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番外編⑪

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「今日って……どういうこと?」

 俺が静かな口調で聞けば、舞花は『えっと……』と言ったきり、しばし黙り込んでしまった。

「まさか誕生日じゃないよな?」
『ごめん……』

 舞花から出てきた言葉は申し訳なさそうな謝罪の言葉で、俺は信じられなくて息を飲んだ。

「ごめんって……今日が舞花の誕生日?!」
『実はそうなの』

 なんとなく予感していたものの、まさか本当に今日だったとは……。

「どうして言わなかったんだよ」
『ごめんなさい』

 今ここでそんな彼女を責め立てても仕方がないだろう。
 とにかく俺はこの事実を知ってどうすればいい? いったいなにができる?
 気持ちだけが焦って、軽くパニック状態だ。

「今夜、舞花の部屋に行くから」
『え?!』
「とにかく行くから! 待ってて」

 それだけ言って、俺は舞花との電話を切った。

 落ち着いて考えよう。
 今日は定時に仕事を終わらせて、まっすぐ舞花のもとへ行きたいところだが、午後はアポイントもたくさん入っていて仕事が山積みだ。
 仕事が終わってからだと、舞花のマンションへ何時に行けるかわからない。

 だけど一刻も早く終わらせるしかない。
 無理やりにでもなんとかするしかないだろう。
 誕生日は一年に一度しかない貴重な日なのだ。
 愛する恋人の誕生日にがんばらないでどうする!

 俺は自分のデスクへあわてて戻り、午後から訪問する会社の資料をまとめて鞄へ詰め込んだ。
 そして、夕方に戻ってきてからやろうと思っていた事務作業をテキパキと済ませ、上着と鞄を持って足早にエレベーターに飛び乗り、会社の外に飛び出した。

 アポイントの時間は簡単に変更はできない。キャンセルなんて尚更だ。
 俺は駅のホームで電車を待つあいだ、スマホに記した今日の予定表を睨みつけていた。
 移動の時間のロスがないように予定は組んだつもりだ。
 だけど、どこかで時間を作りたい。
 今夜舞花に会うのにプレゼントも持たずに行くわけにもいかないので、買い物をする時間をどうにかして作りたいのだ。

 幸い、二件目の会社訪問が終わった後なら少し時間が取れそうだ。
 それにその会社から、遥ちゃんが働いている雑貨店がわりと近い。
 前に遥ちゃんに会ったとき、ペアリングを勧められた。
 ペアリングでなくとも、あの店ならなにかプレゼントに適したものがありそうだ。

 プレゼントを持って、舞花のマンションへ行く途中に花でも買って……
 ……待て。
 あの店に行くのはやめておこう。
 舞花の誕生日にかこつけて、わざわざ俺が遥ちゃんに会いに行ったと勘違いされるのはご免だ。
 付き合っていなかったと何度説明しても、舞花は遥ちゃんのことを気にしていると思う。
 だから俺が店に行くことで誤解させて、せっかくの彼女の誕生日を台無しにしたくはない。
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