【R18】体に刻む恋のspell

神楽冬呼

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supplementary tuition番外編

体育祭に潜入せよ 2

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記憶喪失の一件で、有都の少年らしさを垣間見てから、大人びた落ち着きを纏う姿に負い目を感じる時がある。
涼子は、乗り越える為守る為に成長したのだと言うけれど、それは思春期の貴重な時期を早足で駆け抜けている様だ。
急いで大人にしてしまっているような気がする。

そう思わずにいられないくらいに、コートの中を駆け回る有都の姿は躍動的で、若く、新鮮だった。
今まで何を見てきたのだろうか。

「へー、なかなかやるじゃん」

美咲が隣で感嘆する。
高校でバスケ部のマネージャーをしていただけに、見る目は確かなのだろう。
夢月はそれに短く「うん」とだけ応えた。

「旦那、スモールフォワード?」
「…………良く知らないの」
「まあ、そうだね。夢月はスポーツ苦手だもんね」

美咲はバスケのポジションが分からないのだと思ったようだが、違う。
確かにそれも詳しくは無いのだが、良く知らないのは有都についての事だ。
バスケ部時代にどのポジションだったのか、背番号がいくつだったのか、得意なシュートが何なのか、そう言う話をした事がない。
それどころか、突き詰めて考えると有都の事を良く知らないのだ。

「私、ちょっとお手洗い行ってくるね」
「りょーかい、バレないようにコレ使いな」

美咲にサングラスを手渡され、とりあえず受け取ってみるが、かけたらそれはそれで目立ちそうなアイテムだ。
人垣を掻き分け体育館の外へと出る。
別にトイレに行きたかった訳ではないが、あのままあの場にいたらどんどんと気落ちする気がしたのだ。
ふと顔を上げると、数人の教員が目についた。
一般観戦の人々を誘導しながら、抜け出そうとする生徒を牽制しているようだ。
夢月はこそこそと職員玄関へと逃げ込む。
一般公開の日は校舎上階へ部外者が入り込まないように、職員玄関側の階段は閉鎖しているので人気ひとけは無い。
恐らく職員は来ないだろうと踏んだものの、足音や話し声に追われながら気づくと4階だった。

…………マズい、失敗したかも。

校舎に入った事が間違いだったと気づいたものの、身体の重さに息が上がっていた。
妊娠13週の終わり、妊娠4ヶ月ともなれば流石に以前のようにはいかない。
お腹は出てきたような?微妙な感じではあるが、子宮はグレープフルーツサイズらしい。
見た目では分からずとも、疲れ易いし、苛々する。
少し座って休みたい思いから夢月は5階へと足を運んでいた。
そして気づくと視聴覚室の元教材室の前にいた。
新しく鍵がかかりもう立ち入れない。
今となってはキーボックスから鍵も持ち出せない。
実感する疎外感に、胸が擦り切れる音がした。
廊下の壁に背を預け息を吐いた時、階下から駆け上がる足音に気づいた。
迷いなく真っ直ぐ上がって来ている。

──── どうしよっ

階段から逆へと逃げても行き止まりの廊下、視聴覚室も準備室にも鍵がかかっている。
隣の棟へ行くにも階段側の廊下を使うしかないし、隣の棟には教室があり生徒がいる可能性が高い。
おろおろしているうちに足音が迫り、夢月は反射的に階段に背を向けた。
教員にしても生徒にしても、とにかく顔を隠し、声をかけられたら「迷いました」と言うしかない。
そう覚悟を決めたつもりが、背中に聞いた足音と切らせた息遣いが良く知るものだと気づいた。

「…………ったく、何してんだよ」

呆れたような、その声に夢月はサングラスを慌ててかける。

「人違いです」
「ふざけんなよ」

若干声音を変えて背中で応えるが、ぴしゃりと切り返された。
背後から帽子をとられ、腰へと腕が回される。

「オレが夢月を間違えるワケねーだろ」

耳の直ぐ後ろで唇が動き、息がかかった。
見つかったのが彼で良かったと言う安堵と、見つけてくれた喜びとが一気に身体を熱くする。
遠くから見つめるだけの遣るせなさ、その切なさが、近くに行きたい側にいたい欲求からなのだと、実感する。

「こっち来て」

腰を抱かれ階段へと誘導される。
まともに顔を見る事ができずに夢月は俯いてそれに従った。
階下へ向かうのかと思っていたら、上へと進む。
先には屋上があるだけで、しかも鍵がかけられ踊り場は使われていない机置き場になっていた。

「はい、座って」

重ねられていた机を下ろし、机の上を指される。
口調からかなり呆れているように感じられ、夢月は無言でそこに座った。

「で、どうだった?」

俯く夢月の顔から有都はそっとサングラスを外す。
何を問われているのか、咄嗟に分からない。
間近にあるユニホームから垣間見える有都の軀は、いつもよりも逞しく艶やかに見えてしまう。
先程までコートの上で躍動していた筋肉をやけに意識してしまった。

「…………バ、バスケ、お上手でした」
「ソレ見に来たの?」
「ソウデス…………」
「ほんとの事言わねーなら、ココでヤるけど」

顎を掴まれ顔を上げられると、直ぐに有都の唇が待っていた。
背中が壁へと押しつけられ、口づけが深まる。



唇は強引なのに、舌先は優しく柔らかく、問い質されているように絡められた。
踊り場は、埃っぽいし僅かにカビ臭い。
ロマンチックな場所からは遠いはずなのに、教材室で得ていたような甘酸っぱい背徳感を感じさせ、胸が忙しなく疼いた。
離れていく唇が名残惜しくなり、夢月がそっと目を開けると、鼻先が掠める距離で伏せ目がちに有都に見詰められている。

「それで、ほんとは?」
「ほんとは…………ファンクラブが復活するって聞いて」

囁くように問われ打ち明けてみるとかなり恥ずかしい。
ファンクラブが復活するから見に来たところで、どうしようとしていたのか。
美咲が言うように有都の浮気を疑っている訳でもないのだ。
夢月は情けないやら恥ずかしいやらで、再び顔を逸らす。

「変装して見に来たワケ?」
「………………………………ど、どうせですよ」

もうこれ以上曝す恥もない。

「こんな格好似合わないし、多分真崎くんの好みとは違うし、そもそも私は真崎くんのタイプじゃないし、私なんか真崎くんの事まだ知らないことばっかりで、奥さんなのに、全然知らないっ」

溢れ出した気持ちが止め処なく口を吐いて出て、夢月は自分でも何を伝えたいのか分からなくてなっていた。
はぁー、と有都が俯いて長い息を吐く。

「確かに、ぜんっっっぜん、分かってねーな」

呆れるのを通り越して怒らせてしまったのだろうか。
夢月は不安に駆られ前を向くと、ガバッと有都が顔を上げた。

「第一に、惚れたら好みだタイプだなんて関係ねーよ。そんな事言うやつは結局自分の理想や思い込みでしか相手を見てねーの。本気で惚れたら、相手の全部受け入れられる。これは実証済み」

怒っている顔ではないが、訴えかけるような真率な表情が有都の端正な顔立ちを際立たせている。
夢月が座る机に手をついて有都が距離を詰めた。

「第二に、全然知らないって、そんなワケあるかよ。夢月しか知らないオレがいるだろ。素の部分は夢月にしか見せてねーよ…………」

軟らかい目色が直向きな想いを告げている。
夢月は瞬きせずにそれを受け止めた。

「それに、こんな格好は他の奴に見せたくない」

有都の手が肩にかかる髪を撫ぜるように避け、顔を傾けると夢月の首筋へと口付けを這わせる。

「 ────── んっ」

微かに焼ける様な痛みを生じ肌が吸われ、その後に労る様にペロリと舐められた。

「可愛くて食いつきたくなる…………」

スカートの裾を捲り上げるように有都の手の平が太腿を上がり、夢月は沸き起こる衝動に目を瞑る。
ワンピースの肩紐が肩から落ち肌蹴た胸元に口付けが下りていく。
その唇に指先に理性が奪われていく感覚が、久しぶりだった。
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