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第六章 大海の王者と魔導白書(グリモワール)

第二話「快楽船団」

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客船都市“egoist エゴイスト”

本来、商船であろうと軍船であろうとガレオン級が大きさの最大級とされている。しかしこの客船は都市として機能するだけの大きさがあり。街一つがスッポリ入るだけの規模を誇っている。

街の中身も販売や飲食店が軒を連ねる商業街と船員等がが暮らす住宅街、そしてこの船最大の特徴である金と肉欲の掃き溜め歓楽街が存在する。

富や名声、そしてひと時の快楽を求めて人々はこの船に集まった。

その船を治めるのはかつて「エリス」と呼ばれた女王だった。
元は女海賊、もしくは海賊の情婦だったとされるが詳しい過去を知るものはいない。彼女は莫大な富でこの船を築き、人を集め、理を定め、現在の歓楽街を治めている

野心家にも、貧困者にも。
知恵を売る者も身体を得る者も。
この船は等しく栄光と滅びを与える。

時には太陽の様に眩しく、闇夜の様に暗い。
その場所を治める女王は、erisu egoist enpress 
恐怖と敬意を込め人々からはes(エス)と呼ばれた。

この最大の歓楽街を有する船がカジノ大会の景品にグリモワールを掲げるという噂が出回ったのは数週間前。もちろんその真の意味を知らない人々もいただろうが、その名前の意味する所と出どころから貴重な物に違いないという噂まで疾風のように大陸を駆け抜け、様々な人がエゴイストに駆けつけた。

そしてその中には、尾の長い黒猫と銀髪の美少女もいた。

「さて、ようやく着きましたね。まずは宿屋を確保しましょうか。」

銀髪の少女はいつもの旅慣れた感覚で段取りを進めるが、ここは旅路の末にたどり着いた街ではなく、“客船”であった。

数日間の滞在は不要と諌める黒猫に銀髪の少女は反論する。

「タロ様、せっかくの歓楽都市エゴイストですよ?どれだけの美食美酒が私を待ち望んでるやら……タロ様だって部分的に余計な脂肪が付いた安いメスでハアハアしたいでしょ?」

『自分への欲求に正直な点と表現に著しく悪意が満ちているのはいつものこととして……』

黒猫はいつもより大袈裟におのぼりを演じる従者を先回りし目線を絡み取って静かに諭した。

『アリス。グリモワールを追うな』

食欲をそそる香りと威勢のいい店員の呼び込む声、露出の多い女性に群がる歓声。それらの世界とは隔離するかの様に別の次元に一人と一匹は向かい合っている。

「タロ様、これはチャンスです。本来の…」

従者の進言は主からあふれ出た魔力の渦によって中断された。

蒼く、闇深く、魅入ったが最後、全てを焼き払う魔の炎。
従者を威嚇するように黒猫の体中を蒼い炎の蛇がうねる。

『二度は言わん、アリス。グリモワールはお前が考えている様なものではない。多少の知識が書かれていようともそれは読むに値しない代物だ』

普段ならアリスは毒舌混じりで主人を煙に巻いただろう。
普段なら黒猫はそんな従者に溜息混じりで答えただろう。

だがそうではなかった。
今回はそうではなかった。

主人は立場を笠にとって命令する様な神ではなかった。
いつだって理由を説明し、優しく諭してくれた。
仮に理解できなくても根気よく導いてくれた。

そんな主人が力で止めようとしている。
それはすなわち、あの話がそれほどの信憑性を秘めていたという事。

軽薄なブックマークが言い放った戯言が、戯言ではなかったということ。

“グリモワールの力は存在する”

それは

“主人を本来の姿に戻し力を取り戻すこと”

を意味する。

『アリス、聞け』

黒猫の目の前にはいつもの銀髪美少女の姿はなかった。

叱られている子供の様に目に溢れ出さんばかりの涙を溜め、フルフルと小刻みに震えている。

希望が、渇望が、理不尽さが、焦りが。

アリスの心を支配する。

『困ったことをしてくれたものだな、あの髭タバコは』

アリスは胸の底から絞り出すように訴える。

「私のこの御技はタロ様からお預かりしているだけのものです。この世界で、この汚らしく惨めな世界で、あなた様が生きて行く為の手段なのです。」

少女の美しい頬に涙が一筋流れる。

「本当は今すぐにでもお返ししたい。あの光り輝く穏やかな“神”の頃に戻って欲しい……そうすればあの時のご恩を返すことも……」

『アリス。私のこの姿は自らが招いたことの結果だ。あの戦に参加したのも、誰と戦ったかも、何に負けたのかも。』

「ちがう!私がタロ様を救おうとした時、闇に取り込まれようとしたのを救っていただいいたから……私が余計なことをしたから……」

『アリスそれも含めてアレが私の、私達の結末なのだ。私はもう昔を欲してはいない。今は今を精一杯生きるべきなのだ。神でなくなった私と人でなくなったお前とで』

黒猫に纏わり付いた魔力という蒼い闇は静かに消えていく。

『さあ、アリス。美味いものでも食べて少し落ち着こう。今日はお前の好きな酒もほどほどなら許そうではないか』

いつもの様に優しく諭す主人に向かっていても少女は俯き表情を見せることはなかった。

黒猫は知っていた。
こうなったアリスは引かない。
遠い昔それは黒猫と少女が、神と従者だった頃。
神は己の主義を変え戦に参加することを決めた。
それまで従順とはいかないまでも、従者は根っこでは主人に従っていた。
その少女が強く反抗した。
声を荒げ、物を投げつけ、泣きじゃくり、目を合わせなかった。

あの時は卑怯と知りつつも、神の力で乗り越えた。
乗り越えたというより、逃げた。

今はあの時の様な神の力は無い。
私をあの時の私に戻すと息巻く少女にかける魔法も言葉もない。

大きく息を吸う少女、意を決し口を開く黒猫。
しかし両者の沈黙を破るきっかけは、突如二人の間に落ちてきた酔っ払いだった。

《ガッシャーン》

対面はすれど気持ちの交差しない一人と一匹の前に落ちてきたのは、血だらけの酔っ払いだった。どうやら目の前にある酒場の2階から落ちてきたらしい。酒の飲み過ぎか酔っ払い同士の喧嘩か。あまりに唐突な場面に虚を突かれながらも少女と黒猫は酔っ払いが落ちてきた方を同時に見上げる。

そしてこれが2人にとって、この街で最初で最後の共同作業になるのだった。
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