跳ぶ狐
BL
社交界での立ち回りが苦手で、よく夜会でも失敗ばかりの僕は、いつも一族から罵倒され、軽んじられて生きてきた。このまま誰からも愛されたりしないと思っていたのに、突然、ろくに顔も合わせてくれない公爵家の男と、婚約することになってしまう。
だけど、婚約なんて名ばかりで、会話を交わすことはなく、同じ王城にいるはずなのに、顔も合わせない。
それでも、公爵家の役に立ちたくて、頑張ったつもりだった。夜遅くまで魔法のことを学び、必要な魔法も身につけ、僕は、正式に婚約が発表される日を、楽しみにしていた。
けれど、ある日僕は、公爵家と王家を害そうとしているのではないかと疑われてしまう。
一体なんの話だよ!!
否定しても誰も聞いてくれない。それが原因で、婚約するという話もなくなり、僕は幽閉されることが決まる。
ほとんど話したことすらない、僕の婚約者になるはずだった宰相様は、これまでどおり、ろくに言葉も交わさないまま、「婚約は考え直すことになった」とだけ、僕に告げて去って行った。
寂しいと言えば寂しかった。これまで、彼に相応しくなりたくて、頑張ってきたつもりだったから。だけど、仕方ないんだ……
全てを諦めて、王都から遠い、幽閉の砦に連れてこられた僕は、そこで新たな生活を始める。
食事を用意したり、荒れ果てた砦を修復したりして、結構楽しく暮らせていると思っていた矢先、森の中で王都の魔法使いが襲われているのを見つけてしまう。
*残酷な描写があり、たまに攻めが受け以外に非道なことをしたりしますが、受けには優しいです。
断られるのが確定してるのに、ずっと好きだった相手と見合いすることになったΩの話。
叶崎みお
BL
ΩらしくないΩは、Ωが苦手なハイスペックαに恋をした。初めて恋をした相手と見合いをすることになり浮かれるΩだったが、αは見合いを断りたい様子で──。
オメガバース設定の話ですが、作中ではヒートしてません。両片想いのハピエンです。
他サイト様にも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる