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supplementary tuition番外編
体育祭に潜入せよ 5
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夢月は足音を忍ばせながら職員玄関に辿り着く。
当たり前のように毎日通っていた校内が、まるで空き巣に入った見知らぬ場所のようで緊張してしまう。
途中何度か足音や声にヒヤリとする自分と比べると、有都はやけに冷静で落ち着き払い的確な状況判断で誘導してくれていた。
サボり慣れているのかと思うと、微妙に複雑な心境になった。
やっと外に出られる開放感に胸を逸らせながら職員玄関の扉を開けると、腕組みした美咲が待ち構えていた。
「ずいぶんとなが~ぁいトイレね」
好奇心を貼り付けたような表情が、全て承知している事を告げている。
職員玄関の場所など知らない美咲がここにいる時点で、有都が探しに走ったことを知っているのだ。
「美咲こそ、なんでここに…………」
「あんたの旦那がここで待てって」
「…………やっぱり」
「旦那がそう言っていなくなってから、かなり経つけどね」
「ごめんねっ」
「いーけどさ、旦那は?」
夢月が両手を合わせて頭を下げると、美咲が体育館の入口へと歩き出す。
「生徒玄関から体育館に戻ったよ」
「その格好、なんか言われた?」
「……………………内緒」
食いつきたくなると言われ、食いつかれたなどとは言えない。
夢月は頬を染め、首筋に手を当てた。
「絆創膏でも貼っときなよ」
夢月の仕草を見て美咲がくすくすと笑うので、余計に恥ずかしくなる。
歓声がひしめく中に美咲と戻ると、前の試合が終わったところだった。
何だろう。
少し触れ合っただけなのに、さっきより気持ちが落ち着いている。
『夢月しか知らないオレがいるだろ』
確かにそうかも知れない。
実際、人は様々な面を持ち使い分ける。
その人の全てを知るなど出来る事ではないのかもしれない。
恋、って難しい…………
て言うか、恋が難しいとか、結婚する前に悩むものだよね?今更って言うか、遅いよね…………
そもそもお腹に赤ちゃんいる事態で、恋がどうのって、手遅れ以前に、かなりのマヌケ。
予習も復習もすっ飛ばして本試験的な?
「夢月、あんた、その顔で旦那応援すんの?」
隣に立つ美咲が肘で腕を突いてくる。
気づくと手摺りを握り締めてコートを呆然と見つめていた。
「その顔ってどんな顔だった?」
「んー、合コン来たら一人も当たりがいない時みたいな」
「…………それはどんな顔か分かんないかな」
「ガッカリ、って顔!」
「今ね、私ってかなりマヌケかもって思ってて、自分にガッカリみたいな」
「マヌケって言うより、鈍感かな」
美咲に鈍感と言われる事は慣れているが、今回は自分の実感も伴いズッシリと重く心に沈んだ。
そんな夢月を吹き飛ばしてしまいそうな歓声が真横からコートへと飛ばされる。
次は有都の出番らしい。
佐竹と共にコートへと入っていた。
有都にはここで観ろ、と言われたが何とも居辛い。
若さが弾けるような黄色い歓声を間近で聞いていると、場違いな気がしてくる。
「まっさき!──── 」
佐竹の声が飛び、女子の歓声が更に湧いた。
ドリブルをしながら駆ける有都から目が釘付けになる。
…………ファンクラブができるの分かるっ
カッコいい!!
夢月は本当は飛び跳ねて喜びたい興奮を胸の内に抑え込んだ。
声を出して応援したくなりウズウズする。
有都の放ったボールが吸い込まれるようにゴールが決まり、隣で色めいた喝采が鼓膜をつんざいた瞬間、目が合った。
甘く見詰められるのはいつもの事で、優しく緩んだ目元も沢山見てきた。
だけどその目つきは、野性的で鋭利な狩りの最中に獣が見せるような眼光だった。
身体の中で疼いていた熱が、どくんと跳ねる。
そして、ゴールを決めた有都が握った拳を持ち上げると、上目遣いに夢月を見つめ薬指に口付けた。
「 ──── あっ」
それが何を意味するのか、二人だけが知る誓約。
夢月は自分の左手を握り締め胸に抱く。
どくどくと頭の先まで急激に血が巡るような高揚感に、顔が逆上せた。
左手薬指は心に直結する神聖な場所。
本来そこにあるべき指輪を、有都は登校時には嵌めていない。
永遠の愛を誓う指への密かなキス。
愛している、と耳元で囁かれるようなそんな一瞬だった。
「ありがと…………」
試合に戻る有都の背中を見詰めながら夢月は小さく呟いていた。
当たり前のように毎日通っていた校内が、まるで空き巣に入った見知らぬ場所のようで緊張してしまう。
途中何度か足音や声にヒヤリとする自分と比べると、有都はやけに冷静で落ち着き払い的確な状況判断で誘導してくれていた。
サボり慣れているのかと思うと、微妙に複雑な心境になった。
やっと外に出られる開放感に胸を逸らせながら職員玄関の扉を開けると、腕組みした美咲が待ち構えていた。
「ずいぶんとなが~ぁいトイレね」
好奇心を貼り付けたような表情が、全て承知している事を告げている。
職員玄関の場所など知らない美咲がここにいる時点で、有都が探しに走ったことを知っているのだ。
「美咲こそ、なんでここに…………」
「あんたの旦那がここで待てって」
「…………やっぱり」
「旦那がそう言っていなくなってから、かなり経つけどね」
「ごめんねっ」
「いーけどさ、旦那は?」
夢月が両手を合わせて頭を下げると、美咲が体育館の入口へと歩き出す。
「生徒玄関から体育館に戻ったよ」
「その格好、なんか言われた?」
「……………………内緒」
食いつきたくなると言われ、食いつかれたなどとは言えない。
夢月は頬を染め、首筋に手を当てた。
「絆創膏でも貼っときなよ」
夢月の仕草を見て美咲がくすくすと笑うので、余計に恥ずかしくなる。
歓声がひしめく中に美咲と戻ると、前の試合が終わったところだった。
何だろう。
少し触れ合っただけなのに、さっきより気持ちが落ち着いている。
『夢月しか知らないオレがいるだろ』
確かにそうかも知れない。
実際、人は様々な面を持ち使い分ける。
その人の全てを知るなど出来る事ではないのかもしれない。
恋、って難しい…………
て言うか、恋が難しいとか、結婚する前に悩むものだよね?今更って言うか、遅いよね…………
そもそもお腹に赤ちゃんいる事態で、恋がどうのって、手遅れ以前に、かなりのマヌケ。
予習も復習もすっ飛ばして本試験的な?
「夢月、あんた、その顔で旦那応援すんの?」
隣に立つ美咲が肘で腕を突いてくる。
気づくと手摺りを握り締めてコートを呆然と見つめていた。
「その顔ってどんな顔だった?」
「んー、合コン来たら一人も当たりがいない時みたいな」
「…………それはどんな顔か分かんないかな」
「ガッカリ、って顔!」
「今ね、私ってかなりマヌケかもって思ってて、自分にガッカリみたいな」
「マヌケって言うより、鈍感かな」
美咲に鈍感と言われる事は慣れているが、今回は自分の実感も伴いズッシリと重く心に沈んだ。
そんな夢月を吹き飛ばしてしまいそうな歓声が真横からコートへと飛ばされる。
次は有都の出番らしい。
佐竹と共にコートへと入っていた。
有都にはここで観ろ、と言われたが何とも居辛い。
若さが弾けるような黄色い歓声を間近で聞いていると、場違いな気がしてくる。
「まっさき!──── 」
佐竹の声が飛び、女子の歓声が更に湧いた。
ドリブルをしながら駆ける有都から目が釘付けになる。
…………ファンクラブができるの分かるっ
カッコいい!!
夢月は本当は飛び跳ねて喜びたい興奮を胸の内に抑え込んだ。
声を出して応援したくなりウズウズする。
有都の放ったボールが吸い込まれるようにゴールが決まり、隣で色めいた喝采が鼓膜をつんざいた瞬間、目が合った。
甘く見詰められるのはいつもの事で、優しく緩んだ目元も沢山見てきた。
だけどその目つきは、野性的で鋭利な狩りの最中に獣が見せるような眼光だった。
身体の中で疼いていた熱が、どくんと跳ねる。
そして、ゴールを決めた有都が握った拳を持ち上げると、上目遣いに夢月を見つめ薬指に口付けた。
「 ──── あっ」
それが何を意味するのか、二人だけが知る誓約。
夢月は自分の左手を握り締め胸に抱く。
どくどくと頭の先まで急激に血が巡るような高揚感に、顔が逆上せた。
左手薬指は心に直結する神聖な場所。
本来そこにあるべき指輪を、有都は登校時には嵌めていない。
永遠の愛を誓う指への密かなキス。
愛している、と耳元で囁かれるようなそんな一瞬だった。
「ありがと…………」
試合に戻る有都の背中を見詰めながら夢月は小さく呟いていた。
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