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Study101: strong point「強み」
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清水に続いて保健室に入り、夢月は後ろ手に扉を閉めた。
経験からも今この場面で清水に背を向けるのは危険だと本能が言っている。
笑いながら見下ろしてきた清水の目には、贖罪の念などカケラもなかった。
何をしてくるか、わかったものではない。
「………で、警察の聞き込みって」
「あー、待って待って、まずは色々準備ね」
警戒心剥き出しの夢月を横目に見てほくそ笑みながら、清水がシンクへと向かう。
保健室には小さいながらシンクがあり、手洗い場となっている。
その並びにはシンクよりも面積の広いカウンターテーブルがあり、コーヒーメーカーやら何やら明らかに清水が揃えたであろうカフェセットが並ぶ。
夢月の知る限り、その一角は清水が来てから現れた。
「夢月先生もうがい手洗いだよ」
手洗いを済ませた清水が愉しげにコーヒーメーカーの前に立つ。
色々準備ってソレなのか、と突っ込みたいところは呑み込んで夢月も手を洗おうとシンクの前に立った。
「アルトはさ、『突然、知らない男に斬りつけられた』って言ったんだよね、警察に」
突然清水が話を始め、夢月は身構える。
声が思っていたより近く、清水の手が水道の蛇口を捻っていた。
距離を取ろうとした時には、すっぽりと腕の中に囲われ、両手を掴まれる。
「何するんですかっ?!」
「婚約者の真似事?洗ってあげるよ」
「真似事いりませんよ!!」
「だめだめ、当分は濃密に仲の良い婚約者を演じなきゃ。通り魔説を根付かせる為にね」
身をよじって清水の手から抜け出そうとしている夢月の耳の後ろで清水が小さく笑う。
清水は華奢に見えて意外と力が強い。
本気で捩じ伏せられたら逃れられないだろう。
ぞっとしながらも、頭は清水の話に気を取られた。
通り魔説を根付かせる??
抵抗を緩めた夢月の手を清水が両手に包みこむ。
「警察はさ、被害者の話を元に現場検証をするし、犯人特定に動くけど、元にするだけで信じてはいないんだよ。彼等は真実が好きだからね。だから、被害者と被疑者を繋ぐ線を探る。怨恨も疑うんだ」
清水に握られた手が流水に触れ、耳元で囁かれる清水の声のようにサラサラと肌を流れて行く。
耳元で声を聞く事は真崎にもよくされている。
真崎の声や吐息は、体の奥のスイッチを押すように、焦れったく甘く衝動を誘ってくるが………
「要は、被害者であるアルトの周辺も探るんだよ。怨恨からか、強盗目的か、愉快犯か、もしくはそれ以外か………彼等は怨恨の可能性をまず潰しにかかるよー」
話の内容のせいだろうか。
真崎に比べて清水の声はザラザラと心を削り取るみたいに、不快だ。
相手が違うだけでこんなにも変わる。
自分にとって真崎がいかに特別なのかを思い知らす。
「君が警察にヒントあげちゃうと、芋蔓式に真実が露見していくだろーね」
「…………私?」
「そー、君はアルトにとって強みであり弱味だからね」
清水の手が離れ、蛇口が止められる。
その隙に夢月は慌てて腕の囲いから抜け出した。
「強み??」
弱味は何となく分かる。
つかれると痛い弱点、秘密にしている以上は互いが弱点になる関係だ。
だけれど、自分が真崎の強みになるのだろうか。
「そー、アルトは君の為なら何でもできる。君といる為ならね」
清水がカップにコーヒーを注ぎながら、目を細め横目に夢月を見た。
笑みのない冷やかな一瞥に清水の本音が見えた様な気がして、夢月はカップに視線を戻した清水の横顔を眺める。
実際、清水は真崎を良く理解している。
「だからこそ、危ういけど、まー、君次第かな。どっちにもなれるよ、大概物事は表裏一体だからねー」
その理解が、一体どの視点からなのか、それが定まらない。
『やっと分かったよ………蓮が言ってた想い人が誰か』
あの園田の言葉は確実に真崎を指し、そして園田は確信していた。
それは園田が清水を良く知るからなのか、言葉では現れていなかった根拠があるからなのか。
じっと眺め過ぎて視線に気づいた清水が夢月へと顔を向けた。
「弱味は強みであり、強みは弱味である。大事なのは、それを認識することだよ、夢月先生…………
どーする?君は弱味に甘んじる?」
狡猾さを含ませ瞳の奥に気持ちを隠した目は、挑戦的に夢月を射抜く。
時折、厳しく辛辣に夢月に向けられる清水の指摘は、悔しいかな的を得ている。
「それはイヤです。強みでありたい」
その清水の目を真っ直ぐに見つめ返し、夢月は躊躇わずに応えた。
次々に現れる問題を飛び越えられる強さ、立ち向かえる強さ、それらを携えて真崎の横に立てる、真崎の強みでありたい。
一緒に歩んでいける逞しさが欲しい。
真崎がそうしてきたように、守る為に強くなりたい。
夢月の眼差しを受けて清水が口元に笑みを浮かべる。
そしていつもの気の抜けたような笑顔を作る。
「なら、しっかり婚約者を演じてくれなきゃね」
「分かりました」
「当分は僕が家まで送るから覚悟してねー」
「……………わ、分かりました」
うまく丸め込まれた感が薄っすら過ぎ、夢月は渋々頷いた。
経験からも今この場面で清水に背を向けるのは危険だと本能が言っている。
笑いながら見下ろしてきた清水の目には、贖罪の念などカケラもなかった。
何をしてくるか、わかったものではない。
「………で、警察の聞き込みって」
「あー、待って待って、まずは色々準備ね」
警戒心剥き出しの夢月を横目に見てほくそ笑みながら、清水がシンクへと向かう。
保健室には小さいながらシンクがあり、手洗い場となっている。
その並びにはシンクよりも面積の広いカウンターテーブルがあり、コーヒーメーカーやら何やら明らかに清水が揃えたであろうカフェセットが並ぶ。
夢月の知る限り、その一角は清水が来てから現れた。
「夢月先生もうがい手洗いだよ」
手洗いを済ませた清水が愉しげにコーヒーメーカーの前に立つ。
色々準備ってソレなのか、と突っ込みたいところは呑み込んで夢月も手を洗おうとシンクの前に立った。
「アルトはさ、『突然、知らない男に斬りつけられた』って言ったんだよね、警察に」
突然清水が話を始め、夢月は身構える。
声が思っていたより近く、清水の手が水道の蛇口を捻っていた。
距離を取ろうとした時には、すっぽりと腕の中に囲われ、両手を掴まれる。
「何するんですかっ?!」
「婚約者の真似事?洗ってあげるよ」
「真似事いりませんよ!!」
「だめだめ、当分は濃密に仲の良い婚約者を演じなきゃ。通り魔説を根付かせる為にね」
身をよじって清水の手から抜け出そうとしている夢月の耳の後ろで清水が小さく笑う。
清水は華奢に見えて意外と力が強い。
本気で捩じ伏せられたら逃れられないだろう。
ぞっとしながらも、頭は清水の話に気を取られた。
通り魔説を根付かせる??
抵抗を緩めた夢月の手を清水が両手に包みこむ。
「警察はさ、被害者の話を元に現場検証をするし、犯人特定に動くけど、元にするだけで信じてはいないんだよ。彼等は真実が好きだからね。だから、被害者と被疑者を繋ぐ線を探る。怨恨も疑うんだ」
清水に握られた手が流水に触れ、耳元で囁かれる清水の声のようにサラサラと肌を流れて行く。
耳元で声を聞く事は真崎にもよくされている。
真崎の声や吐息は、体の奥のスイッチを押すように、焦れったく甘く衝動を誘ってくるが………
「要は、被害者であるアルトの周辺も探るんだよ。怨恨からか、強盗目的か、愉快犯か、もしくはそれ以外か………彼等は怨恨の可能性をまず潰しにかかるよー」
話の内容のせいだろうか。
真崎に比べて清水の声はザラザラと心を削り取るみたいに、不快だ。
相手が違うだけでこんなにも変わる。
自分にとって真崎がいかに特別なのかを思い知らす。
「君が警察にヒントあげちゃうと、芋蔓式に真実が露見していくだろーね」
「…………私?」
「そー、君はアルトにとって強みであり弱味だからね」
清水の手が離れ、蛇口が止められる。
その隙に夢月は慌てて腕の囲いから抜け出した。
「強み??」
弱味は何となく分かる。
つかれると痛い弱点、秘密にしている以上は互いが弱点になる関係だ。
だけれど、自分が真崎の強みになるのだろうか。
「そー、アルトは君の為なら何でもできる。君といる為ならね」
清水がカップにコーヒーを注ぎながら、目を細め横目に夢月を見た。
笑みのない冷やかな一瞥に清水の本音が見えた様な気がして、夢月はカップに視線を戻した清水の横顔を眺める。
実際、清水は真崎を良く理解している。
「だからこそ、危ういけど、まー、君次第かな。どっちにもなれるよ、大概物事は表裏一体だからねー」
その理解が、一体どの視点からなのか、それが定まらない。
『やっと分かったよ………蓮が言ってた想い人が誰か』
あの園田の言葉は確実に真崎を指し、そして園田は確信していた。
それは園田が清水を良く知るからなのか、言葉では現れていなかった根拠があるからなのか。
じっと眺め過ぎて視線に気づいた清水が夢月へと顔を向けた。
「弱味は強みであり、強みは弱味である。大事なのは、それを認識することだよ、夢月先生…………
どーする?君は弱味に甘んじる?」
狡猾さを含ませ瞳の奥に気持ちを隠した目は、挑戦的に夢月を射抜く。
時折、厳しく辛辣に夢月に向けられる清水の指摘は、悔しいかな的を得ている。
「それはイヤです。強みでありたい」
その清水の目を真っ直ぐに見つめ返し、夢月は躊躇わずに応えた。
次々に現れる問題を飛び越えられる強さ、立ち向かえる強さ、それらを携えて真崎の横に立てる、真崎の強みでありたい。
一緒に歩んでいける逞しさが欲しい。
真崎がそうしてきたように、守る為に強くなりたい。
夢月の眼差しを受けて清水が口元に笑みを浮かべる。
そしていつもの気の抜けたような笑顔を作る。
「なら、しっかり婚約者を演じてくれなきゃね」
「分かりました」
「当分は僕が家まで送るから覚悟してねー」
「……………わ、分かりました」
うまく丸め込まれた感が薄っすら過ぎ、夢月は渋々頷いた。
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