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第1章 青春期
反逆の狼煙
しおりを挟む——ここで終わるわけにはいかない。
焼きごての痛みがまだ肌に残る。
けれど、それ以上に胸の奥に燃え盛るものがあった。
怒りでも、憎しみでもない。
それは——
生きるための執念だった。
——こんなところで、終わるわけがない。
カトリーナ・エーレンベルクは、もはや後継者ではない。
父が自らその座を奪ったのだから。
ならば、もう遠慮する理由はない。
「守る」ためではなく、「奪う」ために動く。
そう決めた瞬間、彼女の中の迷いは消えた。
私は、私の手で未来を切り開く。
地下室の石壁は冷たく、湿っていた。
暗闇の中、カトリーナは体を引きずるようにして壁際へと移動した。
このままじっとしていれば、ただ殺されるのを待つだけだ。
朦朧とする意識の中で、何とか立ち上がる。
「……鍵は……ない……けど……」
扉を無理やり開けるのは不可能だった。
しかし、長年放置されていたせいか、木製の扉の一部が劣化している。
カトリーナは、全身の力を振り絞り、肩で扉にぶつかった。
ガンッ!
何度も、何度も。
ガンッ! ガンッ!
——バキィィィンッ!
崩れ落ちた扉の一部から、外の冷たい空気が流れ込んできた。
「……やった……」
痛む体を引きずりながら、カトリーナはその隙間から這い出した。
足を踏み出した瞬間、全身が痛みに軋む。
だが、そんなことを気にしている余裕はない。
目指すは——屋敷の使用人たち。
父と母に仕えている者たちの中には、既に彼らに辟易している者も多かった。
浪費が続き、給金が滞ることもあった。
理不尽な暴力を振るわれた者もいる。
ならば、その不満を利用する。
これは、エーレンベルク家の未来を取り戻すためのクーデターだ。
「——お嬢様!?」
驚きに目を見開いたのは、屋敷の古株の執事だった。
「時間がないわ」
カトリーナは低く言った。
「今すぐ、使用人たちを集めて。ここで決めるのよ。この家を守るのか、それとも滅びるのか。」
執事は一瞬躊躇した。
けれど、その目に宿る光は、決して否定ではなかった。
——彼も、もう限界だったのだ。
「……かしこまりました」
静かに頭を下げると、執事はすぐに屋敷の中へ走っていった。
数十分後——
広間には、エーレンベルク家に仕える使用人たちが集まっていた。
皆、疲れ切った顔をしていた。
貴族に仕える誇りなど、もう彼らの中にはほとんど残っていない。
あるのは、ただ毎日を生き抜くための諦めだけ。
そんな彼らに、カトリーナは真っ直ぐに向き合った。
「このままでは、この家は滅びる」
その言葉に、使用人たちは息を呑んだ。
「父も母も、貴族の誇りにすがりながら、何も守れていない。貴族としての体裁を保つことに必死になり、財政は崩壊寸前。あなたたちの給金すら滞る状況にある」
彼らの視線が揺れる。
「あなたたちは、こんな屋敷に仕え続けたい? このまま、何の見返りもなく、貴族という名のもとに搾取され続けたい?」
誰も、声を発しなかった。
それが、答えだった。
彼らはもう、耐えられないのだ。
「私は、エーレンベルク家を変える。私が当主になる。あなたたちにきちんと報酬を支払い、家を存続させる道を作る」
沈黙が、広がる。
やがて——
「……お嬢様が、当主になられるのであれば、私はお仕えいたします」
最初に口を開いたのは、執事だった。
その一言が、流れを決定づけた。
次々と、使用人たちが頭を下げる。
「私も……!」
「お嬢様についていきます!」
——クーデターは、始まった。
まず、父を制圧した。
彼は酒に酔っていた。
寝室に押し入った使用人たちは、すぐに彼の身柄を拘束し、地下牢へと連行した。
「貴様らぁ……!」
叫ぶ父を見下ろしながら、カトリーナは冷静に告げた。
「貴族としての誇りに固執し、現実を見なかったあなたが悪いわ」
「お前……! これは反逆だぞ!!」
「いいえ、正当な奪還よ」
冷たく言い放ち、カトリーナは背を向けた。
次に、母。
「いや……いやよ……!! カトリーナ、あなた何を……!!」
必死に抵抗する母を、女使用人たちが押さえつける。
「私は……ただ、この家を守ろうと……!」
「あなたが守ったのは、見栄だけよ」
「……っ!!」
カトリーナは母を見据えた。
「あなたにはもう決定権はない。今後は、部屋から一歩も出ないことね」
「カトリーナ……! カトリーナ!!」
母の悲鳴を背に、カトリーナは静かに階段を降りていった。
そして、エーレンベルク家の広間の中央に立ち——
「これより、私がエーレンベルク家の当主となる」
その宣言が、屋敷中に響き渡った。
彼女は、とうとう奪い取ったのだ。
自分の力で、未来を。
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