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◆交錯②
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それから三日が経ったが、デートの翌朝に交わしたメッセージを最後に、舞花ちゃんから連絡はない。
雨に濡れて、あの日そのまま家に帰ったことが理由だろうか。
つまらない男だと、俺の評価が下がったのかもしれない。
それとも、大丈夫だと俺に言いつつ、雨のせいで熱を出して寝込んでいるのだろうか。
だが、彼女の具合をうかがう内容の同じメッセージは何度もできなくて、なんとなくモヤモヤしたまま日にちだけが過ぎてしまった。
しかし今日、それがわかる。
彼女が勤務する㈱大井コーポレーションにアポイントを取っている日だ。
受付のいつもの場所に彼女がいなければ休んでいるということなので、美里ちゃんに状況を聞ける。
気になるなら電話なりメッセージなり、自然な形で連絡すればいいのに、どうして俺はそれができないのか……
そんな自分が情けない。
午前十一時、㈱大井コーポレーションのビルのロビーへ足を踏み入れる。
自動扉が開くと同時に受付を見ると、いつもどおり彼女はそこに座っていた。
「いらっしゃいませ」
彼女は俺を見ると少し気恥ずかしそうな顔で、ペコリと頭を下げた。体調は大丈夫そうだ。
「良かった」
「……え?」
「あれから連絡がなかったし、もしかしたら寝込んでるのかもと心配だった」
俺の言葉を聞き、彼女がふわりと笑った。
「大丈夫ってメッセージで言ったじゃないですか」
「そうだけど……」
だったらどうして急にメッセージが途絶えたのか、……なんて、聞けやしない。
具合が悪いわけではないなら、きっと俺がなにかやらかしたのだ。
あのデートで、知らず知らずのうちに、彼女の機嫌を損ねることを俺が言ってしまった可能性が浮上してくる。
「俺、嫌われたかな」
本気でそう思ったわけではなかったが、気がつくと苦笑いと共にボソリとつぶやいていた。
そんな俺の言葉を耳にした彼女が、一瞬驚いた顔をした。
「そ、そんなことないですよ!」
彼女はうつむき加減で頬を少し赤らめていて、その表情を見る限り、嫌われたわけではなかったようだ。
「専務とお約束ですよね。少しお待ちください」
業務に戻った彼女が秘書室に内線電話を入れる。
仕事をしているときの彼女は凛々しさと清楚さが備わっていて、今まではあまり意識しなかったけれど、そういうところも魅力的だ。
「この前は途中で雨が降ってきたから、仕切りなおしで今度どこかに出かけない?」
俺が小声で話しかけると、彼女は恥ずかしそうにコクリと笑顔で頷いた。
俺とまた出かけてもいいってことだよな?
「また連絡するよ」
俺も彼女に笑みを残し、専務室へと足を運ぶ。
最近わかったが、舞花ちゃんと話したあとは自然と笑顔になる気がする。
彼女がかわいらしい笑みを俺に向けるから、俺も自然とそうなるのだろう。
彼女のおかげで、確実に俺は元気をもらっている。その証拠に、今日は仕事がキツくてもがんばれそうだ。
そのあと午後からもいくつか会社を訪問し、腕時計に目をやると午後六時を過ぎていた。
これから会社に戻ってデスクワークか。
駅まで歩く途中、今日家に帰るのは何時になるのだろうと、溜め息を吐きだしそうになる。
ふと気づいたが、今歩いているこの大通りは、たしかあの時と同じ道ではないだろうか。
舞花ちゃんたちとの飲み会の日、このビルのカラオケ店で二次会だったと、左手にそびえる建物を見上げた。
ということは、もう少し先に歩いていけば……あった! 俺は“Sutera”の看板を発見する。
あの店で間違いないと思う。遥ちゃんが働いている雑貨店だ。
空の色がだんだん夕暮れから夜の闇へと変化していて、仕事を終えて家路へ向かう人間が駅へと急いでいる。
そんな雑踏の中、俺は“Sutera”の店の前で足を止めた。
雨に濡れて、あの日そのまま家に帰ったことが理由だろうか。
つまらない男だと、俺の評価が下がったのかもしれない。
それとも、大丈夫だと俺に言いつつ、雨のせいで熱を出して寝込んでいるのだろうか。
だが、彼女の具合をうかがう内容の同じメッセージは何度もできなくて、なんとなくモヤモヤしたまま日にちだけが過ぎてしまった。
しかし今日、それがわかる。
彼女が勤務する㈱大井コーポレーションにアポイントを取っている日だ。
受付のいつもの場所に彼女がいなければ休んでいるということなので、美里ちゃんに状況を聞ける。
気になるなら電話なりメッセージなり、自然な形で連絡すればいいのに、どうして俺はそれができないのか……
そんな自分が情けない。
午前十一時、㈱大井コーポレーションのビルのロビーへ足を踏み入れる。
自動扉が開くと同時に受付を見ると、いつもどおり彼女はそこに座っていた。
「いらっしゃいませ」
彼女は俺を見ると少し気恥ずかしそうな顔で、ペコリと頭を下げた。体調は大丈夫そうだ。
「良かった」
「……え?」
「あれから連絡がなかったし、もしかしたら寝込んでるのかもと心配だった」
俺の言葉を聞き、彼女がふわりと笑った。
「大丈夫ってメッセージで言ったじゃないですか」
「そうだけど……」
だったらどうして急にメッセージが途絶えたのか、……なんて、聞けやしない。
具合が悪いわけではないなら、きっと俺がなにかやらかしたのだ。
あのデートで、知らず知らずのうちに、彼女の機嫌を損ねることを俺が言ってしまった可能性が浮上してくる。
「俺、嫌われたかな」
本気でそう思ったわけではなかったが、気がつくと苦笑いと共にボソリとつぶやいていた。
そんな俺の言葉を耳にした彼女が、一瞬驚いた顔をした。
「そ、そんなことないですよ!」
彼女はうつむき加減で頬を少し赤らめていて、その表情を見る限り、嫌われたわけではなかったようだ。
「専務とお約束ですよね。少しお待ちください」
業務に戻った彼女が秘書室に内線電話を入れる。
仕事をしているときの彼女は凛々しさと清楚さが備わっていて、今まではあまり意識しなかったけれど、そういうところも魅力的だ。
「この前は途中で雨が降ってきたから、仕切りなおしで今度どこかに出かけない?」
俺が小声で話しかけると、彼女は恥ずかしそうにコクリと笑顔で頷いた。
俺とまた出かけてもいいってことだよな?
「また連絡するよ」
俺も彼女に笑みを残し、専務室へと足を運ぶ。
最近わかったが、舞花ちゃんと話したあとは自然と笑顔になる気がする。
彼女がかわいらしい笑みを俺に向けるから、俺も自然とそうなるのだろう。
彼女のおかげで、確実に俺は元気をもらっている。その証拠に、今日は仕事がキツくてもがんばれそうだ。
そのあと午後からもいくつか会社を訪問し、腕時計に目をやると午後六時を過ぎていた。
これから会社に戻ってデスクワークか。
駅まで歩く途中、今日家に帰るのは何時になるのだろうと、溜め息を吐きだしそうになる。
ふと気づいたが、今歩いているこの大通りは、たしかあの時と同じ道ではないだろうか。
舞花ちゃんたちとの飲み会の日、このビルのカラオケ店で二次会だったと、左手にそびえる建物を見上げた。
ということは、もう少し先に歩いていけば……あった! 俺は“Sutera”の看板を発見する。
あの店で間違いないと思う。遥ちゃんが働いている雑貨店だ。
空の色がだんだん夕暮れから夜の闇へと変化していて、仕事を終えて家路へ向かう人間が駅へと急いでいる。
そんな雑踏の中、俺は“Sutera”の店の前で足を止めた。
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