13年ぶりに再会したら、元幼馴染に抱かれ、異国の王子に狙われています

雑草

文字の大きさ
7 / 70
第1章 青春期

目覚めの先に

しおりを挟む
 カトリーナ・エーレンベルクは、エーレンベルク家の当主となった。

だが、それは勝利の代償として支払われるべきものを、何一つ免れたわけではなかった。

——身体が、もう限界だった。

奴隷印を押し当てられた痛み。
暴力を受け続けた身体。
寝不足と疲労の蓄積。

全てが一気に彼女を蝕んだ。

クーデターを成功させた直後、執務室で次の計画を練っていたカトリーナは、ふと視界がぐらりと揺れるのを感じた。

「……あ、れ……?」

頭が割れそうに痛い。
全身が熱くて、でも、どこか遠く冷たい。

意識がふわりと浮き、次の瞬間——

「お嬢様!!」

使用人たちの悲鳴が響いた。

——暗闇が、すべてを呑み込んだ。

焦燥と、訪問者

「医者を……! すぐに呼べ!!」

屋敷の者たちが慌てふためく。

しかし、すぐに問題が発覚した。

「……ダメです、どこも医者を派遣してくれません」

「何故だ!?」

「これまでの旦那様と奥様の行いが悪すぎて……エーレンベルク家にはもう関わりたくないと……」

沈黙が落ちる。

誰もが焦燥に駆られながら、打つ手がないことを悟る。

その時、今まで沈黙していたカトリーナの弟が、ぽつりと呟いた。

「……姉上は、交友関係が皆無です」

誰もが知っていることだった。
カトリーナは常に孤高の存在で、他人と深く関わろうとしなかった。

だが——

「ヴィクトル・フォン・ヴァイスハウゼン。」

彼だけは、カトリーナの人生において、唯一名前を聞いたことがある存在だった。

「……ダメ元で、彼の元を訪れます」

それが、唯一の希望だった。

***

「……カトリーナが倒れた?」

弟からの報告を聞いた瞬間、ヴィクトル・フォン・ヴァイスハウゼンは初めて、自分の心が大きく乱れるのを感じた。

カトリーナ・エーレンベルク。
彼の唯一のライバル。

どんな状況でも、冷静に立ち向かうあの女が——倒れた?

「……おい」

ヴィクトルは、静かに弟を見下ろした。

「それは、どの程度の状態だ?」

「……医者が呼べません。誰もエーレンベルク家に関わろうとしないんです」

「……っ」

ヴィクトルは舌打ちした。

「馬鹿が……」

カトリーナは、家を奪ったばかりだった。
これから全てを立て直さなければならないのに——

「この俺が動けば、医者の一人や二人、どうとでもなる」

そう言い放つと、ヴィクトルはすぐさま行動に移った。

公爵家の名を使い、最高の医者を呼びつける。
そして、わずか数時間後には、エーレンベルク家へと馬車を走らせていた。

珍しく、心が急かされるのを感じながら——。



「これは……ひどい」

エーレンベルク家の寝台で、優秀な医者が唸った。

カトリーナの腕に刻まれた奴隷印。
それは、焼きごてで押し付けられた生々しい傷跡。

「治療しなければ、炎症が悪化する。最悪、腕の自由が利かなくなるぞ」

医者の言葉に、ヴィクトルの顔色が僅かに険しくなる。

「どうにかなるのか」

「消毒と削ぎ落としの処置を施せば、傷跡は完全に消えないが、機能回復はできる」

「……やれ」

医者はすぐに道具を取り出し、処置を始めた。

カトリーナは意識がないまま、呻き声を漏らす。

ヴィクトルは、その様子をじっと見つめていた。

「お前、どこまで自分を犠牲にすれば気が済むんだ」

誰に向けるでもなく、静かに呟く。

目覚めの先に

昼下がり——

カトリーナ・エーレンベルクは、微かに瞼を震わせた。

まどろみの中、ぼんやりとした意識が浮上する。

身体が妙に軽い。
痛みはあるが、昨日までとは違う。

「……っ」

ゆっくりと目を開けた瞬間、視界に映ったのは——

ヴィクトル・フォン・ヴァイスハウゼン。

「……ヴィクトル……?」

思わず、掠れた声で名前を呼んだ。

彼は、椅子に座り、腕を組んでこちらを見下ろしていた。

珍しく、険しい顔をしていた。

「やっと起きたか」

低く、静かな声。

「……なんで、ここに……?」

問いかけながらも、答えはなんとなくわかっていた。

「……俺以外に、お前を助けるやつはいないだろう」

その言葉に、カトリーナは思わず息を呑んだ。

彼の金色の瞳は、いつもよりほんの少しだけ鋭さを和らげていた。

まるで——

安堵しているように、見えた。

ヴィクトル・フォン・ヴァイスハウゼンは、冷酷で計算高い男だ。
公爵家の次期当主であり、無駄な感情に流されるような人物ではない。

彼は、わざわざ自分のためにここへ?

優秀な医者まで連れて?

ヴィクトルは、僅かに目を細めた。

「理由がなければ、俺はここに来てはいけないのか?」

「……そういうことじゃない」

カトリーナは、思わず視線を逸らす。

「私は……あんたに、助けを求めたわけじゃない」

「そうだな」

ヴィクトルはあっさりと認めた。

「だが、お前の弟が来た。俺の名を頼ってな。」

「……弟が?」

「お前の交友関係が皆無だからな。俺しか頼れなかったらしい」

その言葉に、カトリーナは苦笑した。

「……皮肉ね」

交友関係を作ることを避けてきた自分が、結局、他人に救われることになるとは。

「お前は、常に一人で生きようとする」

ヴィクトルが静かに言う。

「誰にも頼らず、誰にも甘えず、すべてを一人で背負う。それが、お前のやり方だ」

「……そうね」

カトリーナは、自嘲気味に笑う。

「でも、それがどうした?」

「……それが、どこまで通用するか試しているのか?」

ヴィクトルの言葉に、カトリーナはハッとした。

「試す……?」

「お前は、自分がどれほど耐えられるか、どこまで戦えるか、自分自身で試しているように見える」

カトリーナは息を呑む。

「お前が選んだ道だ。俺が口を挟むことではない」

ヴィクトルはゆっくりと椅子から立ち上がり、寝台のすぐ横に歩み寄る。

そして——

カトリーナの額にそっと手を当てた。

「熱は引いたな」

「……っ」

彼の手のひんやりとした温もりに、一瞬、胸がざわめく。

「お前はもう少し、自分を労るべきだ」

「……あんたがそれを言う?」

カトリーナは、薄く笑う。

「お前も、無理をするタイプだろう?」

「……」

ヴィクトルは、それには答えなかった。

ただ、カトリーナの手首に目をやる。

奴隷印が刻まれていた部分。

「……消せる限りの傷は、消した」

ヴィクトルの声が僅かに低くなる。

「でも、完全には消えない。あの家の爪痕は、お前に一生残る」

その言葉が、妙に現実的で、冷酷なほどに真実だった。

カトリーナは、自分の手首をそっと撫でる。

うっすらと残る傷痕。

たしかに、これは消えない。

過去も、あの家も、すべてなかったことにはできない。

それでも——

「……構わないわ」

「……」

「私は、過去に縛られない」

カトリーナは静かに呟く。

「私は、私の道を進むだけ」

ヴィクトルは、しばらく彼女を見つめていた。

そして、ふっと笑う。

「そうか」

それだけ言って、彼はカトリーナの手を離した。

「ならば、せいぜい俺の前で倒れるな」

「……?」

「俺の唯一のライバルが、くだらないことで命を落とすのは許さない」

それが、ヴィクトルなりのエールなのだと、カトリーナは気づいた。

思わず、口元が緩む。

「……ふん、余計なお世話よ」

「当然だ」

ヴィクトルは、満足げに微笑む。

その金色の瞳には、いつもよりほんの少しだけ、優しさが滲んでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

余命わずかな私は、好きな人に愛を伝えて素っ気なくあしらわれる日々を楽しんでいる

ラム猫
恋愛
 王城の図書室で働くルーナは、見た目には全く分からない特殊な病により、余命わずかであった。悲観はせず、彼女はかねてより憧れていた冷徹な第一騎士団長アシェンに毎日愛を告白し、彼の困惑した反応を見ることを最後の人生の楽しみとする。アシェンは一貫してそっけない態度を取り続けるが、ルーナのひたむきな告白は、彼の無関心だった心に少しずつ波紋を広げていった。 ※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも同じ作品を投稿しています ※全十七話で完結の予定でしたが、勝手ながら二話ほど追加させていただきます。公開は同時に行うので、完結予定日は変わりません。本編は十五話まで、その後は番外編になります。

十三回目の人生でようやく自分が悪役令嬢ポジと気づいたので、もう殿下の邪魔はしませんから構わないで下さい!

翠玉 結
恋愛
公爵令嬢である私、エリーザは挙式前夜の式典で命を落とした。 「貴様とは、婚約破棄する」と残酷な事を突きつける婚約者、王太子殿下クラウド様の手によって。 そしてそれが一度ではなく、何度も繰り返していることに気が付いたのは〖十三回目〗の人生。 死んだ理由…それは、毎回悪役令嬢というポジションで立ち振る舞い、殿下の恋路を邪魔していたいたからだった。 どう頑張ろうと、殿下からの愛を受け取ることなく死ぬ。 その結末をが分かっているならもう二度と同じ過ちは繰り返さない! そして死なない!! そう思って殿下と関わらないようにしていたのに、 何故か前の記憶とは違って、まさかのご執心で溺愛ルートまっしぐらで?! 「殿下!私、死にたくありません!」 ✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼ ※他サイトより転載した作品です。

愛する殿下の為に身を引いたのに…なぜかヤンデレ化した殿下に囚われてしまいました

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のレティシアは、愛する婚約者で王太子のリアムとの結婚を約1年後に控え、毎日幸せな生活を送っていた。 そんな幸せ絶頂の中、両親が馬車の事故で命を落としてしまう。大好きな両親を失い、悲しみに暮れるレティシアを心配したリアムによって、王宮で生活する事になる。 相変わらず自分を大切にしてくれるリアムによって、少しずつ元気を取り戻していくレティシア。そんな中、たまたま王宮で貴族たちが話をしているのを聞いてしまう。その内容と言うのが、そもそもリアムはレティシアの父からの結婚の申し出を断る事が出来ず、仕方なくレティシアと婚約したという事。 トンプソン公爵がいなくなった今、本来婚約する予定だったガルシア侯爵家の、ミランダとの婚約を考えていると言う事。でも心優しいリアムは、その事をレティシアに言い出せずに悩んでいると言う、レティシアにとって衝撃的な内容だった。 あまりのショックに、フラフラと歩くレティシアの目に飛び込んできたのは、楽しそうにお茶をする、リアムとミランダの姿だった。ミランダの髪を優しく撫でるリアムを見た瞬間、先ほど貴族が話していた事が本当だったと理解する。 ずっと自分を支えてくれたリアム。大好きなリアムの為、身を引く事を決意。それと同時に、国を出る準備を始めるレティシア。 そして1ヶ月後、大好きなリアムの為、自ら王宮を後にしたレティシアだったが… 追記:ヒーローが物凄く気持ち悪いです。 今更ですが、閲覧の際はご注意ください。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

愛人を選んだ夫を捨てたら、元婚約者の公爵に捕まりました

由香
恋愛
伯爵夫人リュシエンヌは、夫が公然と愛人を囲う結婚生活を送っていた。 尽くしても感謝されず、妻としての役割だけを求められる日々。 けれど彼女は、泣きわめくことも縋ることもなく、静かに離婚を選ぶ。 そうして“捨てられた妻”になったはずの彼女の前に現れたのは、かつて婚約していた元婚約者――冷静沈着で有能な公爵セドリックだった。 再会とともに始まるのは、彼女の価値を正しく理解し、決して手放さない男による溺愛の日々。 一方、彼女を失った元夫は、妻が担っていたすべてを失い、社会的にも転落していく。 “尽くすだけの妻”から、“選ばれ、守られる女性”へ。 静かに離婚しただけなのに、 なぜか元婚約者の公爵に捕まりました。

女避けの為の婚約なので卒業したら穏やかに婚約破棄される予定です

くじら
恋愛
「俺の…婚約者のフリをしてくれないか」 身分や肩書きだけで何人もの男性に声を掛ける留学生から逃れる為、彼は私に恋人のふりをしてほしいと言う。 期間は卒業まで。 彼のことが気になっていたので快諾したものの、別れの時は近づいて…。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

処理中です...