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遠い安息。
しおりを挟む「ーー・・久留米くん。お弁当は手作りなのか?」
「はい...でも、今日は失敗しちゃったので、あんまり見ないでください..」
楢崎は久留米の整頓され綺麗にデコレーションされている、可愛らしいお弁当に興味を示していた。
「美味しそうっ!卵焼きもらっていい?」
「はい、どーぞ」
ソフィアはそれに乗じて、クオリティが料亭クラスの綺麗な層を重ねている卵焼きを貰った。
「なっ、ずるいぞっ私もだっ!モグモグ...なんとういうことだ、これが本物の卵焼きか....」
狙っていた獲物を取られ、奮起した楢崎は勢いよくもう一つの卵焼きを食べ、あまりの美味しさに感動していた。
「えぇー、私の分無くなっちゃいますよー」
「じゃあ、私のをウィンナーあげるわ。」
ソフィアはそのお返しとして、おかず交換を敢行していた。
「へへへ、ありがとうソフィアさん。」
まぁまぁ身勝手だったが、久留米はどこか嬉しそうだった。
「......。」
いつの間にか、休み時間の屋上では女子会が開かれており、俺は少し離れたところでその様子を傍目で眺めていた。
(...うん、俺いないほうが...)
幸いなことに彼女らは彼女らで、結構楽しそうにしていたが、俺がいる事で変に遠慮が生まれると心痛いので、なるべく早くここから離脱したかった。
「...なぁ、俺...」
「?..どうしました海道さん。」
「清澄?」
「む?」
さりげなくこの場から離れることを言おうとしたが、彼女らの視線が一気に自分に向き、なんかまずい事でも言ったかのような空気になった。
「...あ、俺、篠蔵と会う約束してるから。」
一瞬硬直したが、スムーズにこの場から離脱できる方便を語った。
「...わかりましたー。」
「やましいことじゃないだろうな...」
「わかったわ、じゃあ今日のレッスンは無しね。」
彼女らはそれぞれ彼を見送り、彼も軽く手を振っていたがソフィアの最後の一言に対しては違っていたため、彼は立ち止まって、彼女の方へ向いた。
「いや、ソフィアは今日で海道日本学校を卒業だ。」
「ぇっ...なんで」
「なんだ?海道くんが彼女に日本語を教えていたのか?」
「..うん。」
ソフィアはいきなりの卒業授与に困惑しながら、楢崎の問いに答えていた。
「へぇー、そうなんだ。」
「...もう十分話せてるからな、それに俺のやった事といえば、ややこしい表現の解説と標準語のイントネーションの矯正くらいだしな。」
「うっ..でも..」
彼の正論に屈しそうだったソフィアはそれでもと言いかけていたが、彼は加えて畳み掛け、足早にずらかった。
「それと、変に完璧主義なところを緩和させれば、あとは問題ない。じゃあ...俺はこれで..」
バタンっ
「...っあ...」
ドアが閉まる音だけが残り、ソフィアは彼に反論する余地もなく、ただ伸ばしかけた手で空を握るしかなかった。
「「「.....。」」」
彼繋がりで集まった女子会は、彼が居なくなった事で少々の沈黙が生まれたが特に問題はなさそうで、その僅かな沈黙を切ったのは久留米さんだった。
「ーー・・うーん。行っちゃいましたね。」
彼女はおっとりとした感じで、暖かいお茶を一杯飲み、どこか粛々と余裕を持っていた。
「うむ、やけに急いでいたな。」
「.....。」
そして、楢崎は今もなお彼を勘繰っている一方で、ソフィアは若干放心状態だった。
「・・お茶いかがですか?」
「...あっ、ありがとう...ごくっ...ふぅ。落ち着くわね...」
そんな彼女を見かねて、久留米は魔法瓶からお茶を付属のカップに注ぎ差し出すと、仄かな穏やかさを取り戻していた。
「ふふ、そんなにショックでしたか?」
「むっ?!...はて、なんのことです..かな...」
嘘がつけないソフィアは、目を分かりやすく泳がせながら、頑張って彼から告げられた事に動揺していないように見せていた。
「まさか、ソフィアさんが海道くんから、特別な個人レッスンを受けていたなんて...」
「ソフィアくん?!...そ、そ、そういうこともしていたのか?!」
意外とむっつりな楢崎さんは、久留米の誤解を生む発言にあらぬ想像をしていた。
「ち、違うわよっ!...そのっ、本当に日本語教えてもらってた...だけだから...」
「ふぅーん...もっと、進んでるのかと思った。」
やはり嘘のつけない彼女の事から、久留米は本当にそういうことまで発展してない事を一応の事実として受け入れたが、想像と違っていた事に少々釈然としていなかった。
「なっ...はしたないですぞ...久留米くん」
こちらもウブな楢崎さんは、思い浮かべていた少々行き過ぎな妄想に顔を紅潮させていた。
「ふふっ、楢崎先輩はそういう経験ないんですか?」
「..私も聞きたいですっ!」
久留米のからかい先が彼女に変わり、楢崎の意識外からの質問をしかけ、ソフィアもそれに乗った。
「あ、あるわけないだろっ...私は生まれてこの方、剣道一筋だからな...」
「ふーん。でも、例えば道場の門下生の方で良い人から告白されたりしなかったんですか?」
「ぐぬっ...うーむ。一回だけあったが...大した話では..」
「聞きたいです!先輩の話。」
彼女からの追従に屈し、一拍して思い返した彼女の中に目星しい話があり、ソフィアはそれに食いついていた。
可愛い後輩からの眼差しに、楢崎は見事に下り、話始めた。
「うっ...わかった。その、高一の頃にな、剣道部の部長に決闘を申し込まれて、勝ったら付き合ってほしいと言われたんだが、完封してしまってな....」
「わぁお、それはそれは...」
楢崎のエピソードを聞いたソフィアは、若干引いていたが、久留米は気掛かりな点を聞いた。
「もし、その人が勝ってたら付き合ってたんですか?」
「....そうだな、私は剣道で師匠以外に負けたことがなかった....もしかしたら、それも有り得たかもしれん。」
彼女のもしもの問いに、楢崎は真剣な面持ちで考え自分よりも強い者にあったイフを受け入れ、結論を出した。
「その人は海道くんに似てましたか?」
「んぅ?!なぜ海道の名が...ぅ..まぁ、彼とは真反対で、周囲からの信頼も厚く、真面目な男だった。」
芯に迫る久留米の質問は、ソフィアが欲しい情報を引き出していた。
「なら...普通に付き合っちゃえば...」
「いや、彼はあくまで告白ではなく、覚悟を決めて私に"決闘"を申し込んだ。つまり、彼もわかっていたのだろう、私が言葉だけでは揺るがないと...」
その人への印象を語る彼女に、ソフィアは率直な草案を言ったが、彼女の理路整然とした実直な答えで棄却された。
「っ...すみません。甘い提案でしたね...」
楢崎の武人としての側面を見た、ソフィアは少し圧を食らい浅はかな提案を謝った。
「あっ、その怒ったわけではないぞ、その正確に説明しただけで...」
後輩を怖がらせてしまったと思った楢崎は、あわあわとフォローを入れていた。
「あらソフィアさん、可哀想に...よしよし、先輩怖い怖いだね...」
一方、おふざけで久留米がそういう方向に向けようと、少しくらっただけのソフィアを抱きしめ慰めていた。
「...ぁ..の、くるしぃ..けど...あったかい..」
ソフィアは久留米の豊満で柔い乳袋によって彼女の策略に籠絡されていた。
「ノォーーすまないぃ、ソフィアくんっ!」ぎゅっ
「うぐっ...こ、これは...っ」
最終的には、久留米と楢崎の超高校級の乳袋がソフィアを優しく包み込んでいた。
(ここが、ジパングってところなの..かしら...)
誰もが羨む状況に身を任せながら、彼女はかつて誰もが目指した黄金の国をここに見出していた。
「....なんか、今、所有株が含み損を孕んでる感じが...」
一方で、もちろん、篠蔵うんぬんは丸っきり嘘で、普通に静かな場所に赴いていた海道くんは何か損をした気分に釈然としていなかった。
「ーー・・あっ...篠蔵。」
時は少し遡り、屋上で女子会からのけもんにされた、海道くんが図書館へと向かっている途中、中庭に見知った人を見かけた。
「ーー・・でよぉー、唐川がフラれるならともかく、俺まで嫌われてさー」
「ははっ、それは災難だったね。」
(誰と話してんだ...)
2階の窓越しから、篠蔵と誰かが話しているがちょうど遮蔽物に阻まれ、その相手がわからなかった。
すると、どこからか桃髪の女が現れ、そいつに抱きついていた。
「しーっばっはる!!」
「わぁっ...へへへ、なんだうーちゃんかぁ..」
中庭でそこそこ人目があるところでも、芝春たちはいちゃつきを控えていなかった。
(げっ...)
会いたくない彼らを発見し、思わず顔を顰めた。
だが、本当に運よく、校舎内から見下ろす位置から発見したことで、彼らとの接敵を免れていた。
一応、俺は彼らと接敵しないためになるべく教室に留まりすぎない事を心掛け、彼らとは教室が割と遠いが、念のため昼休みはすぐに屋上へ向かっていた。
しかし、やはり同じ学校にいる限り、それも今日から厳しくなってきたのをひしひしと感じた。
「はぁ...」
(屋上と図書館が、なけなしのの安全地帯だったんだが...)
本来なら避けられていた事象だったが、既に、屋上はJOSHIKAIに占拠され、残ったのは少し遠くの特別棟の屋上と図書館の隠れ部屋位だった。
いや、結構あるな。
そんなことを考えていると、無事に図書館に到着した。
ガラガラ...
「......。」シーン
「.....スヤァ。」
おもむろにドアを開けると、案の上、昼寝している定年間際の司書さん以外誰もいなかった。
(まぁ、それはそうか)
昼休みもあと10分もしないくらいで終わりそうな時間に差し掛かっており、普通の生徒であれば早めに教室に戻っている時刻だった。
「.....。」スタスタ
彼は道中、居心地が良さそうな黒革のソファーを見かけるが、スルーして誰も使わないであろう蔵書が敷き詰められている図書館の奥側の場所に向かった。
ジリっ..ジリ
段々と外から入ってくる光が少なくなってきて、異音を放つ頼りない電光灯が辺りを照らす。
(ここら辺だったような...あ、あった。)
そして、目的地に到着した。
そこは、なんの変哲もない所で、本棚と本棚の間に少し大きめの台車がすっぽり入る空間のちょうど目前だった。
「....。」カチッ
彼は左手にある本棚の側面の一部をおもむろに押した。
ズズッ
すると、本棚が先の隙間を埋めるように静かにスライドし、壁が見える筈のところに、ある筈のない部屋に繋がる入り口が現れた。
その入り口を通り部屋に入ると同時に、入り口は静かに閉じた。
そして、そこにはVIPルームのような落ち着いた雰囲気の黒と茶色を基調とし、程よく暖色の明かりに照らされ、年中過ごしやすい室温に保たれており、ゲーム機が搭載されたテレビに、いくらでもくつろげるようなソファー、さらにはガラス張りの冷蔵庫に瓶や缶の飲み物が常備されていた。
なぜこうも豪華なのかというと、この部屋はこのギャルゲーを数回クリアし、任意の特殊条件を満たした者のみ入れる部屋であり、かつ、元々はある特別アイテムが入手可能な場所であるからである。
「....。」
それはご丁寧に怪しい照明が当てられており、部屋のどこにいても目につくような所にあった。
「....はぁ、どうしろと」
思わずため息を吐くほどの特別アイテムとは、ズバリ"惚れ薬"である。
それはこの世界において、絶対的な力を有し、プレイヤーを絶対的なクリアに導く代物であるが、正直俺はこのアイテムの扱いに扱いあぐねていた。
なぜなら、ガラス張りのケースの中で祭られているソレを手にしてしまったら、必ず使用しなければならないからである。
だが、実はゲーム内では使用しなかった場合、特にペナルティはなく二年という無駄に長い使用リミット時間が刻々と刻まれるくらいであった。
前の世界でもゲーム内で奇跡的に入手できたが、結局もったいぶって使わなかったくらいなので、もちろん、この世界でも使わなそうなため、放置が妥当という結論を既出していた。
「....ふぅ。」
という事を、ふかふかながらも程よく反発力のあるソファーで暖かい毛布に包まりながら惰性で振り返っていると、天使の囁きに導かれるよう、抗いようのない女神の抱擁に溺れるように穏やかな惰眠に沈んだ。
そうして、小一時間ほど心地良かったはずの眠りの中、懐かしい景色が嫌に目の前に広がる。
「ーー・・待ってよぉ、にいさーん。」
「いや、その子、俺じゃないから...」
芝春が知らない男の子についていきそうになり、引き止めるが変に勘違いされた。
「な!..騙し討ちなんて酷いよぉーー」
「人聞き悪いな...」
「こらこら、清澄はお兄ちゃんなんだから、優しくしなさい。」
そして、勘違いが勘違いを呼んでいた。
「あー...はいはい」
(なんで母親って、大体見る所ずれてんだよ...)
転生して2度目の人生でも、母というのは不思議な特性を持っていた。
「ふふふ...ったく、生意気な子ね。一体誰に似たのかしら」よしよし
どこで覚えたのか、彼のこ生意気な態度でも、母の愛は変わらなかった。
「母さんっ..俺ももう子供じゃないだから」
この時、すでに30年は地続きで生きて、頭を撫でられるのは結構恥ずかしかったが、やけに懐かしく、手で軽く払いつつも、振るいのけることはできなかった。
やはり、俺はこの家族のことも....
「ーー・・ははははははっ...うわっ、マザコンオタクきっも。」
頭に響く嘲笑の後、諦観的な冷たい声が背後から聞こえ、振り返ると、もうどうでもいいはずの桃髪の少女がこちらを指さして嘲笑っていた。
「っ?!・・・ーーーー・・っ....」
そいつと目が合うと、俯瞰していた懐かしい景色が一気に瞼の裏の深淵に収束する。
...バッ!!
「っ!?...ふぅっ...はぁ...はぁ..」
体にかけていた毛布を突き上げ、今や生半可なトレーニングでは汗すらかかない強靭な肉体から、びっしょりと汗が溢れており、苦しくない筈なのに、息切れで呼吸が確かに乱れていた。
「...スゥ....お前の根っこは、深そうだな。」
落ち着いて深呼吸をするとすぐに元に戻ったが、避けようのない問題が顕在化してしまった・・ーー
ーー・・そう、もういないはずの海道 清澄はいくら、中身が入れ替わろうと、桜楼 羽美を忘れてなどいなかった。
後書き
海道 芝春 しばはる 172cm 60kg cv.matsuoka y
高校一年生。一卵性ではない双子ためか、兄の清澄とは全然似ていない。
可愛い系のイケメン。
このギャルゲーの主人公。
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