【完結】あなたに恋愛指南します

夏目若葉

文字の大きさ
43 / 57

番外編①

しおりを挟む
<番外編>

 今日は大井コーポレーションへ訪問予定の日だった。
 あそこの専務は変人というか……要するに、屁理屈へりくつばかりで一筋縄ではいかないタイプだ。
 だが俺が何度も根気よく通っている成果なのか、少しずつ打ち解けてきたように思う。
 それに受付で舞花の顔が見られるから元気になれるし、専務とのアポも悪くない。
 ……俺はこんなに単純な性格だっただろうか。

 舞花に教えてもらった専務の好物のどら焼きを買い、大井コーポレーションへと向かった。
 うちの会社とは違って、ピカピカに磨かれているガラスの自動扉がブーンと音を立てて開く。

「いらっしゃいませ」

 笑顔で俺に対応してくれたのは、美里ちゃんだった。
 いつもふたり居る受付の右側に舞花が座っている。
 だけど今日は、背の高いスーツ姿の男の後ろ姿で隠れていてよく見えない。
 時折、舞花らしき女性がチラチラと見え隠れしている。
 受付のカウンターに身を乗り出すようにして、男が舞花に親しげに話しかけている。
 それを目にして余裕でいられるほど、俺は大人ではない。ムカムカとした感情がこみあげてきた。
 こんなところで口説くなよ。

 背が高いのをいいことにカウンターに肘をついて前傾姿勢になれば、舞花の顔とは至近距離だ。
 その男はスラリとした体形を活かすかのように、細身のスーツを身に着けている。ブランドものだろうか、色もデザインも洒落ていて値段も高そうだ。
 嫌味な感じだし、気に食わない。
 俺は瞬間的にそう感じながらも、自然とできてしまっていた眉間のシワを元に戻し、受付へと静かに歩み寄る。

「いつもお世話になります。ケーピーエスの和久井です」

 その男の左側に立ち、目の前の美里ちゃんへお決まりの挨拶をした。

「お世話になっております。少々お待ちください」

 スーツの男がそばにいるため、美里ちゃんもいつもとは違ってワントーン高い声を出す。
 お互いいつものようにフランクに話せないのは当然だ。

 俺は美里ちゃんが内線電話で専務秘書に連絡を入れてくれている間、チラリと隣の男を盗み見た。
 髪はワックスで毛先を無造作に遊ばせていて、ふわりと爽やかな香水の香りがした。
 俺より年下だろう。まだ若いのでどこかの新人の営業かもしれない。
 営業先の受付に肘をついて身を乗り出して女性社員を口説くなんて、どこの会社の人間だ?
 どんな教育をしてるのだ、その会社は。

 俺はムカムカしながらも、斜め前にいる舞花に視線を送った。
 舞花はその男に対して愛想笑いの笑みを浮かべながらも、どうしていいかわからない表情になっていた。
 相手は困っているんだよ、いい加減気づけ。

「……いらっしゃいませ」

 舞花が俺の視線に気づき、その男から逃れたい気持ちからか、俺にわざわざ言葉をかけてきた。
 それをきっかけに、男は舞花に「じゃあ、また」と親しげに言い残し、隣の俺に軽く会釈をして会社の外へ出て行った。

「はぁぁー」

 舞花と美里ちゃんが同時にどんよりとした溜め息を吐く。

「もう、長いんだから! まさか和久井さんが来る時間までここにいるとは思わなかった!」

 うんざり、という言葉がピッタリ当てはまるかのような表情を作り、美里ちゃんが愚痴を言う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

片想い婚〜今日、姉の婚約者と結婚します〜

橘しづき
恋愛
 姉には幼い頃から婚約者がいた。両家が決めた相手だった。お互いの家の繁栄のための結婚だという。    私はその彼に、幼い頃からずっと恋心を抱いていた。叶わぬ恋に辟易し、秘めた想いは誰に言わず、二人の結婚式にのぞんだ。    だが当日、姉は結婚式に来なかった。  パニックに陥る両親たち、悲しげな愛しい人。そこで自分の口から声が出た。 「私が……蒼一さんと結婚します」    姉の身代わりに結婚した咲良。好きな人と夫婦になれるも、心も体も通じ合えない片想い。

数合わせから始まる俺様の独占欲

日矩 凛太郎
恋愛
アラサーで仕事一筋、恋愛経験ほぼゼロの浅見結(あさみゆい)。 見た目は地味で控えめ、社内では「婚期遅れのお局」と陰口を叩かれながらも、仕事だけは誰にも負けないと自負していた。 そんな彼女が、ある日突然「合コンに来てよ!」と同僚の女性たちに誘われる。 正直乗り気ではなかったが、数合わせのためと割り切って参加することに。 しかし、その場で出会ったのは、俺様気質で圧倒的な存在感を放つイケメン男性。 彼は浅見をただの数合わせとしてではなく、特別な存在として猛烈にアプローチしてくる。 仕事と恋愛、どちらも慣れていない彼女が、戸惑いながらも少しずつ心を開いていく様子を描いた、アラサー女子のリアルな恋愛模様と成長の物語。

俺と結婚してくれ〜若き御曹司の真実の愛

ラヴ KAZU
恋愛
村藤潤一郎 潤一郎は村藤コーポレーションの社長を就任したばかりの二十五歳。 大学卒業後、海外に留学した。 過去の恋愛にトラウマを抱えていた。 そんな時、気になる女性社員と巡り会う。 八神あやか 村藤コーポレーション社員の四十歳。 過去の恋愛にトラウマを抱えて、男性の言葉を信じられない。 恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。 そんな時、バッグを取られ、怪我をして潤一郎のマンションでお世話になる羽目に...... 八神あやかは元恋人に騙されて借金を払う生活を送っていた。そんな矢先あやかの勤める村藤コーポレーション社長村藤潤一郎と巡り会う。ある日あやかはバッグを取られ、怪我をする。あやかを放っておけない潤一郎は自分のマンションへ誘った。あやかは優しい潤一郎に惹かれて行くが、会社が倒産の危機にあり、合併先のお嬢さんと婚約すると知る。潤一郎はあやかへの愛を貫こうとするが、あやかは潤一郎の前から姿を消すのであった。

Blue Moon 〜小さな夜の奇跡〜

葉月 まい
恋愛
ーー私はあの夜、一生分の恋をしたーー あなたとの思い出さえあれば、この先も生きていける。 見ると幸せになれるという 珍しい月 ブルームーン。 月の光に照らされた、たったひと晩の それは奇跡みたいな恋だった。 ‧₊˚✧ 登場人物 ✩˚。⋆ 藤原 小夜(23歳) …楽器店勤務、夜はバーのピアニスト 来栖 想(26歳) …新進気鋭のシンガーソングライター 想のファンにケガをさせられた小夜は、 責任を感じた想にバーでのピアノ演奏の代役を頼む。 それは数年に一度の、ブルームーンの夜だった。 ひと晩だけの思い出のはずだったが……

愛想笑いの課長は甘い俺様

吉生伊織
恋愛
社畜と罵られる 坂井 菜緒 × 愛想笑いが得意の俺様課長 堤 将暉 ********** 「社畜の坂井さんはこんな仕事もできないのかなぁ~?」 「へぇ、社畜でも反抗心あるんだ」 あることがきっかけで社畜と罵られる日々。 私以外には愛想笑いをするのに、私には厳しい。 そんな課長を避けたいのに甘やかしてくるのはどうして?

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

処理中です...