13年ぶりに再会したら、元幼馴染に抱かれ、異国の王子に狙われています

雑草

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第1章 青春期

奴隷の烙印

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 夜の静寂の中、ヴィクトル・フォン・ヴァイスハウゼンの屋敷は異質なほど静かだった。

無駄な装飾を省いた重厚な建築、整然と並ぶ燭台が放つ淡い光。
そこに住まう者の冷徹さを映し出すような空間。

カトリーナ・エーレンベルクは、無言のままヴィクトルの部屋の椅子に座らされていた。

彼は何も言わず、静かに薬箱を開けると、消毒液を布に染み込ませた。

「傷の手当てをする」

「必要ないわ」

「俺がそう思わない」

「……」

カトリーナは唇を噛む。

彼に弱さを見せたくない。
それでも、ヴィクトルの瞳は冷ややかに、それでいて揺るぎない意志を持ってこちらを見つめていた。

「じっとしていろ」

そう言って、彼は頬の腫れにそっと布を押し当てた。

「……っ」

痛みが走る。だが、それ以上に感じたのは——

優しさだった。

ヴィクトルの指先は、驚くほど丁寧で、どこまでも冷静だった。
あの冷酷無慈悲な男が、今、こうして目の前で自分を労わっている。

「お前の家は異常だ」

「……知ってるわ」

「なら、帰る必要はない」

カトリーナはふっと笑った。

「まさか、ここに住めとでも?」

「それができるなら、その方がいい」

「……本気で言ってるの?」

ヴィクトルは答えなかった。

しかし、彼の瞳は静かに揺れていた。

カトリーナはゆっくりと立ち上がる。

「ありがとう。でも、帰るわ」

「お前の家に戻れば、また同じことになる」

「わかってる」

「それでも?」

「……ええ」

それが、カトリーナの選んだ道だった。

彼にすがることはしない。
たとえ地獄に戻ることになっても。

「私には、まだやるべきことがある」

ヴィクトルは僅かに目を細めた。

「……好きにしろ」

「そうするわ」

カトリーナは背を向け、屋敷を後にした。

——だが、それは、破滅の道だった。



屋敷の扉を開けた瞬間、カトリーナは悟った。

地獄が待っていると。

廊下には、すでに父と母が立っていた。

「……よく戻ってきたわね」

母の声が、冷え冷えとしていた。

「まさか、家の恥を晒した挙句、あの公爵家の令息に助けられて帰ってくるとはな」

父の声は低く、怒りに満ちていた。

次の瞬間——

平手打ちが飛んだ。

「っ……!」

頬が腫れ、視界が揺れる。

「貴様……! お前は、どこまで我が家に恥をかかせれば気が済む!」

続けざまに拳が振り下ろされる。

「何度言えば分かる! 貴族の誇りを踏みにじるような真似をするなと!」

痛みが身体に刻まれる。
しかし、それ以上に心が冷え切っていくのを感じた。

——この人たちは、変わらない。

「もう……やめて……」

そう言おうとした瞬間——

「お前に、後継者の資格はない」

その言葉に、カトリーナは凍りついた。

「……何?」

「お前のような恥晒しに、エーレンベルクの名を継がせるわけにはいかん」

父の目が、冷酷な光を宿す。

「お前はもう、ただの奴隷だ」

ゴトン

鉄扉の軋む音が響く。

カトリーナは腕を掴まれ、引きずられるように屋敷の地下室へと連れて行かれた。

湿った空気。

薄暗い空間の中に、唯一存在するもの。

赤く焼かれた鉄の印。

——奴隷の証。

「……まさか」

カトリーナは青ざめた。

ここまでやるの?

「父上、お待ちください! いくらなんでも——!」

叫んだのは、カトリーナの弟だった。

「黙れ! これはエーレンベルクの誇りを守るためだ!」

父は弟を睨みつけ、カトリーナを強引に床に押し倒した。

腕を無理やり押さえつけられる。

ジュッ——

焼きごてが肌に押し当てられた瞬間——

鋭い激痛が、全身を貫いた。

「——っ!!」

悲鳴を押し殺したが、喉が焼けるようだった。

焦げる臭いが鼻を突く。
肌が裂け、焼かれ、刻まれていく。

その痛みの向こうで、父と母の言葉が響く。

「これで、お前はもう貴族ではない」

「お前の居場所はどこにもないわ」

視界がぼやける。

ああ、そうか。

これで、私の人生は終わったんだ。

薄れゆく意識の中で、カトリーナは静かに思った。
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