26 / 50
愛しい人④
しおりを挟む
今度は俺の発言で父がため息を吐いた。ガッカリさせるようなことを言った覚えはないのだが。
「厚労大臣のお嬢さんも気立ての良いかわいらしい方だ。桔平も会ったら気に入るかもしれない」
「父さん会ったことあるの? 俺は会わない。恋人を悲しませるような不誠実なことはしたくない」
「その恋人と結婚するのか? それでお前に何の利点があるんだ?」
静かだが真面目な声音で言った父の顔を、思わず凝視してしまう。本気で言っているのだろうか、と耳を疑ったからだ。
“利点”だなんて言葉を使って欲しくはない。
「結婚は一生を左右する。厚労大臣のお嬢さんと結婚すれば、厚労省とパイプができるようなもんじゃないか。志田ケミカルは化粧品も医薬部外品も製造してるメーカーだぞ? そのパイプは今後の仕事におおいに活かせるだろう?」
「父さん!」
「志田ケミカルの社長を継ぐお前の、強みに必ずなる」
仕事に活かせるとか、なにを言ってるんだ、と訝しげに父を見たまま絶句してしまった。しばし三人とも言葉を発さず、沈黙が流れる。
「俺が社長を継ぐだなんて決定してない」
「桔平……」
「それは俺たちが勝手に決めることじゃないはずだ」
そういうことは会長や社長を初め、取締役たちの役員会で決める。
それに、現時点で社長の健康状態も問題はないし、会長も存命でまだまだ元気なのだから、次期社長の話をする者は誰もいない。
父はどうして俺に次期社長をやらせたいのかわからない。
自分がかつて追い出された会社だから、息子の俺が社長になればリベンジを果たせると思っているのだろうか。
それこそ父に何の利点があるのだ。
父には父の、俺には俺の人生がある。親子であるとはいえ別人格だ。
俺を通してリベンジしても仕方ないし、それはリベンジとは言わない。
喉元まで言葉が出かかったが、それを言うと喧嘩になるだろうと思い、寸でのところで飲み込んだ。
久しぶりに家族で食事をしたのに空気が悪くなれば母が悲しむ。
「桔平、恋人を作るなとは言わない。お前はモテるだろうし、志田ケミカルの常務だと知って近づいてくる女もいるだろう。だがそういう金目当ての女と結婚するほど、お前はバカじゃないと俺は思ってる」
「美桜はそんな女じゃない!!」
瞬間的に声を荒げて言い返してしまった。直接的ではないにしろ、美桜の悪口を言われたのだ。それがわからないほど、俺は鈍感じゃない。
「美桜が近づいてきたんじゃなくて、俺が美桜に近づいたんだ。俺のほうが先に!」
無意識にかなり腹が立っていて、両手で拳を作り、グッと握りしめていた。
ダメだ。これ以上続けたら絶対に大喧嘩になる。
喧嘩がしたいわけではなく、気の進まない見合いを断りたいだけだし、美桜のことを悪く言われたくないだけだ。
「とにかく、俺はその見合いはしないから」
両親に向かってそう言うと、母がわかりやすくガクリと肩を落とした。
この話は両親が持ってきた話だけれど、会長である祖父は知っているのだろうか?と、このとき不安がよぎった。
もし祖父が絡んでいたら、外堀を埋められるように祖父からも口を挟まれて、もっと面倒なことになると思うと背筋が凍る。
「先方にはうまく断っといてよ」
また来るから、と母の背中をポンポンと叩き、そのまま実家をあとにする。父の顔はあえて見なかった。
大通りまで出るとすぐにタクシーをつかまえて、後部座席に沈んだ。
俺は今日、あの見合い話のために実家に呼ばれたのかと考えたら、自然と深いため息が出た。
次期社長の座のために政略結婚なんてまっぴらご免だ。
だが良いほうに考えると、美桜という大事な恋人がいると両親に伝えるきっかけにはなった。そうポジティブに考えるようにしよう。
美桜の顔を思い浮かべるだけで心が和む。
本当に特別な存在の女性だ。
美桜の頭を撫でて抱きしめたい。
あの小さくて柔らかい唇にキスがしたい。
……美桜に会いたい。
「厚労大臣のお嬢さんも気立ての良いかわいらしい方だ。桔平も会ったら気に入るかもしれない」
「父さん会ったことあるの? 俺は会わない。恋人を悲しませるような不誠実なことはしたくない」
「その恋人と結婚するのか? それでお前に何の利点があるんだ?」
静かだが真面目な声音で言った父の顔を、思わず凝視してしまう。本気で言っているのだろうか、と耳を疑ったからだ。
“利点”だなんて言葉を使って欲しくはない。
「結婚は一生を左右する。厚労大臣のお嬢さんと結婚すれば、厚労省とパイプができるようなもんじゃないか。志田ケミカルは化粧品も医薬部外品も製造してるメーカーだぞ? そのパイプは今後の仕事におおいに活かせるだろう?」
「父さん!」
「志田ケミカルの社長を継ぐお前の、強みに必ずなる」
仕事に活かせるとか、なにを言ってるんだ、と訝しげに父を見たまま絶句してしまった。しばし三人とも言葉を発さず、沈黙が流れる。
「俺が社長を継ぐだなんて決定してない」
「桔平……」
「それは俺たちが勝手に決めることじゃないはずだ」
そういうことは会長や社長を初め、取締役たちの役員会で決める。
それに、現時点で社長の健康状態も問題はないし、会長も存命でまだまだ元気なのだから、次期社長の話をする者は誰もいない。
父はどうして俺に次期社長をやらせたいのかわからない。
自分がかつて追い出された会社だから、息子の俺が社長になればリベンジを果たせると思っているのだろうか。
それこそ父に何の利点があるのだ。
父には父の、俺には俺の人生がある。親子であるとはいえ別人格だ。
俺を通してリベンジしても仕方ないし、それはリベンジとは言わない。
喉元まで言葉が出かかったが、それを言うと喧嘩になるだろうと思い、寸でのところで飲み込んだ。
久しぶりに家族で食事をしたのに空気が悪くなれば母が悲しむ。
「桔平、恋人を作るなとは言わない。お前はモテるだろうし、志田ケミカルの常務だと知って近づいてくる女もいるだろう。だがそういう金目当ての女と結婚するほど、お前はバカじゃないと俺は思ってる」
「美桜はそんな女じゃない!!」
瞬間的に声を荒げて言い返してしまった。直接的ではないにしろ、美桜の悪口を言われたのだ。それがわからないほど、俺は鈍感じゃない。
「美桜が近づいてきたんじゃなくて、俺が美桜に近づいたんだ。俺のほうが先に!」
無意識にかなり腹が立っていて、両手で拳を作り、グッと握りしめていた。
ダメだ。これ以上続けたら絶対に大喧嘩になる。
喧嘩がしたいわけではなく、気の進まない見合いを断りたいだけだし、美桜のことを悪く言われたくないだけだ。
「とにかく、俺はその見合いはしないから」
両親に向かってそう言うと、母がわかりやすくガクリと肩を落とした。
この話は両親が持ってきた話だけれど、会長である祖父は知っているのだろうか?と、このとき不安がよぎった。
もし祖父が絡んでいたら、外堀を埋められるように祖父からも口を挟まれて、もっと面倒なことになると思うと背筋が凍る。
「先方にはうまく断っといてよ」
また来るから、と母の背中をポンポンと叩き、そのまま実家をあとにする。父の顔はあえて見なかった。
大通りまで出るとすぐにタクシーをつかまえて、後部座席に沈んだ。
俺は今日、あの見合い話のために実家に呼ばれたのかと考えたら、自然と深いため息が出た。
次期社長の座のために政略結婚なんてまっぴらご免だ。
だが良いほうに考えると、美桜という大事な恋人がいると両親に伝えるきっかけにはなった。そうポジティブに考えるようにしよう。
美桜の顔を思い浮かべるだけで心が和む。
本当に特別な存在の女性だ。
美桜の頭を撫でて抱きしめたい。
あの小さくて柔らかい唇にキスがしたい。
……美桜に会いたい。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
18
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる